029 「リアルマネートレード」
つきかげは、少し呻いた。
「なんで死ぬのに宇宙へいかにゃあならん」
「だって、路地裏で変死体としてみつかるのは悲しいけど、宇宙へ行って星になると思えば踏ん切りがつくじゃない」
つきかげは、もう一度呻く。
「どうやって行くんだよ、宇宙へ」
「宇宙旅行を募集してたじゃない。あれよ、あれ」
「あれは、確か」
つきかげは少し遠い目をする。
「チケット代4億だったと思うよ。多分」
わたしは、笑みが強張るのを感じた。
「ジンバブエドルで?」
「いや、エンだね」
「願いをかなえてくれるんでしょ」
「いや、そうだが。死ぬために4億は破格だな」
「無理ってこと?」
「いや、そうは言わないが」
つきかげは頭を抱える。
「さすがに時間がかかるぞ、それは」
「そんなに待てないよ」
「なんできみは、そんなに厳しいんだよ」
つきかげは、溜息をついた。
「4億つくるのは少々無理があるな。でも、システムにきみを乗客として登録するのは多分できる」
わたしは、目をまるくする。
「あんたハッカーなの?」
「いや、むしろセキュリティシステムを構築するほうなんだが。そのせいでシステムの抜け道は色々判る」
「じゃあ、楽勝なんだ」
「馬鹿をいえ」
つきかげは、うんざりした顔になる。
「そんな簡単なもんじゃあない。プロを雇う必要がある」
「プロのハッカー?」
「そんなもんいるかよ。彼らの論理は単純だ。そこにセキュリティホールがあるから親切で教えてあげたんだよ、だ。やつらにできることなんてなにもない。揚げ足取り以外はね」
「じゃあ、なんのプロ?」
「わたしがCIAに招かれて講師をやったときには、コーディネーターと呼ばれていた」
「へ?」
「トラブルコーディネーター。彼等は例えば暴動が起こればクライアントのオファーに応じてそれを拡大したり鎮圧したりする。また犯罪者を訓練されたゲリラ兵に変えることもあるし、組織されたレジスタンスを解体したりもする」
わたしは、少しいらっとした。
「なにそれ。一体なんのはなしよ」
「傭兵だよ。システムをこじ開けるには、物理的な力も必要だからね」
「でも」
わたしは、話の行き先が見えなくなってきた。
「そんなひと雇うお金、あんたにあるの?」
「ありゃあせんさ。君が稼げ。一千万ほど」
「無理。どうやってやるのよ」
「RMTだ」
「へ?」
「リアルマネートレードだよ。そんなことも知らんのか」
わたしは、反射的に右フックをつきかげの頬に決めていた。
つきかげはぶひっ、と悲鳴をあげ膝をつく。
「殴るのは一発じゃあなかったのかね」
「蹴りは別勘定よ」




