055 「憎しみはウィルスのように」
「いいだろう。これ以上きみが何者であるかを問うのはやめることにするよ、お嬢ちゃん」
ドクター・ディーは。
わたしを、真っ直ぐ見つめている。
まるで。
わたしの心を全て見抜いているようだ。
「たただね、ひとつだけ、言っておこう」
ドクター・ディーは、静かに言った。
「たとえ憎悪が心を塗り潰すときがあっても、怖れる必要はない」
わたしは。
思わずドクターの顔を見つめる。
そこには、不思議な笑みが浮かんでいた。
「憎しみはウィルスのように、ひとが思考すると同時にその心を犯し始める。誰もそこから逃れることができるものは、いない。けれどね、嬢ちゃん」
ドクター・ディーは、奇妙な確信を持って言い切った。
「本当に自身の欲望に忠実であるならば。そこに指し示されるのは憎しみではなく、喜びだよ」
わたしは。
無理矢理笑みを浮かべることに、成功した。
「何言ってるのよ。わたしには憎しみに汚されない愛があるわ」
「ふむ。それが真実であればいうことはないが。憎しみは猛禽が兎を狙うように、愛を見つめているものだ。常にな」
「なにがいいたいのよ」
「いや。これ以上時間を無為に費やすのはやめよう」
ドクター・ディーは、わたしたちの後ろで話を黙って聞いていたキャプテン・ドラゴンに、目を向ける。
「エル・ドレイク、船を出そう。メジャーアルカナを2枚使えるのなら、一応は互角といえる。王宮へ向かおう」
キャプテン・ドラゴンは、精悍な顔に苦笑を浮かべた。
「一応な。賭ける価値はあるということだな」