エピローグ
「今日は最悪の一日だぜ」
煙と共に愚痴を吐き出す。ついでに幸せまで逃げて行ってそうだ。銜えているだけじゃ満足できなくて、ついに火をつけてしまったし。
事の顛末を要約すれば、俺はピザを守ったが、折角の仕事を一日も経たずに首になった。その上満身創痍で明日からは割に合わない廃棄品集めをしなければならない。保証人がいなくても買い取ってくれるような店は皆足元見てくるからな。
「最悪だ」
心底最悪な一日だ。今この瞬間の倦怠感は嫌いじゃなかったが、きっと俺は小市民だから今日の決断を明日辺りに後悔するんだろう。
でも今はとにかく我が家だ。我が家に帰って寝るしかない。
という訳で俺は廃棄島にいる。
廃棄島は第一世代の汎用機人製造工場跡を利用した廃棄物集積処理場である。実際には島でもなんでもないのだが、ここ一帯の区画は完全に閉鎖されていて陸の孤島状態なためそう呼ばれているのだ。
廃棄島内は化学実験の廃棄物や、狂った汎用機人や、新兵器開発の失敗作品などありとあらゆるものが廃棄されている。
それらの廃棄物は未完成の転送システム『跳躍卵』によって運ばれるために人間は廃棄島に近づくこともない。『跳躍卵』は約三割の確率で転送事故が起こる可能性があるため、これ以外の用途には使用されていない。ハエ男になりたければ別だが。
そして忘れてならないのは廃棄物を処理するため、廃棄島を縦横無尽に蹂躙し尽くす『火葬列車』、紫色の火炎を放射しながら超スピードで駆動する姿は恐怖そのものである。
ゴミならほぼなんでも許容しているように思える廃棄島だが、実はここには『操作元素』略して『ポリトム』によって作られた代替物質しか集められていない。『ポリトム』は超高温にさらされ続けると酸素に変質するように操作されている。『火葬列車』の行く先はまさに塵も残らないという訳だ。
『ポリトム』によって完全リサイクル社会は実現しつつある。俺にはどうだっていい話だったが、その『ポリトム』専用の処理場が造られることで俺の現在の我が家ができている事に関しては感謝していい。
かつての汎用機人製造工場の排水管が閉鎖されずに丸々残っていたのは僥倖だった。御蔭でこうして容易く進入できる。
進入した所で普通の人間には三日も生き残っていられないような環境には違いないのだが、それは貧民街であろうと同じことだ。ならば趣味のための道具がたくさん転がっていて、更に金にもなるこっちに住むだろう。
ここに住むにあたって俺は色々と頑張った。その最も巨大な成果が継ぎ接ぎの装甲を晒した目の前の我が家だ。
そう、『火葬列車』の鹵獲及び拠点としての改造である。この廃棄島に置いて機動力ほど重視されるものはない。何しろ怪物どもが我が物顔で闊歩している危険区域だ、見つかった際には逃げの一手である。
そういう訳で俺は寝る際には辺りにセンサーを張り巡らし、ジャンクを組み合わせて造った安全の二文字が欠けているような二輪を、何時でも発進できるようにして待機して眠っていたのだ、今までは。
そうした問題を全て解決したのが『火葬列車』である。圧倒的な機動力と、廃棄島におけるヒエラルキーのトップに君臨するほどの超火力。
最近は夜もぐっすりだ。
俺は『火葬列車』上部に取り付けたハッチを開くと中に滑り込んだ。本来人の搭載を想定していない『火葬列車』の拠点化は相当に苦労したものだ。御蔭で機動力が若干そがれ、機体も大型化してしまったが、仕方がない。
「―――――――――!」
中に入ると片目を隠すように頭に包帯が巻きつけられた少女が声なき抗議を上げる。右腕の破れた人工皮膚から赤色の千切れたコードが何本か飛び出していることなど、あちこちに補修し切れていない箇所があることからこの少女が汎用機人であると分かるが、もし完全な状態がであればごく普通の少女にしか見えない。
強いていえば完璧な美少女であることが汎用機人の証と言えなくもな
い。
実際目の前の汎用機人も相当な美少女だ。目はややつり目気味で大きく、澄んだ輝きがある。ツインテールの長い黒髪、形よく引かれた眉、桜色の艶のある唇、顔のパーツのどれをとっても完璧としか言いようがない。もちろん顔だけではなく、豊かな肉感のある白い太股、手折れそうなほど細い腰、いやおうなく視線が引き付けられてしまう大きな胸。どれもが理想的だ、身を包むメイド風のコスプレ然とした衣装も彼女の魅力を引き上げている。
「ヴェルこれは仕方がなかったんだ」
俺は取り敢えず言い訳をしてみたが、ヴェルは無言で俺を引っ張ってベットに寝かせると、だから反対したんだと言わんばかりに救急箱から薬と包帯を取り出し無理やり応急処置を施す。
ヴェルは性的能力を持つホムンクルス、所謂セクサロイドという奴だった。商品名をヴェルルートゥカ、第三世代のホムンクルスの特性、人間との共感能力及び、感情再現性の高さがセクサロイドとして高評だったらしい。
ヴェルは飽きたという理由から捨てられたようなので、俺が拾った時は殆ど原形を保っていた。そこで俺は壊れた戦闘機人のパーツを流用し、ヴェルを戦闘機人として改造したのだ。
ヴェルは融通の利かないセンサーより信用できたし、ヴェルがいなければ『火葬列車』に誤って遭遇してしまった時に死んでいただろう。
