おまけ話二
〈耳掻きと柏餅〉
テレビの中にいるフィクションの恋人が、語尾にハートマークがべったり付きそうなくらいに、密着型イチャイチャしながら耳掻きをしている。
連休中、録りためたドラマのバカップルを、無言で眺めているなんて、あたしも暇人ねー
それにしても、人がやっているところを見ると、何だかやりたくなるのよね。暇潰しにあたしも耳掻きをしようかなー
ソファーベッドの前にあるテーブルに、綿棒と耳掻きと箱ティッシュを置いたところで、ピンポンっとチャイムが鳴る。ん? 誰だろう?
リビングの壁に設置されているインターホンのモニターで、謎の来訪者を急いで確認する。
「……あれ、玄関口にいるのって、つくちゃん? 今日って何か約束してたっけなー?」
まあ、つくちゃんならいいか。玄関、開けに行こう。
どうやら、つくちゃんは手作りの柏餅を渡しに我が城へやって来たようだ。
ふっふっふっ、つくちゃん家のとても美味しい柏餅を頂きました。やったね! ゆっくりと味わいましょうっと。
「お湯が沸いたら、直ぐにお茶を淹れるからねー」
柏餅、というより和菓子には、やっぱりお茶が合う。少し時間が掛かっても用意するなら、これだよねー
「本当にわたしも柏餅を食べてもいいの? 小桃の食べる分が減っちゃうけど……」
「うん、普段は独り寂しく食べるからね。あたしってば、一緒に食べることに飢えて餓えているのさー」
「そう、小桃のお腹を空かせるは良くないわね。では、ありがたく頂きます」
独り飯も慣れると、悪くは無いんだけどね。
でも、あまりにもロンリー過ぎると、寂しくなって孤独の毒々に陥っちゃう。
だから、それを避けるために、楽しく誰かとご飯をお供にしたいってわけ。メンタルケアは重要なんですー
二人でまったり、午後のおやつタイム。三時のおやつには少し早いけどね。
ゴクゴクと飲んでいたマグカップを敷いているコースターの元に、そっと戻した後に、
「……さっきから気になっていたんだけど、テーブルの上にあるのって耳掻きだよね? 何で置いてあるの?」
と、つくちゃんは、マグカップを持っている手とは反対の指で耳掻きの方を指差しながら、あたしに尋ねる。
「おおっ、忘れてた。あたし、耳掻きをしようと思ってたんだー」
いけない、いけない。耳掻きのセットをテーブルの上に置きっぱなしだったね。
使わないなら、忘れない内に戻さないと。
「わたしが耳掻きをしてあげようか?」
つくちゃんは、そう提案した後、持っていたカップをコースターの上に置く。
「えっ、まじで……?」
つくちゃんが来る前に視聴していたドラマのカップルの彼氏ではないけど、やってもらえるなら――してもらいたいなぁ♡
なんとなく、つくちゃんは、そういう作業のテクニックがあって、超・上手そうなイメージだしー
「はーい、やってもらえるなら、して欲しいでーす!」
「えっと、じゃあ、場所は……安定しないんだけど、此処で良い?」
現在、隣り合わせで座っているソファーベッドを、ポフポフと可愛いらしい音を立てて、つくちゃんは叩く。
「うん、そこで大丈夫。あっ、そうだ……あたし、痛いの嫌いだから、優しく気持ち良くしてねー♡」
胸元で両手を組みながら、つくちゃんに向けて可愛くウィンク。アピール、アピール、楽しいー!
「多分、痛くないと思うよ。弟によると、わたしは家族の中では一番痛くないらしいから……よし、準備出来た。わたしの膝の上に顔を置いて」
渾身の媚びネタがスルーされてしまった。少し寂しい。
ちょっと気持ちがしょんぼりしながらも、テーブルの方に顔を向けて、つくちゃんの膝に頭を置く――所謂、膝枕状態だ。
ふふふ、カップルのイチャイチャロマンスの一つだね。これは羨ましがる人も現れそう。現れろー!
あたしの沈んでいた気持ちが、ちょっとずつだけど上昇した。メンタルケアは大事なんです。あれ、前も同じことを考えていたっけ。
そういえば、弟君ってさ、家族に耳掻きをしてもらうんだったね。意外だ。あの年頃だと、「一人で出来るもん!」なんて言いながら自分でやりそうなんだけどねー
「やっぱさー、家族の中で一番耳掻きが下手なのって、つくちゃん家のパパだったりするのー?」
「ん、母さんだと思うよ」
あたしと会話しながらも手は止めないつくちゃん。うん、プロフェッショナル。まじ、プロい。
「へー、意外。上手なイメージだったんだけどー」
「……母さんはね、キレイ好きだから全ての耳垢を取り除こうとするの。だから、乱暴っていうか、その、荒いからね、芽依には痛みを感じるみたい」
「あー……なるほどねー」
弟君、御愁傷様。
でも、いい機会だし、自分で耳掻きをやってみるのはどう?
