110 「君の申し出は、十分検討に値するね」
エリカは、馬鹿にしたように、笑ってみせる。
「コブラだかなんだかしらないけれど、赤の女王にかなうとでも思ってるの」
パイロンは、慇懃な笑みで、それに答える。
「君は赤の女王は無敵だと思っているのかもしれないが、使っているのはただの女子高生なんだぜ」
エリカは、眉間に皺をよせる。
「何が、いいたいのよ」
「百選練磨のフェリシアンと戦って、リズが無傷であると信じられるのか?」
エリカは、鼻をならす。
「あたりまえよ」
そういいつつも、動揺を隠しきれていなかった。
パイロンの言ってることは、ただのブラフなんだろうと思う。
けれど気になるのは、クレールが残した言葉だった。
「言っておくけれど、大アルカナは相互に繋がってるから、ナイト・オブ・ゴールドが消滅したのも、赤の女王が無事なのも判ってるのよ」
エリカの言葉に、パイロンは嫌味なほど冷静な表情で、答える。
「赤の女王が、消えたなんていってないさ。君はリズが、過酷な二連戦を生き延びられるほど、タフだと思うかね?」
全くの、正論だ。
その言葉を、否定しきれなかった。
そして、その思いを、隠しきれていない。
パイロンは、殆ど勝ち誇ったような、笑みを浮かべている。
エリカは、少し物憂い表情を見せた。
パイロンは、優しいと言ってもいいような口調で語りかける。
「降参するかな」
「しかたないな」
エリカは肩を竦め、パイロンは両手を広げる。
「取引をしましょう」
エリカの言葉に、パイロンは目を丸くする。
そして、驚いたローゼンフェルトが、玉座より立ち上がった。
「おい、パイロン」
ローゼンフェルトの言葉を無視して、エリカは言った。
「パイロン、あなたリズのことが好きなんでしょう」
パイロンは、はじめて顔をしかめる。
冷静さが、崩れていた。
「まあな」
「パイロン、貴様」
ローゼンフェルトが、叫び声に近い声をあげる。
「抱かせてあげても、いいよ。リズを」
パイロンは、鼻で笑う。
「馬鹿を言え」
「どうして馬鹿なの?」
「そんなことが、出来るわけない」
「簡単。リズのDNAから、あなたのいいなりになる幻体を作ってあげる。フォン・ヴェックには簡単なこと。そこの」
エリカは、冷たい眼差しをローゼンフェルトへむける。
「元ナチスのおっさんには、無理だけどね」
「おい、ふざけるな」
叫ぶローゼンフェルトに向かって、パイロンは銃を向けた。
古めかしい、モーゼル・ミリタリーである。
パイロンは、冷静な口調で言った。
「静かにしてくれないか、重要な交渉の局面なんだ」
そして、エリカに向き合う。
「君の申し出は、十分検討に値するね、フォン・ヴェック」
ローゼンフェルトは、信じられないといった表情で、その場に膝をついた。