彼女はロボット
兄さんと一緒に人間たちを見送った。
彼らは最後まで、幼い子どものように大きく手を振っていた。
二度と会えない訳ではないのに、大袈裟である。
「さてと、孫の手の君は送らせたし、身体検査するぞ」
「そうなりますね」
異常が発見された状態で、お屋敷に帰還することは許されない。私たちの研究所送りは確実だが、その前に軽い個別チェックが必須だ。
兄さんもそれを望んで残っているのだろう。
「おっと、ボディチェックをする前に一応謝っとくわ――道路にキスさせて悪かったな」
兄さんは人差し指で下を指す。
意地が悪い男だ。
「安い挑発には乗りませんよ」
「いや、乗れよ。おれはお前のキレた顔が見たい」
どうやら、私を激怒させたいようだ。性格が悪い。
「……ったく察しが悪い奴だな。お前は旧式と違って表情や声を変化できるだろうが、それの確認作業だっつーの。ほれ、怒れ怒れ」
「成る程、了解しました」
兄さんは人間のように顔や声で、感情を表すことが出来ない。
常に無表情であり、常に淡々と話す。
それを気にして、兄は普段から話す言葉は明るくて軽い。さらに過剰な動作を加えることで、冷淡に見えないように振る舞っている。
「乙葉さ、顔を作れるんだから、もっと感情豊かにすればいいのに。苛立ちで顔をピクピクさせたり、頬を膨らませたり、どうせなら表情のレパートリーを使えよ」
「嫌です」
下らない。
――機械に感情など不必要。
――機械に表情など不必要。
――機械に声色など不必要。
何も持っていないのが、完全で完璧たる究極の機械である条件。
それに比べて、私は無駄な機能ばかりを所持している。
「……これでは怒った顔ではなく嫌悪顔だ。乙葉は所持している能力を活かせない所が、熟々ポンコツな部分だよなぁ」
「兄さんは自分なら上手く使いこなせると言いたいようですね」
「おれか~? 鉄乃お嬢の前では、ニッコニコでだらしない顔をしてそうだなぁ――次は笑顔をいってみようか、笑え笑え」
笑顔は表情の中では得意の方だ。花が咲くような満面の笑顔や芸人の漫才が面白い時に起きる大笑いは無理だが、人間を安心させる為の微笑みならば作れる。
「硬すぎる。でもまぁ、ぎこちないけど、及第点だなぁ。写真を撮っとくから、ちゃんと目を通して置けよ」
兄さんは私の微笑をスマホでパシャリと撮る。
評価が低い笑顔なんて記録をしなくてもいいのではないか。価値などないでしょう。
「…………写真は必要ですか? 私は不要だと思いますが」
「理由は二つ。一つ目はお前が写真をよく観察して自身を省みる為、二つ目はメンテナンスを行う研究員が使用する為だ。嫌でも我慢しろ」
「…………はい」
他者の目を借りなければ、自らの姿を見ることが叶わない。
人間とは不便な生き物。
そして、その人間を模した機械の私たちも同じだ。不便で不完全、極まりない。
「しかし、孫の手の君が一緒で良かったなぁ。いなかったら気付かず、乙葉とずっと殴り合いだったもんなぁ。どうせお前のことだから、彼を追い払おうとしたんだろう? 感謝しとけよ」
兄さんは話を続けながら、私の頬をぺたぺたと触ったり、優しく引っ張る。直接触ることで、異常がないか探っているのだろう。
「兄さんが好戦的すぎるのも原因ですからね。攻撃をせず、言葉で説得させることも出来たのですから……」
血の気が多い野蛮人形は、すぐに暴力に走りますけど。
兄さんの手が止まる――私は異常なし、という訳か。
次は私が調べる番。
兄さんの顔を両手で包み込む。
私の顔には異常が発見されなかったが、兄はどうだろう。
「おれの手を煩わせる悪い奴は潰すに限るだろう。今回の相手は乙葉だったし、お友達には擦り傷さえ付けてないんだから許せよ」
「そうですね、火置君は根に持つタイプではなさそうなのでいいでしょう。この件に関しては、お嬢様に伏せておきましょうか」
鉄乃お嬢様は透輝様よりも苛烈な御方。兄さんの失態は絶対に許されないだろう。兄も受難だな……
私が顔面のあらゆる箇所を触れている間、兄さんは手持ち無沙汰なのか、腰の手錠をカチャカチャと弄っている。
「いや、お嬢には話していい。おれはお仕置きが欲しいからな」
動揺してしまい、思わず兄さんの鼻をグイッと摘まんでしまった、不覚。
……はぁ、兄さんはこのような変質な性格だから、外部の人間に紹介したくないのだ。
身体の異常よりも精神の方をどうにかして欲しいものだ。
岡本鉄乃:透輝の中学生の妹。結城甲太の主。兄と違い、身体は健康そのものである。性格は他人に厳しく、自分自身にも厳しいタイプ。
イメージカラー 灰色




