052 「このひと。わたしだね」
どうもまずい。
ただの女子高生であったはずのわたしの地位は、揺らぎつつある。
でも、おかしいことがある。
「ねえ、エリカ」
「なあに、リズ」
「わたしが本の中に呼び出されて来たとき、わたしに赤の女王のカードを渡したよね」
「おかしくない? エリカはわたしがフォン・ヴェックだと確信していたということ?」
「ええ」
わたしは、がっくりくる。
「だったらエリカはわたしが何者か知っていたということ?」
エリカは首をふる。
「あなたが手にした土曜日の本。あれをね。読むことができるのは、そもそもフォン・ヴェックの一族だけなの」
「ええ?!」
「そして、単独で本の中に入ってこれるのは、やはりフォン・ヴェックの一族だけ。本の中にいる一族以外のひとはみな、フォン・ヴェックの一族に連れてこられたのよ」
わたしは。
少しよろめく。
そんなわたしを、エリカは不思議そうに見ていた。
「リズ、ねえ。本当に何も知らないなんてこと、ないよね。わたし、ずっと、あなたがとぼけているものとばかり」
「あはは」
笑うしかなかった。
わたしは、くらくらする頭をささえ。部屋の中を茫然と見回した。
ふと。
その写真が目にとまる。
本棚の片隅にたてかけられた、写真たて。
そこには色が変色した、おそろしく古そうな白黒写真。
それを、わたしは見入る。
ハーケンクロイツのついた多分ナチス・ドイツの軍服を着た、二人の男が立っていた。
一人は、精悍で野生的な美貌を持つ若者。
一人は、学者ふうの落ち着いた中年男性。
その二人の間に、ひとりの少女がいる。
空色のワンピースを身につけ、なぜか履物だけはナチスの軍用ブーツを履いた女の子。
その子は。
奇妙な確信があった。
「このひと。わたしだね」