おまけ話14
〈保健室のせんせい〉
シャトルランで使っている音楽が、おれの歩く通学路のここまで鳴り響いている。
高校から近い距離とはいえ、聴こえてくるもんなんだなぁ。アハハハ、ポーンポーンとうるさいこと、うるさいこと。
二時間目の体育は、持久走ではなくてシャトルランをやるのか。
まっ、途中参加は怠いから、ゆっくり歩いて時間を潰すとしよう。
暫くすると、校門前で一人の男が蹲みながら、何かをしているのが見えてくる。
何をしてんだ? あの不審者仕草のおっさん。
警戒しながらも男に近付くと、不審者が何者なのか判ってしまった。
「あ~~、煙草マジうめぇわ。生き返る~~!」
「こんな所で吸ってていいのかよっ? 保健室の先生なのによぉ!」
木琴の音をBGMにして、校門前で煙草を吸っているのは、恐ろしいことに、我が高校の養護教諭の坂月天久だった。
うげぇ、とんでもないクソな出来事が登校中に起きてしまった。
「あー? 二年の結城か。重役出勤とは良い度胸だな、お前。疾っくに授業は始まっているぞ」
ゴミみたいな言葉でおれを窘めると、聴こえてくる音楽に合わせて、簡易灰皿に煙草の灰をトントンと落とすダメ教師。
「遅刻したおれが言うのもなんだけど、煙草を吸うなよ、ここで」
「ハハッ、学校のルールで校内全域は禁煙になったんだよ。だから、きちんと校外で吸ってんの。寧ろ、俺は良い子ちゃんの部類に入るんだよね~」
言い終わった後、ニヤニヤと笑いながら煙草の煙をおれに吹き掛ける。うぜぇ。
不快になり、紫煙を手で振り払う。あー、煙い、煙い。
「おっさん、その内、素行不良で近隣住民に通報されるぞ。つーか、通報されろ! いなくなれ!」
「こんな郊外の奥まった高校の校門前で、一服して見付かるなんてことあるか~? 人間なんて学校関係者ぐらいしか来ないだろうに」
ちっ、うちの学校、人気も人気もないからなぁ。何なら、動物の方が頻繁に遊びに来るくらい寂れた地域だし。
「……いっそ、善良なる生徒が電話を架けて訴えるしかないか」
偶然にも、教師の喫煙について心を痛めている優しい生徒が、この場所に一人居ることだしな。
「善良な生徒は、遅刻しても走って登校するだろうが。お前のようにチンタラ歩いて来ない――というか、ここでダラダラと喋ってないで、さっさと校舎に入れ」
「急に真面になってんじゃねーよ」
都合が悪くなると、これだからなぁ。人間、いや大人は狡くて嫌になる。
校門からおれが離れようとすると、思い出したかのように語りかける。
「結城、そういえば、何か忘れていないか? ずっと俺は、お前がやるのを待っているんだが」
「あ? 何をだ?」
「何をって、挨拶だ。先生に会ったら話し掛ける前に、先ずは朝の挨拶をしないといけないんじゃないか?」
「…………ちっ、先生、おはようございます」
渋々、お決まりの挨拶をする。
非常識が常識を諭してくるなよなぁ。かーっ、癪に障る。
「おお、おはようさん。素直な態度は美点だ。しかし、お前の挨拶は、朗らかさと元気さが足りんな」
無理言うな。おれは乙葉と違って、声と表情が作れねーんだよ、おっさん。
うざってぇ。ああ、もう無視してさっさと行こう。
〈保健室のセンセイ〉
「お邪魔するでござるよ、って、ゲェッ!」
「ゲェッは無いだろ、ゲェッは。俺は先生なんだから、もっと敬え」
指を切ったので絆創膏を貰いに保健室を訪れたら、ガラが悪くて有名な坂月先生がいたでござる。不運でござる。
「なんだ? よく見たら、保健室に飛蝗と椿象を解き放った悪ガキじゃねーか」
「それをやったのは、拙者ではないでござる!!」
拙者が否定をすると、「そうだっけ」と言いながら頬をかく。
実を言うと、採取をするのは手伝ったでござるが……セーフラインの範囲でござる。
「まぁいい。それで、お前は何しに来たんだ? 悪いが、ベッドは空いてないぞ」
「絆創膏を貰いに来て……って、誰も寝ていないように見えるでござるが?」
「これから、俺様と抱き枕ちゃん様が寝るからに決まっているだろう。ベッドは予約済だ」
ベッドには、可愛い女の子がプリントされた抱き枕が置いてあった。もし、拙者が布団に入ったら寝取られになるのでござろうか。
「やや、それはサージカルテープとやらではないか?」
何故か、包帯やガーセを固定する医療テープを手にしている。そこまでの怪我では無いのでござるが……?
