四つの恋と、恋の始まり。
私は今まで、ロクな恋をしてこなかったと思う。
一番目に恋をしたのは小学三年生の時。
今では名前すら覚えていない、クラスで一番人気だった男の子。
二番目の恋は図書館。
いつも窓際の席で本を読む彼に惹かれた、十二歳の夏。
三番目の恋は塾でのこと。
やけに発音の良い君に恋をした。
四番目の恋は校庭。
キラキラと輝ける彼に憧れた。
これらの恋の中には、恋とは呼べないようなものもあった。
それでも懲りずに恋に落ちる。
これは、そんな私の恋の物語。
「タクくんってかっこいいよね!」
「私、ハヤトくんのことが好きなの!」
そんな話題が女子の間であがり始める小三の春。
最近の小学生はませている、と言われるのは、小学校低中学年なのに、こんな話をしているからだろう。
「ねぇ、ウララちゃんの好きな人は?」
「あたしはツバサくんよ。」
ウララちゃんは、当たり前だというように、きっぱりと答えた。ツバサくんと言うのは、クラスの中で一番人気の男の子だった。
「じゃあ、鈴ちゃんは?」
「え、絶対言わなきゃダメ?」
「勿論、当たり前でしょ?」
私はまさか自分に話が振られると思っていなかったので、慌てた。
全く考えていなかったのだ。
「えぇっと、ツバサくん……かな?」
ツバサくんは、クラスで一番人気なだけあり、格好良くって頭もいい。
好きな男の子、と言われても特になかったため、偶々出した名前だった。
それに、今の私の隣の席は、ツバサくんだったのだ。
「…ツバサくんは私のモノだよ?鈴ちゃんは好きになっちゃダメなんだよ?」
私がツバサくんのことを好きだと完全に思い込んだ、ウララちゃんの言葉だった。
『別に、好きって訳じゃないよ』
って否定すればよかったのだが、当時の私は、ウララちゃんの言葉に妙な引っ掛かりを覚え、それをそのまま口に出してしまった。
「…ツバサくんはモノじゃないよ?」
私の言葉に、ウララちゃんの顔は真っ赤に染まり……次の瞬間にはどす黒く染まっていた。
「ねぇ、みんな。鈴ちゃんはもう友達じゃないから。
……話しかけちゃダメだよ?」
ウララちゃんは、このクラスの女王様だった。みんな、大抵のことは彼女の言いなりだった。
加えて私には
『一番仲がよい友達』といったモノがなかった。なんとなくグループ内に居るだけで、影も薄かった。
だからこそ、ハブりやりやすかったのだろう。
その日、その時から、私への無視が始まった。
好きだったのか、と言われれば頷ぐ。そんな恋だったが、大事なことに代わりはなかった。
でも、無視されている相手を好きになり続けることは出来なかった。
こうして、一番目の恋は強制的に終わりを告げた。
無視が始まり、約三年。私達は小学六年生になったが、相変わらず、無視され続けていた。
無視と言っても、生活に支障が出ないぐらいは話してくれたから、もうどうでもよかった。
風の噂でツバサくんとウララちゃんが付き合っていると聞いたが、もうどうでもよかった。
学校へ行くのが酷く面倒で、放課後は毎日のように、図書館へ通っていた。
そんな小学六年の夏、私はまた新しい恋に出会った。
私の隣の席、窓際の席に座る男性。
恐らく、大学生ぐらいと思われる彼に、同級生の幼稚さに辟易していた私は、いとも簡単に恋に落ちた。
だが、この彼も、長く恋をさせてくれなかった。
いつものように、席を確保してから、本を探しに行った。
席に着く前に、さり気なく彼の手元を覗くと、カッターが見えた。
どうしてカッターなんて持っているんだろう、と不思議に思う。
彼の前の机の上には、古臭くて難しそうな本しか乗っていなかったのだ。
だが、その疑問は直ぐに解決した。……最悪な形で。
