038 「愛をわたし自身から守りたいの」
アリスは、問い掛ける。
「それは、死にたいということ?」
わたしは何だか、微笑んでしまう。
「まあ、そうだわね」
アリスは頷いた。
まるで患者を相手する、医者みたいなきまじめさで。
わたしは不思議と。
そんなアリスを見ていると、笑みが浮かんでしまう。
「では、あとふたつ聞きたいことがある。いいかな」
「どんとこい、だわ」
「なぜ、死にたいの? それと、なぜ宇宙なの?」
「それに答えるのは、必要なことなんだよね。仕事を受けてもらうために」
「ええ」
アリスは、静かに頷く。冷徹な表情。でも。なぜか怖くはなかった。
「では、なぜ死にたいかから」
わたしも、アリスと真面目に向かい合う。
「わたしの心は少しずつ蝕まれていくの。憎しみで。暗い血の欲望で。それは、構わないのだけれど」
アリスは、少し眉をひそめる。
「その汚らわしい怨念と、猛獣みたいな血への欲望が。狙っているのが判る。わたしの愛を」
わたしは、アリスの表情をみる。理解されるような言い方をしている訳じゃあないので、どうとらえられても仕方ないけど。
アリスは賢者のように。
悲しげな目でわたしを見ていた。
「愛をわたし自身から守りたいの。どす黒く、汚らわしく、でも甘美な復讐への欲望から」
わたしはにっ、と笑う。そして、言葉を続けた。
「もう、ひとつ。なぜ、宇宙かだけれど」
「ええ」
「だって。わたしを思い出すときには俯いてほしくないもん。満天の宝石箱みたいな星空を見て。ほら、あそこにリズはいるんだって」
アリスは、不思議な笑みをみせた。
そして、つきかげのほうを見る。
「子供はそれでいいかもしれないが。そうすることによって、どんなリスクがあり、なにが失われるかを説明するのは大人の役目だ。場合によっては、姫君を諌めるのもナイトの役目だぞ。パイロン」
つきかげが顔を赤くする。
「おい、名前で呼ぶなよ。それになんで、そんな上から目線なんだ。僕のプランにリスクなんかないぞ」
アリスは、つきかげに携帯電話を投げ付ける。
「間抜け過ぎだ。パイロン。ここにきたのは、あんたに借りがあるからだ。これでちゃらだよ」
携帯を受け取ったつきかげはその画面を見て、顔色を変えた。
「ああ、そういうことか」
「そういうことさ」
「ちょっと、なによ、あんたたち!」
つきかげは、アリスの携帯電話をわたしに投げてよこす。
わたしは、その画面を見た。海外のニュースサイト。
「英語なんですけど。何書いてあるの?」
「ハロルド・ギャラクシィのシャトルに構造的欠陥が見つかった。宇宙旅行は、延期だ。再開のめど無しでな」
わたしは。
眩暈がして。
その場にしゃがみ込んだ。
「くそっ」