「ああ、すまん、間違えた。こっちの絆創膏だったな」
「普通は間違えないでござる」
「保健だよりやらアンケートやら諸々の作業で疲れているんだよ、察しろ。早よ、ベッドにダイブして~~」
ほう、抱き枕に癒しを求めているでござるな。抱き枕を人質にしたら、流血沙汰になりそうでござる。
消毒して絆創膏をペタリっ。流石、本職なだけあって貼るのが上手いでござる。
しかし、貼った後、擦るのはどうかと思うでござる。
傷口に響くので止めるでござる! 絆創膏の粘着力をもっと信じるでござるよ!
「そろそろ、予防接種の時期になるが、尻に注射が打てるのは知っているか?」
「お尻に、注射を、打つ、でござるかっ!?」
「尻はな太い血管や神経が少ないからなー。普段、打っている箇所もそうなんだよ。まっ、なんていうか、数が少ないというのは、通っている血管や神経を傷付けにくいってことだな……テストには出ないから覚えなくてもいいぞ」
「へぇ~、面白いでござるなぁ。一度くらいは打ってみたいでござる」
やはり、注射をしたら椅子に座れなくなったりするでござるか? 気になるでござるな~
「治療法で尻に注射する場合もあるし、油性だと筋肉注射の尻の方が良いしな……」
「ななな、なんと、それでは、お笑いに出てくるあの大きい注射器もそういった可能性があるでござるな!」
お笑い(病院編)→でかい注射器→お尻に打つ……というあの綺麗な流れは、(笑)ではないのかもしれないでござるな。皆、尻注射で治療中の患者でござる。
だとすると、お尻の部分が何故か空いているスカート衣装のキャラクターも、注射をいつでも打つ体勢でござる。
「いや、あれは浣腸だろう」
あれは浣腸の注射器でござるか!? 本当でござるか~? 怪しいでござる!
でも、お笑いなら浣腸の注射器の方が面白いでござるかな……
〈おまけ:保健室の先生〉
此方へ向かって来るのは、俺の保健室に飛蝗と椿象を連れて来た悪ガキの一味。
大人気ないが、忘れない内に仕返しをしとこう。
そうだな……悪戯を仕掛けられたからなぁ、悪戯で返すとしようか。
「よお、廊下を走っちゃ駄目じゃないか? んん?」
「ゲッ、坂月先生じゃないっスか。急に、真面な先生みたいなことを言い出して、どうしたんスか? キャラ変更っスか。似合わないっス!」
真面って、そこまで俺は評判が悪いのか。少し気を付けるか。
「いや~、近々、予防接種があるだろう? 注射が痛くなくなる方法を教えてあげようかな~って思って。俺も偶には、善行とやらを積むのだよ、ハッハッハッ!」
「まじっスか! 知りたいっス! 教えて欲しいっス!」
滅茶苦茶食い付きが良いな。
でも、今から教えるのって嘘情報なんだけどね。
俺は女子には優しいが、野郎には冷たいんでね……悪く思うなよ。
「先ず手の形はVサインで、人差し指と中指をくっ付けてるだろう……」
「罰ゲームのしっぺの手付きっスね」
「……それでだな、注射を打つであろう箇所に狙いを定めて、その二本の指で圧迫、いや、強く押せ! 指の跡が出来ない程度に!」
「へー、こんなもんっスかね。意外と簡単っス」
よしよし、覚えたようだ。
当日が楽しみだ。何せ、やっても効果が無いからな~、びっくりするだろうな、ワハハ。
~~予防接種の当日~~
「うひょー、すげ、いつもより痛くなーーい!!」
「やるじゃん。もうこれは情報屋の領域だよ。明日から名乗っちゃえよ、情報屋♪」
「……初めて目を瞑らなくて済んだ。次も目を開くし、何なら打ってるところも観察出来るぜ! 今の自分なら出来る……!!」
「おーおー、全員が喜んでるなぁ。おれは注射が出来ねえから関係ないけどな」
「凄いでござる。お尻にも応用出来るかもしれないでござる」
「いや~、情報を流しといて良かったっス。皆、痛くなくてハッピーっスね」
何で全員実践しているんだよ?! お前ら、不良だろ!? 反抗期だろ!? 少しは、疑え!! 人間を! 大人を! 俺を!
しかも、痛くなくなるわけがないだろう。どう考えても気のせいだ。注射は、いつもと一緒なんだから。
こいつら、ピュア過ぎるだろう……俺が嘘つけなくなるから、勘弁してくれ。そういうの、マジで……




