101 「あっけない」
ポーンは炎と爆煙に包まれ、動きを止めた。
ポーンは立ち上がった、地獄の松明と化している。
焼け焦げた空気が、わたしの顔を撫でていった。
一体誰が、ポーンを撃ったのだろうと、疑問に思いながらわたしは、身をおこすが。
そのわたしの目に飛び込んできたのは、金色の輝きである。
わたしの目の前にいるのは、黄金色の戦車に乗った金色の騎士とひとりの優男、フェリシアン・シャルルであった。
わたしはふらつく足で身を支え、フェリシアンに目を向ける。
フェリシアンは嫌味なほどやさしげな瞳で、わたしを見返す。
赤の女王とわたしの間に、戦車は着地していた。
わたしの傍らでグリフィンが、炎のような吐息をついている。
わたしは、完全に追い詰められていた。
夜明けの太陽がごとく輝いている戦車を前に、わたしは為すすべもなく立ちすくんでいる。
フェリシアンが、微笑みながらわたしに言った。
「これがチェスなら、詰んでいると思わないか」
どこかで聞いたような台詞だ。
わたしは、口を歪めて答える。
「命乞いをしたら、助けるとでもいうの?」
フェリシアンは、優しげな笑みを浮かべたまま、頷いてみせる。
「大アルカナを我々に渡して降伏すれば、命はとらない」
わたしは、声をあげて笑う。
フェリシアンの背後で赤の女王が、鋏を振るった。
しかし、風を巻きおこして黄金の戦車は消失し、鋏は何もない空間を切り裂いただけだ。
背中から黄金の輝きを受け、思わず振り向くと。
わたしの胸に、何かが突き刺さる。
鞭の先についた短剣が、正確にわたしの胸に突き刺さっていた。
風が、わたしの身体を包む。
黄金の戦車がおこした風が、遅れてわたしに届いた。
けれど、わたしにはもう何かを感じることもできず、呆然と自分の胸にささった短剣を、遠い景色を見るように見ている。
痛みや恐怖や絶望を感じる間も、無い。
わたしは闇夜に輝く月のような黄金騎士にむきあいつつ、暗黒が意識を飲み込むのを感じる。
闇は燎原の炎がごとく、速やかにわたしの意識を飲み込んでゆく。
かろうじて、頭の片隅でこう思った。
(あっけない)
わたしは、死んだ。