002 「僕は魔と出会った」
僕は魔と出会った。
街中の喫茶店。
ありふれたセルフサービスの、シンプルな店だ。
僕は、そこで彼女とであった。
どこで、誰の紹介だったかは、もうよく覚えていない。
ネットのどこか、小説系のコミュニティー経由だったと思う。
待ち合わせの時間ぴったりに現れた彼女を見て、僕は彼女が魔であることを理解した。
そら色のワンピースを身につけた彼女は、とても端正で整った顔立ちをしている。長い髪にクールな美貌をもった女の子。
まだ十代の終わりくらいの年だろう。若い子の持つ独特な清潔な匂いがした。
でもその佇まいはどこか奇妙な感じがする。
たとえばピカソの絵に描かれる人物のように、個々のパーツは正しい形をしているのに組み合わせかたがずれているような。
そして、彼女は僕に語りかけた。
(あなたが蛭薙さんですね)
抑揚のない奇妙な発音だった。
まるで電子的に合成されたような。彼女は言葉を語るのに、酷く苦労をしている。
キーボードをはじめて使いはじめた子供が、一語づつ人差し指で打鍵している感じ。
僕は、彼女に頷いた。
(ネットで小説を公開していらっしゃる)
僕はもう一度彼女に、頷きかける。
彼女は僕にスマートフォンを手渡す。アンテナがたっていなところをみると、解約されたものらしい。
僕はそのディスプレイを見る。そこには、ひとつのファイル名が表示されていた。
土曜日の本.txt
彼女はもう一度口をひらく。
(あなたに、このテキストを公開していただきたいのです。あなた名義でもかまいません)
これは、その携帯電話に描かれた物語である。
物語であり、ひとつの思考の記録。