042 「あなた、何者なの?」
その薄暮に満たされた空間にわたしたちは、残された。
わたしは、誰に教えられるでもなく。
赤の女王を、カードの中へと戻す。
しん、とした静寂が降りてきた。
エリカは日出男に駆け寄ると、傷口の回りの服を引き裂く。
日出男の腰についたバッグから小鬢を取り出すと、傷口に中身を振り掛ける。
ガーゼのような布で傷口とそのまわりを拭い、小箱からジェルのようなものを指にすくいとって傷口に塗り付けた。
エリカの動作は無駄がなく、手慣れた感じだ。
それは多分。
剣によって傷を負うことが、日常の出来事である世界に生きているということなのだろう。
日出男は青ざめてはいるがさすがに苦痛の声をあげることはない。
エリカは布を押し当て、包帯を巻いて固定する。
作業を終えたエリカはすっと立ち上がると、わたしに向き合う。
「ねえ」
エリカは奇妙な表情で、わたしを見る。
「あなた、何者なの?」
わたしは、びっくりした。
「え? 何者って、わたしはわたし、何者でもないわよ」
わたしは、エリカを見つめ返す。わたしと同じ顔。わたしと同じ身体。まるで、鏡を見ているような。
「ていうか。今凄くむかついた。だいたいあんたが呼ぶからきたっていうのに、何よそのいいぐさ」
「ごめんなさい」
エリカは、意外と素直に謝る。
「あなたが来てくれたおかげで、生き延びることができた。本当に助かった。ありがとう」
素直である。わたしとは性格がすこし違うみたいだ。顔は同じなのに。
「でも、もういいわよ。これからさきは、わたしと日出男の仕事。あなたは帰って」
わたしは、かちんときた。
「ふざけないでよ!」
エリカは驚いてわたしを見る。
構わずわたしは、まくしたてた。
「そんなこというなら、はじめっから呼ばないで。帰れって? 冗談。帰るもんですか。全てを見届けてやるわよ」
「でも」
エリカは不思議そうにわたしを見た。
「命の保証はできないよ。さっきみたいに、上手くいくとは限らない」
わたしは鼻で笑う。
「わたしは、もう死んでるよ。でも、殺される気はさらさらないね。死ぬのは、やつらよ」