彼がおもむろに、図書館の本にカッターを入れたのだ。
バーコードを切り取っているあいつを見ていて、心が急速に冷めていくのがわかった。
見つからないようにカメラのシャッターをきった。
バーコードの無い本を鞄に入れ、彼は図書館を出た。
彼の後をつけた先の路地裏に、怪しい本屋があるのを見つけた。
薄暗い店内を窓から覗き、彼が本を売り払うのを確認後、警察に通報した。
こうして、二番目の恋も終わった。
私は沈みきった心と共に、塾の夏期講習に向かった。
そして、待っていたのは新しい恋……三番目の恋だった。
彼とは、夏期講習で初めて知り合った。……といっても見ただけで、話してもいなかったが。
さて、塾の彼は英語が得意だった。発音もよくて、スラスラと英文を読んでいた。
かっこいい、と思った。
彼となら普通の恋ができるかな、なんて小さな期待。
けれど、この恋は全く進展しなかった。彼とは学力が合わなかったのだ。
彼は救いようのない馬鹿だったのだ。それこそ、英語以外は、最低レベルだった。
その結果、彼とはその日以来会うことが無かった。
今では、発音のよかったことしか覚えていない。
三番目の恋は、失恋を紛らわすための恋だったのかもしれない。
さて、私は中学に上がる際、小学校の仲間が一人もいない中学を選択した。
そんなこんなで始まった中学生活は、順調だった。男子からは自然に目を背けるようになってしまったが、女子の友達は出来たし、安全で平凡な毎日を送っていた。
「ねぇ、鈴ちゃん。サッカー部の応援に行かない?」
友達のサヤカちゃんに誘われて行った試合で、またもや恋をした。
教室では、隣の席の男子だったことに、恋してから気づいた。それだけ関心がなかったのだ。
けれども、この恋も上手くいかなかった。校庭での彼はキラキラと輝いていたのだが、教室での彼は暴君そのものだった。
ウララちゃんが女王様なら、彼は王様だったと思う。
私自身が虐められることはなかったが、窮屈さを感じていた。
あのクラスで楽しんでいたのは、極僅かな人間だけだったと思う。
みんな、意思の自由を奪われていた。
この恋があっという間に冷めたのは、言うまでもない。
と、このように、本当にロクな恋をしてこなかった。
もはや恋なのかすら分からないモノもあったかもしれない。
でも。私はまたもや恋に落ちてしまう。
……今度こそ、本物の。
その恋の始まりは……そう、高校二年生の春の暖かな午後のことだった。
「……となる。つまり、3A+2A=5Aとなるから……」
数学の授業は退屈だ。
AだとかXだとか、どうしてアルファベットが出てくるのか不明だ。もう、訳がわからない!
先生の話にaが出てきた所で、私は白旗を上げ、眠ることにした……が。
不意に、右手の甲に何かが、ふわりと当たった。
「ん……」
びっくりして右手の方を見ると、右手に触れたものの正体は隣で潰れている、八坂 亜輝の髪の毛だった。
彼が、寝返りの代わりに、頭をこちらへ傾けたのが原因……だったようだ。
気持ちよさそうに眠るそいつの髪の毛が、風に揺れる度に手に触れる。
痒いような、気持ちがいいような、不思議な感覚にみまわれた。私は、何故だか手を引っ込めたくなかった。
眠気を忘れて、理由を考えていると、一つの可能性に思い当たった。
猫だ。
八坂亜輝の髪の毛は癖毛……いわゆる、猫毛だったのだ。
一つ説明を入れておくならば、私は猫アレルギーだ。本物の猫に触れれば、たちまち痒さに襲われるだろう。
だが、私は猫が大好きだった。もっと言えば、猫の毛の手触りが。
この日から、八坂亜輝が眠っている授業中、こっそりと右手の甲で彼の髪の毛に触れることが、私の日課になった。
私は、彼の髪の毛に恋をしたのだった。




