みなとちゃんの出会い
火置家は案外簡単に見付けることが出来た。幸先が良くて口元が緩む。
「みなと君の方は大丈夫かな。電話してみようっと」
みなと君に電話を架けようとスマホを手にしたら、後ろから肩をトントンと軽く叩かれた。
誰だろう、みなと君の知り合いかしら。
「こんにちはぁ」
――この声は、まさか……
勢いよく後ろを振り向くと、私の方の妨害キャラである虹野夜美が、ニコニコと嬉しそう笑みを浮かべながら立っていた。
どうして、彼女がこんな所にいて、私に……じゃなかった、みなと君に話しかけているのだろう。
「こ・ん・に・ち・はっ!!」
何の反応もしない私に苛ついたのか、手首をギュッと掴まれた。
痛い。すごく痛い。
「痛い痛い痛い。離して」
私が痛みを訴えると、更にギリギリと力を込められた。小柄な外見なのに、どうしてこんなに握力があるのかしら……
「あ、ごめんね、やっと港君に会えて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……ついね」
彼女はパッと手を離す。手首を見ると、うっすらと赤くなっている。
……みなと君は、彼女と顔見知りみたいだけど、どういう付き合いなのかしら。
「……はぁ、その反応は、夜美のことを忘れちゃったみたいだね。夜美は港君のことを、ずっと見てたのに、憶えてたのに、捜してたのに、なんて酷い人」
「そ、その、ごめんね」
「うん? あは、大丈夫、全然怒ってないよ。本日現れる予定だった邪魔者君は、絶対に来ないから、のんびり夜美と一緒に喋れるよ。嬉しいよねー」
「……邪魔者って誰のこと?」
私は、恐る恐る訊ねる。
ああ、彼女と話しているだけで、心臓がどきどきする。寿命が縮みそう。
「あらら、あんな男に興味があるの、港君? 夜美と貴方の仲を邪魔をする忌々しい男なのにぃ? まぁいいわ、気になるのなら特別に教えてあげる。今、夜美は最高に気分がイイからね――今日から港君のクラスメイトになる田所っていう名前の男だよ」
それって田所日狩君のことかな。確かみなと君の方の妨害キャラなんだよね。
一度しか資料を見ていないけど、彼は赤紫色の髪に同じ色の瞳の同年より落ち着いている印象の眼鏡をかけている男子だったはず。
それにしても、何故だか彼女は随分と彼を敵視しているようだ。どういう繋がりかしら。
「田所君って、あの赤紫色の髪の男子のこと?」
「あら、あららら、まだ一回も会ったことがないのに知っているんだぁ? 変なの、変なの、変なの」
「偶々知り合いから聞いてて知っているだけだよ」
私は震え声で答える。
「ふーんふーん、知り合いからねぇ? 怪しいなぁ、嘘臭いなぁ、暴きたいなぁ。まぁ、心優しい夜美ちゃんは、触れないであげるけどねー」
彼女はそう言って、銀色の長い髪を掻き上げる。
相変わらず何を考えているのかさっぱり読めない人だ。
「それで、いったい俺に何の用があるの?」
「うん? 用? あは、なにそれ。そんなの決まっているじゃない、港君と会う為だよ。夜美はこの時を、ずっとずっとずっと待っていたの。絶対に逃がさないよ、誰にも――あの田所にも邪魔させないよ」
黄色の彼女の瞳がスっとオレンジ色に暗く濁る。
恐ろしさのあまり、呻き声が出る。
身体がガタガタと震える。
彼女が怖い。彼女は怖い。彼女が怖い。
「あれれ、怖がらせちゃったかな、ゴメンゴメン。今日はね、港君に挨拶しに来ただけだから、そんなにびくびくしないでくれるかな? 夜美は嬉しくなっちゃう、楽しくなっちゃう、変になっちゃう。あら、話が逸れてゴメンねぇ。えっと、過恋学園一年の虹野夜美です。港君の恋人候補を潰す宣言の為に来ました。これからどんな女と関わっても、最終的には夜美以外選べなくするから覚悟してねぇ?」
彼女は何を言っているのだろう。
