030 「モーンダンジョン」
わたしたちは、ネットカフェに移動した。
個室のように囲われたアベックシートに座る。
「オンラインゲームには、それに人生を捧げてしまっているようなネットジャンキーがいくらでもいる。やつらにとって、ネットのなかがリアルだ。やつらはネットで生活し、ネットで恋もする。やつらは、近くの世界に絶望し、遠い幻想の世界で理想や夢を追い求める。それこそ幻想のなかだけでありうるような、美しい夢を」
わたしは、口を歪めて笑う。
「ネトゲで恋って。なんかきもい」
「そう思うのはきみが子供だからさ」
きっとなったわたしから、つきかげは反射的に身を逸らす。
「きみはまだ若い。現実の泥沼を味わったことはないし、糞だめを這い回るような絶望も知らないだろう」
わたしは、せせら笑った。
「知りたくもないよ。どんなに落ちぶれても、幻想の世界に恋や夢を追い求める変態になる気はないわね」
「まあ、若い内はそれでいいさ」
つきかげは、USBスティックを、ポートに差し込む。
パソコンが再起動かかり、文字の羅列が画面を埋めて行く。
「なにこれ」
「WINDOWSとは別OSで起動した。まあ気にするな」
つきかげは、キーボードからたて続けにコマンドを打ち込みながら話を続ける。
「ネットジャンキーたちにとって、オンラインゲームが人生のすべてだ。だからやつらは、レアアイテムを手に入れるため現実の金を使う。それこそやつらにとって、レアアイテムは現実世界でのフェラーリ並の価値を持つ」
「馬鹿馬鹿しい」
わたしは、溜息をつく。
「ネットの世界にそんなに人生を費やして何になるのよ」
「全てが手に入る」
つきかげはにやりと笑った。
「地位と名声。多くのひとからの尊敬、崇拝。そして恋も。ただし。それは幻想世界の中だけで通用する類のものだ。だから」
つきかげは笑みをおさめ、わたしを見た。
「彼等はそれを手に入れるため、現実世界を犠牲にする。彼等の現実世界での夫や妻、子供、友人は邪魔ものでしかない。そしてありったけの金を幻想世界へ突っ込む。それがリアルマネートレード。僕らが一千万を稼ごうとする世界さ」
わたしは、溜息をつく。
「話が長いよ。ようするにオンラインゲームにログインしてレアアイテムをゲットして売り捌けばいいんでしょ」
「そうだ。きみはモーンダンジョンというオンラインゲームを知っているかい」
「ドラクエみたいなの?」
「どちらかといえば、ウィザードリィに近い。ディアブロの系統。まあ、グラフィックの洗練されたネットハックというひともいたが、あんなにシビアじゃあない」
つきかげは、画面のあちこちを指差す。
「モーンダンジョンのシステム構築には僕も参加した。アドバイザーだけどね。だからほら、ここやあそこ、セキュリティーホールのある場所は手にとるように判る」
つきかげはいくつかコマンドを打ち込んでUSBスティックを抜くと、もう一度パソコン再起動した。
「さあ、これできみはモーンダンジョンの世界では無敵になった」
つきかげはテキストファイルを表示した。
そこには、名前と彼等のスペックが書かれている。
「何これ?」
「こいつはネットジャンキーのリストさ。彼等は人生の大半を費やして入手したレアアイテムをたっぷり溜め込んでいる。やつらを殺せ。そして奪え」
わたしは、あんぐりと口をひらく。
「それって、ひどくない?」
「さっきはきもいと呼んでた連中だぜ。肝に銘じとけ。何かを得るには、犠牲がつきものだ。それがいやなら死ぬなんて馬鹿はやめることだ」
「まさか試してる? わたしを」
つきかげは鼻で笑う。
「それこそまさか、だね」
「いいよ。やるよ。キモオタの屍踏み越えていく」




