102 「シェレンベルク」
「道化とは、今王座に腰かけている、ローゼンベルクのことか?」
エリカは、辛辣な笑みをシロウへと投げ掛けている。
「中々答えにくい質問ではあるが」
シロウのあまりに正直な答えに、エリカは苦笑する。
「わざわざ自らの命を差し出しにきた小娘は、愚かと呼ばずしてなんと呼ぶ」
「決まっている」
エリカは、輝くような笑みを見せた。
「王にして、英雄だ」
それに対する、答えのように。
緑色の光が、現れる。
森の王。
半神半獣であるバフォメットが、クレールの前に召喚される。
まるで、粘塊となったかのように、空気が重さを増す。
海の底に沈んだがごとく、身体が自由を奪われていった。
その、液体化した空間を切り裂いてゆくように、黒の剣士が森の王を斬りつける。
重たい空気の中で、致命傷をあたえることはできなかったが、それでも血しぶきが上がった。
「あんたたちに、わたしを止められはしないよ」
嘲るように叫ぶ
「なめるな」
漆黒の颶風と化した黒い狼は、エリカへと襲いかかる。
日出男の抜いた刀が、黒い狼を食い止めた。
五人の兵士が同じく抜刀して、エリカを囲む。
黒い狼は、嘲笑った。
「おまえたちが何人いようと、おれを止めることはできんよ」
日出男は無言のまま、刀を青眼にかまえて狼と対峙する。
その顔は、死を覚悟したように張り詰めていた。
「おれは既に、ひとという脆弱な存在では、ないのだ」
エリカは、シロウを見てふっと笑う。
「しかたないなあ、これはあんましやりたくなかったけど」
バフォメットに対峙していた黒の剣士が、剣を天高く掲げる。
そして、エリカが叫んだ。
「我が剣により封じられし魂を、召喚する」
まるでその一瞬だけ、青い空が灰色へと転じ、日の光が失われたようであった。
エリカの前の空間に、闇が集いはじめる。
死のように暗い闇が、ひと型に凝縮しはじめた。
エリカが叫ぶ。
「我が召喚に応じ、姿を現せ。ヴァルター・シェレンベルク」
風が渦巻き、その風が闇を引き剥がし吹き散らしてゆく。
そこに、ひとりの軍服姿のおとこが現れた。
映画俳優のように、整った顔立ちを持つが。
その身体は、軍人らしく鍛えられたものであるようだ。
シェレンベルクと呼ばれたおとこは、冷たい笑みをみせ狼のほうへ一歩踏み出す。
そして、地の底から響くような陰鬱な声で語る。
「こいつを殺せば、おれは解放されるのだな」




