116 「何が問題だっていうの」
いやいや、誉められたことでは、無いって。
それって、もしわたしの企てが成功していたら、多分わたしってヒットラーやスターリンをぶっちぎりで抜いた、人類史上最悪のひとになっていたよ。
まあ、成功してたら、なんだけど。
ただ、問題は成功したかどうか、なんてことではない。
ようするに、わたしのこころは。
この世を地獄の焔に、投げ込んでもいいと思うほどに。
憎しみに淫していたということなんだろうと、思う。
わたしはわたしの愛すらを、憎悪という名の猛禽に、投げ与えてしまったということなんだろう、と思った。
わたしは一度死んで、記憶は失ってしまったはずなんだけれども。
けれど、わたしの深いところでは、その時のことを覚えていた。
それは、魂に刻まれていたのよ、きっと。
だから。
わたしは、あんなに怖れていたんだとおもう。
憎悪の海に、沈むことを。
その中で、愛すら憎しみに食い尽くされることこそ。
わたしは恐れ、そうであるがゆえに、死ぬことを望んだのだと。
そう、思った。
けれど、今はもう違う。
わたしは、あなたの中にいる。
あなたは、わたしとひとつになった。
わたしの愛は、もうどこへもいかないの。
怖れることなんて、なにもないのよ。
わたしは、ふと道化の眼差しを感じた。
道化は、笑っている。
カーニバルの仮面のような笑みを、わたしに向けていた。
「何か、いいたいことでもあるの?」
わたしの問いに、道化は頷く。
「ああ、ひとつ問題があると思うんだが」
わたしは、こころを見透かされている気がして、どきりとする。
エリカが、道化を睨み付けた。
「ちょっと、何か余計なことを言おうとしてない?」
道化は、大仰に肩を竦めた。
「最終的にどうするかは彼女の判断だが。事実は事実として、知っておく必要があると思うね」
「何よ」
わたしは、少し上ずった声で、道化に問う。
「何が問題だっていうの」
「ひとつの身体に、ふたつのこころが乗ってる状態には無理がある。いずれ、君たちのこころは溶けあってしまうだろう。その時、リズ、それにリサ君たちは居なくなってしまい、新しい人格となる」
「別に」
「君は、それでいいのかもしれない。リズ、いや、春妃と言ったほうがいいのか」
わたしは、胸がどきどきするのを感じる。
できれば、道化の口を封じたかった。
その先は、聞きたくない。
でも間違いなく、避けられないことのはずだ。
「秋水は、どうだろう。春妃、君が復讐をしようとしたのは、そもそも秋水の無念をはらすためだったのだろう。今秋水は再び生を受け、もう一度かつて破れた夢を追うことができる。しかし、春妃、君と溶けあってしまったら、それは無理かもしれない」