しかし、問題はヴェルの性格にあった。彼女はとても心配性なのである。俺はそれなりに無茶なことを何とかなるだろうといって強行するタイプなのだが、ヴェルは俺がそういうことをしようとすると、戦闘機人持ち前の怪力を使用して全力で止めに来る始末だ。
最近では廃品集めまで自分でしようとするぐらい俺に対して過保護なのである。
という訳で今俺は包帯でぐるぐる巻きにされかけている訳だ。
「いや、もう大丈夫だから。そんなに巻いたら身動きが取れなくなるだろ」
「――――!」
いやいやと首を振るヴェル。どうやら反対を押し切ってピザ屋のバイトを始めたことを怒っているらしい。
「ヴェルの意見を無視したことは謝るから」
「―――――――――?」
「分かった、もうしない」
「―――――」
そう俺が言うと、ヴェルは目に涙を浮かべ俺に抱きついてきた。
ヴェルは人間で言う所の声帯が壊れているため声が出せない。ホムンクルスの声帯部分は人間のそれと変わらずデリケートなので、さすがの俺でも完全な部品が仕入れられないことには直せなかった。だが言葉がなくても十分なほどにヴェルは表情が豊かだ。
俺はヴェルを抱き寄せて頭を撫でてやる。そうすると一番喜ぶのだ。
ヴェルを見ているとなんとなく世の男達がホムンクルスに嵌ってしまう理由が分かる気がする。
そして、そこで初めて気がついた。青髪の謎の美少女がこの場にいることに。
見詰め合うこと約三秒。
「邪魔したかしら?」
謎の美少女の声には何故か怒気が含まれていた。
「つまり、お前は俺に報酬を渡しに来たということか?」
「つまり、彼女はセクサロイドではなく第三世代の能力を有した戦闘機人ということね?」
ヴェルのセンサーに全く反応しなかったことは常識を外れていたが、勝手に人の住居に侵入し、俺の質問を質問で封殺し続ける彼女はそもそも常識がなかったようだ。
更に訳が分からないのは彼女がピザを持っていることだ。正直さっきから視線が自然にピザを向いてしまっている。
このままでは埒が明かない。それでなくとも俺に抱きつき続けるという奇怪な行動を取るヴェルと、青髪の美少女の間にある謎の緊張感が増してきているのだ。早くこの状況を終息させなくてはならない。
「そうだな。少なくともヴェルをセクサロイドとしては扱っていない」
ヴェルは性的能力を失っていないが、俺は一度も使用したことがない。全く興味がなかったわけではないが、命令してというのはホムンクルスであっても抵抗がある。
「そう、ひとまず安心したわ」
「何が?」
「何でも」
答えが妙に素っ気無い俺が何をしたというのだ。
「で、結局何しに来たんだよ?」
「君が清野寛弘に勝ったと聞いた、本当?」
「いや、清野寛弘って誰だよ?」
「ERMの幹部」
初めて質問に答えてくれた、感動。
「ああ、あいつね。まあ、何とかな」
「どうやって勝ったの?」
本来秘密にすべきだろうが、彼女は日阪和市の絶対強者であり、既にカンタレラを見られてしまっている。秘密なんてあってないようなものなので、手っ取り早く彼女との話を進めることにした。
「これを使ったんだよ」
俺はNDT38 K2特殊警棒を取り出す。
「な、君は警棒が扱えるの?」
「自己流だけどな。ガードの固さには自信があるぜ」
「なるほど、でもなんでピザなんかに命を賭けたの? その警棒に絶対の自信があったって訳でもないわよね?」
「お前もそれを言うのか」
黒服の質問と意味は同じだ。何故、命を賭けるのか?正直そんなこと聞かれたって俺にも分からない。色々理屈をつけてみたが、命を賭けるという行為はそれで説明できても、命を賭けるという気持ちは説明できない。
「胸の奥がなんかこう、熱かったんだ。あの瞬間俺にとってピザはただのピザじゃなかった。俺の中でピザを守らなければならないっていう思いが燃えていた。まあ……理由は今でも分からないけどな」
「少しは訳が分かったわ。君はつまり馬鹿なのね」
「おおぅ、否定はしないが、酷いな」
「特にこんな所に住んでいる所とか。何で?」
「……人の相手は疲れるからな、むしろ機械を相手にする方が、俺の好みであるというだけの理由だ」
「納得はしないけど理解はできるわね」
「そりゃどうも」
「ところで、君は考えたことがるかしら?」
「さあな。考える暇も無い生活だから、お前の期待にそえるほどの考えができるとは思わない」
「廃棄島に住んでいたり、カンタレラを家にしていたり、専門技師しか製作が不可能なホムンクルスを保持していたり、警棒が扱えたり、君は色々と不思議だけど所詮は一般人。君の根源因子を満たせるほどの興奮はもう得られないわよ」
「何が言いたい?」
「君の遺伝子はディスガードに向いている。スカウトよ、五枷鉄」
「名乗った覚えはないんだが」
ディスガード、蒼、その二つのキーワードで思い浮かぶ人物は一人。
「お前は蒼葉九柳だったのか」
「そうよ、でどうするの」
最速を意味する蒼を謳われたディスガードの表情は読めない。
「なあ、俺が受けなかったらそのピザはどうなるんだ?」
俺は彼女の右手にある薄い箱を指す。
「これのこと? 当然捨てるしかないわね」
その答えを聞いた瞬間に俺の応えは決まっていた。あくまで俺はピザに狂っているらしい。困ったものだ。
しかし小市民である俺はこの時の選択にもやはり後々後悔する事になるのだが、それはまた別の話である。
とりあえず今は、ピザは旨かったとだけいっておこう。