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最後の希望

作者: 吉川翼



1



ちょうど、紅葉やイチョウの葉が、地面に並び始めた頃だった。

明日はどこへ行こうか、今年のクリスマスは何をしようか、そんなことを笑いながら話したあの夜。

そのあと、2年前、俺が教えて始めたギターを、二人で掻き鳴らしたあの夜。


その日、俺が彼女の家を後にして外に出たときも、微かに、家の中から彼女のギターが聞こえていた。

2年前とは比べ物にならないほど、上達していた。

その歌は、聴いたことのない歌だった。しかし、妙に聴いていて心地よかったのを覚えている。

そんな音が遠ざいていくことに、少しの寂しさと愛しさを覚えながら歩いた、あの夜。


その日、彼女の歌は永遠になった。




2



クリスマスを3日前に迎えた今日――。

俺は、いつものように、とても朝とは言えない時間に目を覚ました。

枕の感触に気持ち悪さを覚え触れてみると、わずかに枕は濡れていた。

どうやら、寝ながら涙を流していたらしい。


――覚えはある。

今日も、また、あいつの夢を見ていたのだろう。そんな気がする。

あいつが、1ヶ月ちょっと前に、この世からいなくなってしまった日から、思い出さない日なんてない。


あいつがいなくなってしまった原因を、俺は知らない。

いや、正確には、分からないというべきなのだろうか。

とにかく、突然のことだった。あの日の翌日、電話が繋がらなくなり、俺は直接家に向かった。

呼び鈴を鳴らしても返事がないため、合鍵を使い中に入るも、そこから彼女の呼吸音は、聞こえてはこなかった。


医師に理由を聞いても、首を横に振られるだけだった。

どうやら、本当に原因が分からないらしかった。

ただ、ひとついえるのは、どんな理由であれ、俺には突然ポッカリと空いてしまった穴を、埋めることができなかった、ということだけだ。



俺は、布団から這い出ると、すぐに着替えを始めた。

今日は、外に出なければならない。大学の親友たちと、飲みに行く約束をしていたのだ。

少し早いけれど、年終わりを締めくくろう、という趣旨らしいが、どうせ飲みたいだけである。

今起きた時間が、すでに3時。

ほんの少しでも遅れたら、あいつらにまたガヤガヤ言われてしまうだろう。


そんな親友たちとの楽しい会話を想像し、少し自分の顔が綻ぶのを感じた。

しかし、すぐにあいつの顔が頭をよぎり、唇を強く噛んだ。

用意を済ませると、靴紐を十分すぎるほど強く結ぶと、俺は家を出た。



そうして、飲み屋に到着すると、少し時間が早かったので、近くを少し歩いてみることにした。

中々都会なこの場所は、クリスマス一色に染められていた。

家電量販店、おもちゃ屋、ショッピングモール――どこもかしこもが、イルミネーションに彩られている。

赤や黄色の光でできたサンタクロースやトナカイたちが、こちらをみてニッコリと笑っているのが見えた。


そんな明るい光の輝きとは裏腹に、俺の心は晴れてはいなかった。

俺は、決してこのクリスマスという日が、嫌いなわけではない。

ただ、今は、思い出したくないだけだった。



少し歩くと、コンビニがあった。

約束の時間までには、まだもう少し余裕がある。どうせ歩いていても暇だろう――そう考え、俺はコンビニの店内へと入った。

雑誌コーナーへと足を運ぶと、週間漫画雑誌を手に取る。そこには、俺の好きな漫画も掲載されている。

内気で何も出来なかった少年が、ギターと出会うことで人生を変えていく、というものだった。


しかし、以前は毎週しっかり立ち読みしていたが、最近まったく読んでいなかったせいで、話がほとんど掴めなかった。

それでも、他の漫画などを眺めるように読んでいたとき、一組の男女が、俺の横へと歩いてきた。


男女は、互いに漫画を取ると、それを手に持ちながら、会話を始めた。

「なぁ、クリスマス、どこ行きたい?」

男が、女に尋ねる。すると女は、少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに答える。

「うーん、どこでもいいよ。二人で行くなら、どこでも」

「そっか……そうだよな。楽しみだなー、クリスマス」

男は、その返答に嬉しさを覚えたのか、照れくさそうに頭をかきながら答えた。


俺は、漫画を棚になおすと、コンビニを出た。

すでに外は、少し暗くなり始めていた。そんな中、飲み屋に向かいながら、俺はあの日のことを思い出していた。



あいつがいなくなる、その前の日。俺たちが、最後に会った場所、それは、彼女の家だった。

その日、俺たちは、他愛のない会話をしながら、楽しく時を過ごしていた。そのときに、確かこんな話をしたのだ。


俺が、クリスマスプレゼント何がいい、と尋ねると、彼女は何でもいいよ、といって笑った。

それじゃー困るんだよなー、と呟いたあと、おれは、冗談めかしてこう言ったのだ。

俺には、何をくれるの、と。すると、彼女は口元をさらに緩めて、秘密、と答えていた。


また、クリスマスにどこへ行きたいか、とも聞いてみた。

すると、彼女は、思いがけない答えを、返したのだ。

うーん、そうだなーと少し悩んだ素振りを見せた後、彼女は、大場川に行きたい――そう答えたのだった。

大場川は、家からもっとも近い川で、人気の少ない場所だった。

俺は、当然驚いて、どうしてそこへ行きたいのかと尋ねると、またも彼女は、秘密と言って笑うのだった。



今となっては、あいつが俺に何をプレゼントするつもりだったのかも、何故大場川に行きたがったのかも、もう分からない。

知る術も、おそらくはないだろう。一生、この傷痕を抱えて、俺は生きていくのだ――。


