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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アサシン

作者: kazu

俺は今、とあるビルの屋上に居る。

空はどんよりと曇っていて、今にも嵐になりそうな気配だ。

そこで何をやっているのかって言うと……そうだな、スコープを覗いている。

およそ一キロメートルは離れているだろう、その先にいる目標物を……。

俺に覗き見をされているあの場所では、ある暴力団の組織と、イタリアでは名の通るマフィアが、何やら取引をしている最中らしい。

イタリアマフィアのボスを殺るようにと、俺は依頼を受けたのだ。


そう、俺は殺し屋だ。


もうそろそろ、奴が出て来る頃だ。

かなりの緊張の中、俺は引き金に指を当てる。

この悪天候において、ましてや、この距離から、一発で標的を仕留めることが出来る者は、世界中を探したとしても五人は居ないだろう。

だが、俺はやる。

どれくらい待っただろうか。奴が姿を現した。

息遣いしか聞こえない。身体に響く、心臓の鼓動。瞬きすら出来ない緊張感。右手の人差し指に、全神経が集中する。

スコープの真ん中に、奴の額を捉えた。

パーーン!

一瞬で、一人の命が終わった。奴の周りでは、側近に居た連中が騒いでいるが、そんなものは見るまでもない。俺は身の回りを片付ける。

そして、立ち去った。

数日後、俺の口座に金が振り込まれた。直後に携帯が鳴る。

仕事の依頼だ。

「次は、誰を殺るんだ?」

俺の問い掛けに対し、

「……」

電話からは、息遣いしか聞こえない。暫く待ってみると、

「お前も知っているだろうが……」

やっと、低い声で相手が話し出した。

「ミック・カーチスという男を殺してもらいたい」

その言葉に、俺の身体が震えた。

ミック・カーチス。

殺し屋業界で、この名を知らぬ者はいない。何故なら、カーチスは世界中の殺し屋の中でも一番の腕前だからだ。

それだけじゃない。カーチスを狙って成功した奴は、未だかつて誰一人としていないのだ。奴を狙った者は、すべて死んでいる。

俺は一瞬、戸惑った。

今までの仕事とは、明らかに違う。一つ間違えると、俺の方が先に殺されてしまうだろう。いいや、それどころか、この仕事を成功させる確率は、非常に低い。

「どうする? この依頼を受けるのか、受けないのか? 早く返事をしろ」

依頼主の急かす声が、電話の向こうから聞こえてきた。俺は今まで、仕事を断ったことがない。しかし、この仕事は……。

「わかった。他を当たろう」

相手はそう言って、電話を切ろうとした。

その次の瞬間、

「待ってくれ。わかった、受けるよ」

自分でも信じられないのだが、そう答えていたのだ。

「そうか。それじゃ、明日また連絡をする」

相手は、そう言って電話を切った。

俺も携帯を切ろうとしたが、手が震えて思うようにボタンを押せない。

どうして、こんな仕事を受けてしまったんだ。一度引き受けた仕事は、もう断れない。

気が付くと、俺は自分の家のソファーに座っていた。どうやって家に帰ってきたのか覚えていないほど、ひどく動揺している。

どうして……。

再び、その言葉だけが、頭の中をグルグルと廻る。

だが…… その向こうで、

『これが成功すれば、俺が頂点に君臨する』

俺自身が、そう言っていた。

翌日、依頼主から電話があった。その内容は、カーチスの居場所と決行日が伝えられただけだった。

カーチスの居る場所に向かうと、俺は付近の探索を始めた。それも、奴に見付からない様に事を運ばなければ。

そう、奴は、殺し屋のトップだ。

どんなに小さな動きでも、すぐに察知してしまうだろう。細心の注意を払い、完全に街の人間に成り済まして行動しないといけない。そうしなければ、逆に殺されてしまう。

俺は、奴の泊まるホテルの直ぐ傍に、部屋を借りた。

スーツに身を包み営業マンとして暮らし、街を歩き廻った。営業マンなら、色々なビルに入って行っても、誰にも怪しまれる事がない。買い物も近所の商店で済ます事にした。人と接する時は、笑顔で話をする。とにかく陽気な若者になる。

そうして、俺は街に溶け込んでいった。

そうこうしている内に、早くも決行日がやってきた。それは今までに無い事らしい。何故なら、カーチスを狙った奴等は、決行日を迎えたことがないというのだ。

俺の作戦は順調だった。

その日は、雨が降っていた。

俺は、ライフルの入ったアタッシュケースを持って部屋を出た。

向かった先は、奴の居るホテルから一キロ以上離れたビルの一室だ。そこは、前もって偽の営業に回った企業の会議室なのだ。

担当が一時間先でないと帰ってこないと言われ、俺は待っていた。と言うよりも、前もって調べたことではあるが。つまり、担当の男が会社に戻る一時間前に、俺はわざと訪問したのだ。