潰す? 一体何をしでかすのか、考えたくもない。早くどこか私のいない場所に行って欲しい。
恐怖で固まっている私の手を軽く握りしめて、彼女は三日月のように歪に笑った。
「それじゃあ、港君またね。これ夜美の連絡先だから、いつでも気軽に電話してね。ずっとずっとずっと、連絡を待っているから……」
彼女は無理矢理私にメモを握りしめさせると、去っていった。
「はあぁぁぁぁ、怖かった」
ぺたんと尻餅をつく。もう私の足は限界だ。彼女は人を怖がらせるのが本当に上手い。
みなと君側でも彼女に粘着されると思うと、気が重い。
火置家に着いた私は、落ち着くまでリビングのソファーで休んでいた。みなと君が少し気掛かりだったが、どうしても電話をする気が起きない。虹野夜美と出会ってしまったからだ。
「はあぁぁ、漸く彼女から離れられると思ったのに、どうしてこうなるのかな」
実を言うと、私はただ興味があるというだけでみなと君になるのを了承した訳ではない。ただ彼女から離れた高校生活を一度でもしたかっただけである。
その打算がパァ。
あーあ、ついてないなぁ。
「はぁーもう、もう、どうしてこうなっちゃうの! 何がいけなかったのっ!」
ソファーに寝転がりながら足をバタバタと動かす。
「あぁもう! 私、だめだわ。彼女に目をつけられるなんて、高校生活が終わったようなものだもの……」
あの辛い一年を思い出すと、涙がぽろりと出る。
「あれま、ミナミナは、どうして泣いているの? 学校で嫌なことでもあったの? どうせ、女の子に嫌われる行動でもしたんでしょう、懲りない男ね」
一人っきりのリビングで、急に女性に話しかけられた。
だ、誰? みなと君のお母さんにしては若いし、誰だろう。
声のする方向に目を向けると、
「よ、妖精さん!?」
蝶々のような羽を背中に生やした手のひらサイズの女の子が私を見ていた。
キャラメル色の髪に、くりくりとした大きな目、なんて可愛らしい妖精なんだろう!! 若草色のワンピースも大変似合っている。
興奮した私の態度に引いたのか、妖精さんに距離をとられた。
うっ、こんな可愛い妖精さんに嫌われるなんてちょっとショック。
「なるほど、なるほろろ、事情はバッチリわかったわ、ミーナ!」
私はみなと君の家に住むこの可愛い妖精さんに全ての事情を話した。私が港君ではなく湊であること、虹野夜美に接触したこと、あと私の家にも妖精さんがいることを。
「サポート妖精として出来る限りのことはするわ。任せてちょうだいな!」
私の膝の上で妖精さんが胸を張る。うちにいる妖精も可愛いし、妖精ってみんな可愛いんだろうな、癒される。
「これからよろしくお願いします。あの、あなたの名前を聞いてもいいかな」
「あら、そういえば名乗ってなかったわね。ギャルゲーゲームバージョンのサポート妖精のカレンよ、どうぞよろしく。ふー、何かしおらしいミナミナって調子狂うわね」
妖精さんは名前も可愛いらしい。うちのアイス君とセットで御粧しさせたいなぁ。
「こちらこそよろしく。カレンちゃんのおかげで、だいぶ気が楽になったよ、ありがとう」
可愛らしい妖精のカレンちゃんと話しているだけで、さっきまでの陰鬱な気持ちがどこかに吹っ飛んでしまった。すごい癒しパワーだ。
「えへへ、私はとっても優秀だからね。どんどん頼ってちょうだいな。じゃあ早速だけど、簡単な説明でもしようか?」
「あーちょっと待ってくれる。みなと君に連絡しないと。家に着いたのに、まだ彼に電話をしてないんだよ」
「あんなアホの相手しなくていいわよ、って言いたいところだけど、あいつ今ミーナの体なのよね。心配だわ、変な事してないかしら」
「うん、そうだね、何も起きてないといいんだけど……」
テーブルの上に置いてあるスマホを手に取る。
みなと君は大丈夫かな。何だか嫌な予感がするんだけど……