不意に、涙がこぼれた。

あいつの顔が、頭に浮かんでいた。

止めようと思っても、一向に止まってはくれない。ただただ、零れ続けていった。




数分後、何とか涙は止まったが、もう飲みにいけるような気持ちではなかった。

一刻も早く、一人になって、落ち着きたかった。

俺は親友達に断りの電話を入れると、帰路を歩き始めた。



3



暗く、寒い帰り道は、あの日と同じようだった。

ただひとつ違うのは、あの日は希望に満ち溢れていたのに対し、今は絶望の渦の中、ということだろう。


家に着くと、扉を開けて、電気をつける。

相変わらず散乱している部屋は、もはや片付ける気すら起こさせない。

そこで、あるものが目に留まった。

1ヶ月ほど前に、ある人から譲り受けたものだ。


それは、あいつの使っていた、アコースティックギターだった。

彼女の母が、是非貰ってやって欲しい、と俺にくれたものだ。


しかし、俺はそれを、あの日以来、一度も開けていない。

彼女のギターを見てしまうと、本当にいなくなったことを実感してしまうからだろうか。

とにかく、まだ一度も、ケースから出していなかったのだ。


だが、今、何故か無性に彼女のギターを弾きたくなった。

この気持ちは説明は出来ないが、一種の使命のような、そんな気すらしたのだ。


俺は、ギターケースに手をかけると、ゆっくりと慎重に、ファスナーを降ろしていく。

そして、中からギターを取り出し、それを太ももの上に置いた。


見慣れた、あのギターだった。こみ上げてきそうな涙をこらえると、俺はピックを手にし、弦を震わせた。

約1ヶ月ぶりだというのに、チューニングはほとんどずれていないようだった。

あいつのような優しく、温かい音色が、部屋の中を支配する。

俺は、ひとつずつ、確かめるように、あいつとよく唄った歌を、弾き始めた。



途中、何度か涙が零れそうになった。

しかし、不思議とそれらは、一度も零れることなく、最後まで演奏をし終えることが出来た。

もしかしたら、あいつが傍にいたのかもな、と思った。


一通り弾き終えると、俺はギターを一旦壁にかけ、ギターケースを手にした。

すると、少しだけ硬い感触がある。何か譜面でも入れているのかな、と思い、そこに手を入れる。

そこには、2枚の紙が入っていた。


1枚目は、手書きのコード譜だった。

何かの曲のコピーかな、と思ったが、彼女と弾いていた時に見たことのあるコード進行ではなかった。

だから、もしかしたら彼女が作った歌なのかもしれない、と思った。


そして、おそらく、その推理は当たっていた。

2枚目には、歌詞が書かれていたからだ。

何度も何度も書き直したことが分かるほど、紙には消しゴムの後や、打ち消し線が引かれていた。


どうしてこんなものを彼女は作っていたのだろう――そう考えたとき、ひとつの考えが、俺の頭に浮かんだ。

もしかすると、これが彼女のクリスマスプレゼントだったのではないかと。



『たとえ二人が離れても どんなときだって傍にいるよ』

『きっと私は二度ともう あなたを忘れられないから』

『世界中が幸せになれる日 私も確かに幸せだから』



紙には、こんな歌詞が書き連ねられていた。

これを、彼女が作ったメロディーに乗せて、俺にプレゼントするつもりじゃなかったのだろうか――。

そうしてそれを、大場川の河川敷で、俺に歌って聴かせようと思ってたのじゃないだろうか――。


ギターをもう一度手に取ると、彼女の書いたコードを弾いてみる。

それは、彼女がいなくなる前のあの日、帰り道で聴いたあのメロディーと同じだった。

聴いたことはなかったが、ずっと聴いていたい、そう思ったあのメロディー、旋律――。



涙がこみあげてきた。もう、限界だった。

涙が頬を伝い、床に雫となって落ちる。拭いても、拭いても、涙は止まることを知らなかった。


それでも、何とかしてピックを持ち、涙で曇った視界から、彼女の書いたコードを見る。

そうして、彼女はこの歌詞をどんなメロディーに乗せて唄ったのだろうか、と考えながら、必死にギターを掻き鳴らした。

美しいメロディーだった。これに唄を乗せることができたら、なんて素晴らしい歌になったんだろう、と思う。

俺はただ、心の内にある想いを叫ぶように、必死に、ただ必死に、掻き鳴らし続けた。



曲も終盤に近づいていっているようだった。

必死に、コードを鳴らしながら、そして歌詞を見ながら、あいつを想い、弦を震わせ続ける。

ただひたすらに、がむしゃらに――。

歌の最後の歌詞は、こう締めくくられていた。



『ずっと死ぬまで一緒にいるから たとえ死んでも一緒にいるから』



最後のギターの和音が、余韻となって、この部屋に響き渡る。

その音は、俺の頭のてっぺんから、足の爪先まで、すべてを響かせるように鳴っていた。


たくさんの想いが俺を包み、そのすべてが、涙となって流れていく。

無気力な毎日も、明日の見えない日々も、すべて流れ去っていった。

ただ、あいつの顔だけが頭に浮かび、その笑ってみせる顔が優しすぎて、また涙がこぼれていく。

それでも、あいつが、何もしてやれなかった俺に、優しく語り掛けてくれているように思えた。


希望が、確かに見えた気がした。


非常にあざとい盛り上げ方ですね、今見ると。

割と最近(といっても半年くらい前)に書いた作品なのですが、後半が本当にあざといと思います、はい。

すごくありがちだとは思うけど、その普遍的なものを大事にした感じですかね。

読んでいただき、ありがとうございました。

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