この部屋からは、カーチスの部屋が見えるのは言うまでもない。幾多もあるビルの、小さな隙間から…… そのうえ、地上からの高さも、ほぼ同じくらいだった。

入り口の扉を閉めた俺は、急いで準備を始める。ライフルを組立て、スコープを取り付けると、奴の部屋に照準を合わせ、姿を確認した。髪が濡れている。

「あの野郎、シャワーでも浴びたのか? まあ、殺られる前に身体を綺麗にしたかっただけか」

そう言いながら、奴の部屋を見張る。

それからは、時間の止まったんじゃないかと錯覚を起こす。そんな空間に包まれた。

これまでに味わった事の無い緊張の為か、身体を動かしてもいないのに、額に汗が滲む。冷静さを取り戻そうとするが、そんな自分に逆らうかの様に、息遣いまで荒くなってくる始末だ。もちろん、心臓の鼓動も。

そんな緊迫した部屋の中で、俺はスコープに目を当てたまま、引き金に指を当てる。そして、奴を仕留める一瞬を待ち続けた。

その時、会議室の扉を叩く音が聞こえた。

一体誰だ。ここには、誰も入ってくることは無いはずだが……。

この部屋の扉には、『重要会議中』の張り紙を貼ってもらい、誰も入らないようにと会社の者に伝えていたのだ。

それなのに……。

俺は、扉の方に歩み寄った。

「あの、重要な会議をやっているので……」

そう言いながら、中を見られない様に注意を配り、ゆっくりと扉を開けようとした。そして、金具の音が聞こえるか聞こえないか解らない程に、静かに扉を押した。

異様な気配を感じた俺は、指一本分の隙間を開ける前に、その手を止めた。その瞬間、俺の背筋に冷たい物が走った。

扉の向こうでは、銃を構えた一人の男が、こっちを睨んだまま立っていた。

カーチスだ。

やはり俺の動きを、奴は察知していたのだ。

しかし、奴はホテルの部屋に居た筈。

そう思った俺は、

「内側から申し訳ありません。ここで失礼します」

営業口調で丁寧に断り、扉を再び閉めた後、ライフルを手にして、ホテルの奴の部屋に視線を走らせた。

スコープ越しに眼を懲らすと、別の殺し屋が俺を狙っているのが見えた。

すぐさま身を躍らせ机の下にさっと身を隠した俺は、腰に持っていた銃を構え、カーチスの居た扉の方をじっと見ていた。

ところが、いつまで待っても何も起こらない。

さっきの下手な口調で、俺をただの営業マンだと思い込み、カーチスは去ってしまったのだろうか。

そんな筈はない。奴はトップの殺し屋だ。

だが、扉の向こうからは、何の気配も感じなくなった。

奴は次の行動に移ったのだと確信した俺は、それよりも早くここから立ち去らなくてはいけないと判断し、隠れるようにして机の下から這い出た。

そして再び、設置していたライフルに近づき、スコープを覗きこむ。

その先には、俺を狙った殺し屋がライフルを構えたままだった。咄嗟に、引き金を引く。

それと同時に、カーチスの部屋に居た殺し屋が倒れた。

その時だ。一発の銃弾が俺の頬を掠めた。それは、別のビルから撃ってきたものだ。

「カーチスが俺を狙っている」

俺は何も考えずに、銃弾が飛んできた方角に銃口を向けた。スコープの先には、予想した通りカーチスの姿が……。

パーーン!

ほぼ同時に、二つの銃声が鳴った。

いや、正確に言うと俺の方が少し、ほんの少しだが速かった。

スコープの向こうでは、額から血を噴き出して倒れるカーチスの姿があった。そして、俺の方は……、

「くう、肩が……」

奴の弾は、俺の肩に命中していた。

傷を負ったものの、仕事は終わったのだ。

「ふう」

溜息を漏らした俺は、これまでに無い身体の疲れを感じた。

これが、命を削ると言う事なのか……。

そんな言葉が、俺の頭の中に浮かんだ。暫くして我に返った俺は、冷静な心を取り戻す様に、その場を片付け始めた。そして直ぐに、その場から立ち去った。

こうして、カーチス伝説が終わった。

そして、それと同時に……


俺の伝説が始まる。


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