痛さも気持ち良さも、自分の感覚で分かるからオススメだよー
今度、会ったら話してみよう。
〈目薬と五月人形〉
残念なことが、五月のゴールデンウィークの最中に起きた。
それは、私がお仕えしている透輝様が体調を崩されたことである。
これにより、ゴールデンウィークに封切りされるホラー映画を、ご学友と共に観に行く予定だったのが、中止になってしまったご様子。
大変楽しみにされていたのに、お可哀想に。何か元気付けられないだろうか。
「おっと、いたいた。乙葉、暇か? 暇だろ? お前、いつも暇そうにしてるよな」
お屋敷の階段を考え事をしながら下りていたら、丁度上ってきた愚兄に、階段の踊り場にて、ばったり遭遇してしまった。最悪だ。
「そんなに嫌そうな顔をするなよ。不細工に見えるぜ? 全く、そんな豊かな表情が作れる奴はいいよな、本当に羨ましく思うよ」
「引っ叩きますよ、兄さん」
相変わらず口の減らない機械人形だ。
「ははは、怒るな怒るな……っとぉ、実はな、研究所に要望していた物――まだ実験の段階なんだけど、それが漸く出来上がったんだよ。つーわけで、研究所へ急ぐぞ」
「忙しい研究員たちに何をさせているんですか……彼らは暇ではないのですよ」
どうせ、仕事場に乗り込んで無茶振りをしたんでしょうけど。はぁ、傍若無人にも程があるでしょうに。
研究所にある実験室で、薬局にて販売されている目薬のような見た目のものを、兄さんから手渡される。
その目薬に似た容器を手に持って観察すると、上下左右に並んでいる四つのハートマークが入ったシールが、貼られているのに気付く。手書きのマークなんだろうが、やけに目立っている。
否、もしかして、四つのハートマークの集合体ではなく四葉のクローバーではないか。
いや、これが四葉のクローバーだから、一体何だろうか。これだけの少ない情報だけでは、私には何故このマークを容器に貼り付けたのか、意味が解らないのだが……
「こういう可愛らしいものに疎い乙葉には、何なのか解らないだろうから、おれがちゃんと教えてやろう――これは幸運を呼ぶ四葉のクローバーというものだ」
そう言うと、兄さんは手に持っている容器を見せ付ける。
兄の方のシールに描かれたマークは、形が丸みを帯びていて、まるで雫のような形をしたのが、上下左右に四つ配置されている。私が持っている容器とマークが少し違うようだ。
しかし、同じ配列系統であるので、私と同じ四葉のクローバーのマークであると判断しても良いだろう。違いなど些細なことだ。
「それくらいなら、私でも知っています。これでしょう?」
四葉のクローバーが、よく見えるようにシールが貼られた部分を表側にして、兄さんに向かって見せ付ける。
「(どれくらい知識があるのか試しに探ってみたが……やはり、引っ掛かったか。もっと植物に興味を持てよ)フーン、乙葉レベルの興味のなさでも、流石に、それくらいは知っていたか。では五葉のクローバーはどうだ? 噂によると、逆に不幸を齎すとか悪魔を呼び寄せる、なんて言い伝えがあるらしいぜ、ははは」
いつも通りの無表情の顔で、兄さんはペラペラと重大な情報を、いつも通りの無感情さで喋る。
「そ、その情報は知りませんでした。なんと、不吉な!」
身体の弱い透輝様の目に触れないように、見つけ次第葉を毟り取らなくては……心臓が止まってしまってからでは遅い。
先ずは、日常的な場所から始めましょうか。
確か、学校のグランドの端っこで白詰草が群生していたはず――これは間引きが必要になるかもしれない。
「(げえ、信じるなよ)冗談だ、冗談! まじになるなよ、面倒臭え。ああ、もう、クローバーの話はいいから、一旦置いとこう」
「兄さんが話を振ったのでしょうが……」
「で、お前に渡した目薬なんだが、これは涙だ!」
「…………」
兄は一体何を伝えたいのだろうか。四葉のクローバーよりも難解で、私には微塵も理解出来ない。
「首を傾げている乙葉には解らないだろうから、更に説明すると、これは涙の元だ」
「…………そうですか」
先程と言っていることが、ほぼ同じだと思うんですけど。
兄さん、さては説明する気がないですね。
「それで目薬の使い道とは何ですか? まさか、本当に、人間のような涙を流すだけの代物ではないですよね?」
「は? そのための物だけど? つーか、他に使い所ないだろう、これって」
そう言いながら兄は、ちゃぷちゃぷ、と目薬を左右に振って遊んでいる。
