109 「仕事中のサラリーマンが、迷い込んだという感じ」
王宮の奥、玉座のある部屋にたどりついたエリカは、うんざりした声をだす。
「あなたに会うような、予感はしてたんだけどね」
玉座に座っているのは、アルフレート・ローゼンベルクである。
けれどエリカは、そのおとこに一瞥も与えなかった。
エリカは、そのとなりに立っているおとこを、見つめている。
ビジネススーツを身に付けた、東洋人。
どうみても、この王宮には、似合わないおとこである。
仕事中のサラリーマンが、迷い込んだという感じ。
かれはある時は、つきかげと名乗ることもあったが。
その名は、パイロンという。
「ひさしぶりね、パイロン」
「言っておくけれど、僕を殺すと後悔するよ。フォン・ヴェック」
「ふーん」
エリカは、口を歪めて笑う。
「まあ、話を聞き終わるまでは殺さないよ。そこのローゼンフェルトもね」
「理性的な判断だ。恐れいる」
パイロンは、生真面目に一礼をする。
商談にはいるビジネスマンの、物腰だ。
「で、あなたがこの世界をCIAに売ったのでしょう」
「CIAは、ただの使い走りだよ。裏にいるのは、ロスチャイルドだ」
エリカは、顔をしかめる。
「なんでそんな馬鹿げた連中を、ひきずりだすのよ」
「冗談じゃあない!」
パイロンは、少し声を荒げるが、迫力はない。
「ロスチャイルドをひきずりだしたのは、君たちフォン・ヴェックじゃあないか。春妃がロスチャイルドに関わったあげく、裏切るという離れ業をやってあの世へいった。なんとまあだ。僕が事態を収束させるために、何度死にかけたか説明してやろうか?」
「結構です」
エリカの冷たい言葉に、パイロンは肩を竦める。
「何にしても、ロスチャイルドは、望んだものは必ず手に入れる。だから僕は、やつらに奪われる前に、売りつけたんだよ」
「話は終わりで、いいかな」
エリカは、冷酷な笑みを浮かべる。
黒の剣士が、一歩踏み出した。
「いや、だから待てよ」
パイロンは、ハンディタイプの無線機を突き出す。
「何よ、それ」
「僕は元々、大アルカナだの守護生命体だのは、信用していない。主戦力は温存している。その主戦力と、連絡をとるための無線機だ」
「主戦力?」
パイロンは、真面目な顔をして頷く。
商談の重要な契約項目を説明するビジネスマンのように、重々しい口調で語り続ける。
「コブラヒューイ。戦闘ヘリを1機、この世界へもちこんでいる。この王宮、いやこの世界全体を、あっという間に破壊できるよ。たとえ1機だけであってもね」
エリカは殺気だつ。
「あなたが呼ばなければ、彼らはこないんでしょう?」
「まさか。僕が定時連絡をしなければ、自動的に無差別攻撃をする。その後に、制圧を行う」




