130 「携帯電話」
そこは、リゾート地を思わせる、長閑な浜辺に建てられた館だ。
わたしたちは、そこで一月を暮らした。
わたしたちは、海が見えるテラスに腰をかけて、ドクター・ディーを出迎える。
ドクター・ディーは、わたしの前に腰を降ろすと、穏やかに微笑む。
「結局のところ、春妃の憎しみは過去に葬り去った。そういうことだと思ってるのだね」
わたしは、にいっと笑って答える。
「もちろん。違うってでもいうの?異論は認めないよ」
ドクター・ディーは、笑みを崩さない。
「君たちが、子供でいるかぎり、それでいいだろうな」
「ふん」
わたしは、鼻で笑う。
「わたしは、永遠にガキでいる宣言を、ここに発することにする」
ドクター・ディーは少し苦笑した。
「まあ、頑張んなさい。それと忘れないことだ」
わたしは、ぐっとドクター・ディーに顔を近づける。
「憎しみは猛禽のように愛を狙ってるんでしょ、忘れるもんですか」
わたしは、ドクター・ディーにひらひらと手を振る。
「そんなつまんないことを話にきたんなら、帰っていいよ」
ま、帰るのは、わたしたちなんだけどね。
ドクター・ディーは、わたしの言葉はあっさりと受け流す。
「わたしの用は、これを返すことだよ」
ドクター・ディーは、携帯電話を取り出した。
それは、わたしが貸したもの。
そこには、わたしがこの一月で書き上げた、文章がある。
わたしが、あなたに語った物語。
わたしと、あなたの物語。
そう、それはこの物語。




