056 「ヴォイニッチ写本」
出帆できるようになるまで、準備に半日を要した。
昼過ぎには準備を終え船は、ドックを出る。
そして静かな午後の海を、走り出した。
エンジンはあるのだがほとんど使用されることはなく、もっぱら帆を張り風を受けて走る。
わたしとエリカは甲板に出て、海と空を見つめた。
「ねえ」
わたしは、エリカに話かける。
「ここはどういう世界なの?」
エリカは、肩を竦めた。
「本当に知らないのね」
わたしは頷く。エリカは溜息をつくと、話を始めた。
そうねえ。
あまりに昔のことは、わたしだってよくしらないけど。
まあ、話をして見るわ。
16世紀末。
皇帝ルドルフ2世が支配するプラハには、多くの魔法使いや錬金術士が集っていたの。
ドクター・ディー、つまりジョン・ディーもその中のひとり。
イギリスから招かれて、皇帝が集める魔法書や魔法的アイテムを研究していたわ。
その、ドクターディーのもとに現れたのが初代フォン・ヴェック、ウルリッヒなのよ。彼は一冊の本をドクター・ディーに見せる。
いわゆるヴォイニッチ写本。
謎の言語で書かれた古代の魔法書。
その本の解析をウルリッヒからドクター・ディーは依頼される。
え、なによ。リズ。
話がつまらない、て?
もう。
少しくらい我慢しなさいよ。いい、あなたが聞きたいっていったから話してるの。
で、なんだったけ。
そうそう、ヴォイニッチ写本。
ドクターディーはその魔法書に書かれた言語をエナク語と名ずけ、ある程度解析に成功したの。
ヴォイニッチ写本の大元となるオリジナル。
それが、「土曜日の本」と呼ばれるものであることは判った。
そして、それをどのようにデコードすればいいのかも。
ようするに、ヴォイニッチ写本は「土曜日の本」を解読するための、手引書だった。
けれど。
肝心の「土曜日の本」そのものは、見つけ出せなかった。