俺はうんこがしたいんだ!!
「くっ」
限界だった。腹の中で叩かれる和太鼓の音色は俺の表情をムンクのように叫ばせるばかり。
いま求めるのはたった一つの安寧――大便器だ。
涙混じりに男子トイレへ駆け込んだ。
後で「太郎のやつうんこしてやがったぜ! くっせー!」と山田くんに馬鹿にされても構わない。女子から影で「うんこ王子」とあだ名されても知ったことじゃない。この便意から逃れられるなら悪魔に魂だって売ろう。
そんな覚悟で男子トイレへ突入し一番奥の個室へ突撃した。
ズボンのベルトを外し座り込みながらズボンを下ろす動きは洗練されたフィギュアスケーターだって賞賛してくれるはずだ。
準備ができたところで肛門の力みを緩めようと思い立つも額に冷や汗……パンツを下ろしていない!
危うく学校でノーパン健康法を試行するところだったともう一度中腰になってパンツに手をかける。これじゃ羽生君に笑われてしまうな、とほくそ笑んだのは余裕の現れだった。
"勇者よ……"
パンツを下ろしかけた半ケツの最中耳に届いた不思議な声に動きを止めた。
"おお、勇者よ……聞こえますか……?"
な、なんだこの声は。
普通に生きていれば聞かない反面既視感は強い。
なにせ俺が日々熱望していたファンタジックな展開。そう、勇者の目覚めだ!
それは唐突に訪れ選ばれし勇者を覚醒させ、突如異世界へとトリップしてしまう夢の妄想。
"勇者よ……私は"
「うるせぇよ今それどころじゃないんだよ!!」
そりゃ望んでいたことだよ!?
熱望羨望希望願望なんだっていいけど日々そんな妄想ばかりしていましたよ!?
だけど今じゃなくたっていいだろう!?
"ど、どうされましたか勇者よ……"
「あいうぉんとうんこ! おーけー!?」
"う、うんこが欲しいんですか……?"
「ノー!」
粗末な学力で申し訳ございません!
腹の痛みは臨界点を超えて夢のその先へ。魔王と対決してたら力が足りなくってあと一歩のところで及ばないけれど仲間や国民の元気玉的エネルギーを集中、そして炸裂魔王討伐ってぐらいの感動シーン到来してる。便意の話だけど。
「お、俺さ、お腹、お腹痛いの!」
"なんて間の悪い……今しか時はありませんのに……"
「まじですか!?」
"こちらの世界とそちらの世界を繋ぐゲートが今しか……次に繋がるのは百三十五年後です"
「残り時間は!?」
"あと二十秒です……"
「秒読み段階!?」
なにお前悠長に"勇者よ……"とか"おお勇者よ……私は……"とか自己紹介しようとしてんの!?
その時間絶対もったいなかったよね!? うんこにあてれた時間だよね!?
糞が肛門付近に収束されているとはいえ二十秒(もう二十秒ない)じゃ下手をすれば一子相伝の暗殺拳を繰り出しながら召喚されることになってしまう。
きっとそこは大広間で大規模な術式の五芒星が描かれていて、王様に神官、銀髪天使のお姫様だって勇者を待ちわびていることだろう。
だけど現れた勇者が「うんこなう」って絶望必至だ。
ってか俺が嫌だよ!
"十……九……"
「カウントダウン始まっちゃったよ!」
"ど、どうされますか?"
どうすんの! どうすんの俺!
夢にまでみた異世界トリップ、勇者、めくるめく冒険……でも、でも俺は……。
「俺は――」
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大聖堂で行われた勇者召喚の儀式に立ち会った面々は一人残らず唖然とした。
王様、十人のエリート神官、そして天使と名高い銀髪のお姫様も。
召喚のため描かれた魔法陣の中央に現れた勇者は今にも泣き崩れそうな表情で、尻を半分出しての中腰だった。
予想を大きく裏切る勇者の出で立ちに困惑していると、大聖堂中に響き渡る声で勇者は悲痛に叫んだ。
「俺はうんこがしたいんだ!!」
そして彼は伝説となった。
書き終わって寝て目が覚めて気づきました。
メリークリスマス。
……聖夜になに書いてんだ。