114 「フール・オブ・エボニーアイヴォリー」
「一旦は、我々はそれに成功する。まあ、ロスチャイルドも、第二次世界体戦後は色々忙しかったようで、それどころじゃあなかったのかもしれない」
わたしは、手をあげる。
「先生、わからないところがあります」
パイロンは、教師のように慇懃な顔で、答える。
「何かね、リズ」
「我々って、誰のことよ」
「もちろん、この僕と」
パイロンは、道化を見る。
「そこの道化さ」
道化は、白と黒に塗り分けられた顔を、大仰な笑みに埋め一礼してみせる。
「まあ、そのころはまだ道化ではなく、ルードヴィッヒ・フォン・ヴェックと名乗っていたがね。僕が頼んだのだよ。彼が道化になるように」
わたしは、目を丸くする。
「なんだって、そんなことを」
パイロンは肩を竦める。
「ロスチャイルドの追求は、次第に厳しくなっていった。ソビエトが崩壊した後には、それを躱しつづけるのが不可能になっていた。だから我々は、断片的に土曜日の本の情報を開示することにしたんだ。だがそうすると、土曜日の本の秘密を知りつくしているルードヴィッヒの身が、危険になる。だから、狂って全てを忘れてしまったということにしたんだよ」
なんとまあ。
「演技だったの、道化のふるまいは!」
わたしの驚いた声に、道化は首を振る。
「そうじゃあ、ないよ」
エリカも、頷く。
「彼のやったのは、もっとろくでもないこと」
ええと。
よく、判んないけど。
「見せてやりなよ、ティル・オイレンシュピーゲル」
パイロンの言葉に、道化は頷く。
彼は、一枚のカードを取り出す。
彼自身とそっくりな道化が描かれた、カード。
道化は、歌うようにいった。
「これは、大アルカナの一枚。フール・オブ・エボニーアイヴォリー」
見たけど、意味判んない。
エリカが、うんざりしたような顔でわたしに言う。
「こいつのアビリティーは、とても危険なの」
「へえ、どんなの?」
わたしの問いに、嫌悪に顔を歪めたエリカが説明する。
「これはね、ひとを幸福にするの」
ふうん、べつにいいんじゃあないの。
ちょっと、きょとんとした顔にわたしはなる。
沙羅は、ひどく蒼ざめていた。
彼女は、意味を理解したらしい。
誰も語りたがらないのを見てとったパイロンが、説明する。
「これのアビリティーは、感情を固定してしまう。幸福という状態でね。たとえどんなに哀しいことがあろうとも、それが許されない。何があろうとも。笑い続けねばならなくなる。ある意味、ひととして、死ぬようなものだね」




