103 「剣に繋がれた奴隷」
黒い狼は、牙を剥き出して笑う。
「ナチスのなれの果てなぞ呼び出して、なんのつもりだ」
シェレンベルクが、暗い声で答える。
「このおれがナチスのなれの果てなら、おまえはなんだ。インチキ教祖のなれの果てじゃあないのか、シロウ・アマクサ」
黒い狼は獰猛な咆哮をあげると、シェレンベルクへと襲いかかる。
シェレンベルクの首筋は咬み裂かれ、頭が傾く。
血がしぶくかわりに、闇が液体のように流れていった。
「おいおい、シロウ。それじゃあだめだよ」
シェレンベルクは、帽子でも直すように頭の位置を元に戻す。
「おれはもうこれ以上死ねないくらい、死んでるんだぜ」
狼は、無数のナイフが並ぶようなその口を開け、喉の奥でうなる。
「四肢を、喰い千切ってやる」
黒い風となった狼は、シェレンベルクの足に食らいつく。
切断された右足が、無造作に地面へ転がった。
しかし、シェレンベルクは狼の頭を抱え込み、放さない。
その状態で、腰から拳銃を抜く。
巨大な20ミリ口径の、単発拳銃であった。
その拳銃を、狼の口のなかに突っ込む。
牙が拳銃を持った腕を喰い千切るのと、巨大な拳銃が喉の奥で火を吹くのはほぼ同時であった。
片腕と片足を失ったシェレンベルクは、それでも立ち上がり笑みを浮かべる。
「どうだい、ナチスの造った対戦車拳銃の味は」
シロウの身体は、炎に包まれた。
燃え盛るその炎は、次第に闇色へと変わってゆく。
いつのまにかシロウのそばへきた黒の剣士は、その心臓へと剣を突きたてる。
黒い炎に焼かれながら、シロウは声にならぬ悲鳴をあげた。
黒の剣士の剣は、シロウの魂を喰らってゆく。
シェレンベルクが、暗い笑い声をあげた。
「さあ、シロウ。次はお前の番だ。地上でもなければ地獄でもない、死者でもなければ生者でもない、剣に繋がれた奴隷として待ち続けることだ」
シェレンベルクの身体は、次第に色と影を失い、透明となってゆく。
「召喚され、次の奴隷の魂と引き換えに解放される日をな」
シェレンベルクの姿は、水に溶ける氷のように消えていった。
狼は、空に向かって朗々と吼える。
悲痛と怒りが入り混ざったその声は、王宮じゅうに響きわたった。
そして、シロウは闇にのまれ、消えてゆく。
「シロウ様!」
クレールがそう叫んだときに、黒の剣士はバフォメットの前に来ていた。
「クレール、あなたは黒の剣士ごと、シロウの魂を葬ることができるの?」
エリカの叫びに、クレールの顔は蒼白になり、痛みを感じているようにひきつった。
そして、黒の剣士の剣がバフォメットの胸に、突きたてられる。