054 「色々なものが。心に降りてきた」
そのとき。
なんとも言えない、淀んだ空気があたりを満たした。
まるで。
触れてはいけないものに、触れてしまったというように。
わたしは、軽く切れてみた。
「何よ、あんたたち。言いたいことがあるなら、いいなさいよ」
「ねえ、リズ。あなたが判ってないのは仕方がない。パイロンがあなたに何を言ったかはしらないけれど」
ドクター・ディーは、手を軽くあげてエリカを制する。エリカは、不服そうではあったが口を閉じた。
「リズ。きみが春妃であると主張するのであれば、このことを知っておく必要がある」
ドクター・ディーは。
わたしをじっと見つめる。
そして、口を開く。
「春妃がなぜナチスの理論指導者と一緒に写真に写っていると思う。彼女にホロコーストの責任があるとは言わないが、少なくともそれを望んだことは間違いない」
わたしは。
顔をしかめた。
「どういうこと? 何を言ってるの?」
「春妃はユダヤ人を絶滅することを望み、それをアルフレートに依頼した。きみが春妃であることを主張することは勝手だが。この事実は無視できないよ、お嬢ちゃん」
どん、と。
色々なものが。心に降りてきた。
ああ、なるほど。
と、思う。
ああ。
なんてことなんだろう。
わたしは、きっと。
愛よりも。
恋よりも。
邪悪な血まみれの欲望に惹かれていってしまうのだ。
わたしの心を焦がすのは。
愛するひとへの、満たされぬ思いではなく。
歪んだ。
闇の奥で渦巻く。
凶悪な心の飢え。
ああ、それでもいい。それでもいい。
少し痺れたような感覚が、わたしを支配する。
あなたに。
そのことを、知られなければ。
わたしは。
ポーンを消滅させ、ひとを殺したと思ったときも。
心の底では、官能的な快楽にもにた疼きを感じていた。
わたしが嘔吐したのは。
そんな自分への、嫌悪から。
わたしはしっかり。
頭をあげ、ドクター・ディーを見た。
「そう、やっぱりわたしは。春妃だわ」