「表情がある乙葉にとっては、興味ないのかもなぁ。まっ、良い機会なんだから、新機能の『涙』を楽しめよ……」
言い終わると、兄さんは突然目薬の蓋を外して、ぽたりぽたり両目に点眼する。
「……こんな感じになぁ?」
兄の目から溢れた雫が頬を伝って落ちる。
「涙を流すというのも乙なものだな。今度から子分に暴力を振るった後にでも使うとするか……悲哀を表現出来そうだし」
兄さんは蓋を閉めた後、近くにあった作業用のテーブルに目薬を置く。
それを見て私も、兄の隣に自分の分の目薬を、そっと置く。
兄が実験をしたのだから、私は使用しなくてもいいだろうし。手元になくても問題はないでしょう。
「兄さん、然り気無く物騒なことを言ってませんか。はあ、でも、態々こんな物を用意しなくても水で良かったのではないですか?」
目から流す液体で良いなら、水道水の方が良いと思うのだが……用意に手に入るようだし。
「はーっ、観察力のない機械人形は、これだから嫌だ。よく見ろ! なんと、この特別製の目薬を使用すると、目が充血したように赤くなるんだぜ」
「……なるほど、それは凄いですね」
目薬を注した直前は赤くなっていなかったので、時間差で変化するようだ。なかなか面白い。
「しかし、あまり人間の男は泣かないものなので、私たちには不要の産物ではありませんか。これの存在意義とは?」
「……乙葉は直ぐに振り出しに戻ろうとするなぁ。存在意義も何も、泣くのがおれの目的だから、これで良いんだよ」
兄さんは、よっぽど泣きたかったようだ。
しかしながら、私には涙の重要性が全く理解出来ない。
私たちにとって必要になる機能なんだろうか。疑問に感じる。
「ははーん、さては、涙の素晴らしさをお前は解っていないようだな。ならば、おれがレクチャーしてやってもいいぜぇ」
「兄さんが知っているのなら、ぜひ教えて貰いたいところです。ええ、本当に知識があるのなら」
今のところ、人間に擬態するときに使用する能力としか思えない。
「人間がどういうシチュエーションで涙を流すか、を考えれば自ずと答えは出てくるはずだ――例に出すと、上司にメチャクチャ叱られたときに、ぽろりぽろり流す涙について考えてみろ」
「とても具体的ではありますが、あまり実感が……もっと他の例えはないのですか」
「まあ待て、乙葉。こんなこともあろうかと、お屋敷で飾られている五月人形をグロテクスにバージョンアップしておいたからな。ふっ、おれがお嬢様に叱られている様子を存分に想像するといい」
「な、なな、何をやっているんですか! 兄さんっ!!」
いつの間に、そんな悪事を働いていたんですか?!
馬鹿なんですか! 阿保なんですか! もう、何をやっているのですか!
「おれは妹想いの優しいお兄ちゃんだからな、お前の為にも叱られてくる、うぅ辛いぜ」
「いえ、兄さんはお嬢様に構って欲しかっただけでしょうに、私のせいにするのやめてくれませんか」
しかも、泣き真似なんかして、わざとらしい人形だ。
更に、私が兄さんに追及しようと言葉を重ねようとしたとき、ピンポンパンポン、と研究所に設置されている独自の放送が急に流れた。
『――研究所より御呼びだしを申し上げます。コードナンバー01 結城甲太、鉄乃お嬢様が御呼びです。至急、お屋敷の談話室まで来るように。繰り返し放送します――』
早速、呼ばれていますね。
ちらり、兄さんの方に視線を向けると、スラックスのポケットに目薬を仕舞っている最中だった。
確実にお叱りを受けるのに、のんびり行動しているのは、本当に兄らしい。
「じゃあ、行ってくるぜ」
「兄さん、余裕綽々に見えますけど、大丈夫なんですか? お嬢様、かなりお怒りのご様子だと思われるのですけど……」
「ああ、大丈夫だ。抑々の話、映画館に行けない透輝坊っちゃんを慰める為に、お気に入りのスプラッタ映画風にあれを仕立てたんだから、大して怒られないだろう」
「えっ、え、そうなんですか……?」
まさか、兄さんがそんなことまで考えていたとは、大変意外だ。
お嬢様以外にも目を向けることがあったのですね。
それから、少し会話した後、兄さんは実験室を去っていった。
――さて、時間が空きましたね。この後、何をしましょうか。
――兄さんが透輝様好みにしたという五月人形を、観察しにでも行きましょうか。
メイド服の上に着けているエプロンのポケットに、テーブルに置いておいた目薬を仕舞った後、私も実験室を出ていった。
兄の目薬→四葉のクローバー ○/白詰草
妹の目薬→四葉のクローバー ✕/片喰




