106 「ちょっと長い物語に、なりますけど」
わたしは、あなたの身体を使い、立ち上がる。
あなたは現在の状況に混乱し、意識の奥底に身を潜めていた。
わたしは、金髪で碧眼、貴族的に整った顔立ちである、そのナチスの殺し屋を見る。
金髪の野獣は、抜刀した。
足を少し引き摺っているのは、あなたに靭帯を痛めつけられたせいだ。
わたしの中には、あなたの記憶もある。
もうわたしたちは、ひとつのもの。
あなたの瞳をとおしてわたしは世界を見ている。
足元には、ひとつの死体。
それは、かつてわたしであったもの。
いまは、ただの抜け殻。
わたしは、あなたに話をしたい。
あなたは、もう知っているかもしれないけれど。
ここに至るまでの、わたしの、そしてあなたの物語を。
けれど、今はそれどころではない。
ラインハルト・ハイドリッヒ、ナチスの殺し屋が、足を引き摺りながらわたしたちに、近づいてくる。
もう一度、赤の女王を呼び出して、鋏を振るわなくては。
わたしの隣に、赤の女王が実体化する。
けれど、金髪の野獣はもう目の前まで来ていた。
ラインハルトは、獰猛な笑みを浮かべる。
そして、その剣を、ふりかざす。
間に合わない。
その時、銃声が轟いた。
ラインハルトは、未開民族の舞踏を踊るように身体を痙攣させると、血を振り撒きながら地面へ沈む。
わたしは、銃声のしたほうを、見る。
アリスが、アサルトライフルをかまえて立っていた。
そして、その横に、彼女がいる。
別宮沙羅、わたしたちの、お母さん。
「理沙!? ねえ、これは一体どういうことなの?」
わたしは、力尽きて膝をつくと、かろうじて言葉を振り絞った。
「ええと、ちょっと長い物語に、なりますけど」