012 「残酷な赤の女王」
緑の王、
森の王。
その巨大な身体は、様々な草木に覆われてあたかも立ち上がった森のようだ。
バフォメットの証である、大きな山羊の角が頭部で弧を描いている。その角は夜明けの太陽のように金色の輝きを放ち、山羊の瞳は老賢者のような黒曜石の光を秘めていた。
動く森。
その巨体は身体に寄生する草木をざわざわ揺らしながら、ゆっくりと黒の剣士へ近づく。
森の王は、空気の重さを操る。
ずしりと。
黒衣の剣士が佇む周りの空気が、重さをます。
深海へ沈み込んだように。
粘塊と化した空気が剣士の足を止めた。
その動きが止まった剣士へ、黄金の乗り手が操る鞭が襲い掛かる。
辛うじて漆黒の剣を振るい、鞭をかわす。
狼が哄笑した。
「同じではないか、フォン・ヴェックの娘よ。諦めろ、早いうちにな」
わたしは、無理矢理笑う形に唇を歪める。
「判ってないね」
わたしは叫んだ。
「日出男、黄金の騎士はまかしたわよ」
無茶な話ではあるが、日出男は黙って頷くと黒の剣士の前に立った。
日出男の軍刀が鞭を弾く。
しかし、この重たい空気のなかでは長く持たないだろう。
わたしは、脳裏に本をイメージする。
本はわたしの手の中へ、顕れた。
「book of saturday」
その本を開くと、文字を書き込む。
「リズ、そこにいるのよね」
答えが浮かび上がった。
「いるよ、エリカ」
本を掲げてわたしは叫んだ。
「フォン・ヴェックの名において召喚する。別宮理図、我が前へ姿を顕せ」
金色の光が一瞬、あたりを照らす。
その光の中心から、一人の少女が歩み出た。
彼女の学校の制服であるブレザーとスカートを身につけ。
わたしと同じ顔。
その顔に傲慢な笑みを貼付けていた。
「はぁい、エリカ」
日出男は肩から血飛沫をあげ、膝をつく。
わたしは、赤いカードをリズへ投げる。
「読んでたなら、判るよね。呼びなさい、赤の女王を」
リズは頷くとカードを掲げて叫ぶ。
なぜか邪悪に見える笑みを浮かべ。
「古の契約に基づき汝を召喚する。クイーン・オブ・レッド」
残酷な赤の女王。
深紅のドレスを纏った女が出現する。
狼が呻きをあげた。