034 「黒のPK」
わたしは細長くて暗い通路へ入った。
壁には呪術紋様が描かれている。
闇の中に深紅の星座みたいな呪術紋様が浮かんでいる、暗い通路を歩いていく。
やがて、正面に朧月のように扉が浮かび上がってきた。
白いアラバスタでできた、重厚な扉。
その扉の奥は、王座の間と呼ばれている。
そしてそこは。
魔導師マグナスが住まう場所。
わたしは、漆黒の剣を純白の扉へ叩き付けた。
消滅の剣は、正しく作用し重い扉を消滅させる。
わたしは、王座の間へ入った。
わたしを出迎えたのは、モンスターたちだ。
漆黒の翼を広げたデーモン。
宝石のような複眼を煌めかせる、バグベア。
深紅のたてがみを逆立てた、マンティコラ。
刃のように鋭い嘴を剥き出しにした、バジリスク。
妖婦の笑みを浮かべた竜、エキドナ。
皆、ハイレベルのモンスターであるが、時間停止の呪詛をかけられており全く動かない。
いうなれば、凍り付いたこのモンスターたちは魔導師マグナスのコレクションだ。この部屋はマグナスが作った昆虫採取の箱みたいなものである。
そのマグナスは、部屋の奥にしつらえられた王座に座っていた。
一万時間級のネットジャンキー。
生きながらゲームに葬られた男。
マグナスの前には、女が立っていた。
白く透き通るように輝くシルクの長衣を纏った女。銀のサークレットを頭に載せ、アーモンド型の瞳はアメジストのように輝き、薄く長い耳はその先が尖っている。優美で細長い手足を持つその女は、妖精族の女王のようだ。
>気をつけて。例のプレイヤーキラーよ。
女の言葉にマグナスは頷く。
マグナスが手を振ると、女は消えた。
実体ではなく、幻を通じた遠隔チャットをしていたらしい。
ゲーム世界の恋人なのだろう。
>全く
わたしは、溜息をついてマグナスに話し掛ける。
>有名になって、困りものだわ。
マグナスは、王座から立ち上がった。
黒衣の魔導師。
その顔は天使の美貌を持つ。
>僕のところへ来てくれて、嬉しいよ。黒のプレイヤーキラー。
>へえ?
>僕なら
マグナスは、天使の笑みを浮かべる。
殺戮の天使が浮かべる、冷酷な笑み。
>君を倒せると思う。黒のPK。
>へええ、面白いねえ?




