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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

アトムの子

作者: シンノスケ
掲載日:2026/05/17

書いてみて、かなり羅生門的なものになったなと思いました。純文学です。

アトムの子      


晴れた日。僕はストーブで温まっていた。足を向けて座る。暖かい。けど、温めたら痒くなったのでやめた。家の天井は高い。昼ごはん食べたら、ケンちゃんと遊ぼう。カーペットの皺をなぞって、時計を眺めていた。

ばあちゃんが僕を呼ぶ。絶対、皿洗いだ。どうしようもないし、下の階に降りる。階段の手すりにささくれができていた。剥きたいな、やめといた。

「皿洗いね」

「よおわかったね、お願いね」

「いいよ、その代わりに午後からケンちゃんと遊ぶからね」

「算数のドリル、忘れんようにね」

わかってるさ、三人分の皿を洗う。強めに擦ってやった。これでやり直しはないね。皿に僕の顔が写ってる。笑ってみせた。

「終わったよ」

ばあちゃんは皿の裏表を眺めて、ちょっと黙った。溜めて、

「綺麗、洗えとる」

僕の頭を撫でた。当たり前っしょが。ばあちゃんの肩を叩きたいけど届かない。代わりに背中を叩いてやった。アトム歌って、部屋に戻った。

服を着替えて、仏壇に朝の挨拶を済ませる。知んない人にも手を合わせる。蝋燭は口で消しちゃいけない、手で仰いで消した。

「いってきます」

ドアを開けて、いい天気。じいちゃんが虎次にエサをやってる。僕は散歩してやれないね、ケンちゃんの家までスキップして行く。


途中の肉屋でいい匂いがした。財布をのぞいて、

「おじさん、コロッケください」

「六十円ね、学校は楽しいかい?」

「まあね、はい六十円」

「俺んとの子も行ってたんよ」

「そうなんだ」

「もう今は東京さ」

「ふうん、コロッケまだかい」

「はいよコロッケ、勉強がんばれよ」

「あんがとう」

もらってすぐ食べたら、やっぱり熱かった。走って冷ましてから食べよう。あと少しでケンちゃん家だ。走った。舌が痛いな。火傷した。


ケンちゃん家の屋根が見えた。道を曲がって、ドアを叩く。

「ケンちゃん、遊ぼ」

「ケン坊ー、遊ぼう」

何度か呼んだら、勢いよく階段を降りる音が聞こえた。

「とりあえずお上りんしゃいね」

ケンちゃんは、笑っていやがる。

「その喋り方は宿題やっとらんな」

「ああ、やっとらん」

「海岸行こう言うとったのに」

「ああ、ごめん」

「こんまえもじゃないか」

「ごめんよって、わかっとる」

部屋に入ったらケンちゃんは黙って宿題を始めた。持ってきたコロッケは、少し冷めてる。けど、美味しかった。


「そういや漫画、和室に置いとるよ」

「ほんとかい」

「読みたいやろ、宿題悪かった」

「いいことしたね」

階段が僕の家より高い、こけんよう降りる。本は手塚治虫がいい。アトムもそう、きっとおもしろい。

「借りたのかい」

手すりを持ちながら大きめに聞いた。

「父ちゃんがね」

聞かなきゃよかったね、コロッケが消えてっちゃう。


和室に行ったら、隅に漫画が立ててある。暗いな、物を踏まないように手を床につけて進んだ。漁に使うような大きな網に手が当たって、少し触ってみた。解こうとしても絡まってしまって、もっと絡まらせてるかも知れない。元に戻して、手を離した。

「見つかったかい」

電気がついて、ケンちゃんが後ろにいた。

「驚いたじゃないか、これずいぶん新しいね」

「どろろさ、手塚治虫のやつ」

ケンちゃんは漫画を取って、パラパラとめくる。

「そうかそんなやつがあったね」

「先週出たやつさ」

どろろ、変な名前。アトムなんて見なくても書けるのにさ。

「ありがと、早く読もうかな」

「それがいい」

ケンちゃんは平気そうに登っていく。僕だって平気だ。階段を駆けた。


どろろ。足の間に置いて、ページをめくっていく。口を開けてたら、ばあちゃんに怒られるから閉じて読む。百鬼丸か、いいな。妖怪なんてやっつろ。刀を抜いて、殺してく。

「いいね、いい」

悪いやつなんて斬ればいい。アトムだってそうだ、殺された奴らは皆、悪者の顔してるじゃないか。

「よだれ垂れてるよ」

とケンちゃんが言って、ハッと口に手をおいた。

「気づかんかった、ごめん」

「汚しちゃ怒られるからね」

「宿題終わったべ、海岸行こう」

本を閉じて表紙を眺める。僕も借りたいな、また立ち読みでもしよう。漫画をケンちゃんに渡した。

「暮れる前には帰ろうね」

「そらそうだべ」

ケンちゃんは鼻を噛んでる、僕は先に下に降りて靴を履いとこう。玄関の靴箱に魚拓が飾ってあった。触りたい。けど乾いてて破れそう。

「ケンちゃん、この魚拓はどうしたの」

ケンちゃんは聞こえてないらしい。魚は口を開けて、目のところは空白だ。目には墨を塗らないんだ。近づいたら足音が鳴って、手を引っ込めた。

「待たせたね、行くべ」

「そんなことないさ、鼻水大変だね」

ドアを開けると、まだ日は落ちてない。畑を跨いで、

「今日はあっち通ろう」

ケンちゃんは狭い路地へ行く。僕も追いかける。

路地をでたら手が汚れていた。ズボンで払ったら、ズボンも汚れた。ケンちゃんが僕を見てる。ゆっくりと走り出した。僕も走る。悪いけど、足は僕の方が早い。


「足は僕の方が早いね、やっぱり」

「なにがだ、転けかけてたじゃないか」

「それでも勝ったじゃないか」

「勝ち負けなんて言ってないべ」

「そうかい、言ってろ」

ケンちゃんが肩をこづいた。僕もこづく。足に力を入れないと、潮がぬめって転けそうになる。これじゃ遊びにくい。打ち上がった海藻を拾って、とりあえず腰にたずさえた。

「ケンちゃん見ろよ、侍」

「そう、そんなのくだらないね」

「なんだ、拗ねてるの」

「違うね」

「拗ねてんじゃないか」

「違うって」

「知ってるぞ、拗ねてるの」

ケンちゃんは少し黙って、海藻を拾った。笑ってる。チャンバラだ。

「どうなっても知らないぞ」

「転ばんようにしよう」

ケンちゃんの海藻の方が少し長い。僕のと絡まって、水が飛ぶ。顔について前が見えない。払って、また構える。振りかぶって、ケンちゃんが転んだ。

「気をつけてさ、何してんだい」

近寄ったら、しまった海藻が多い。足を取られて僕も転んだ。

「気をつけてさだって、どっちのことだ」

「ここ滑るんだよ」

岩を叩いた。

「ちゃんと足元見なきゃだ」

そう言って、下を向いたら袖に泥がついている。シャツにも染みてる。ケンちゃんも気付いたらしい。ばあちゃんになんて言おう。シャツを脱いで、嗅いでみた。泥と海藻の匂いで臭い。まいったね、けど海藻の跡は取れる。ゆすげばきっと大丈夫さ。


少し離れたところに潮だまりがあった。もう泥がつかないように浅めに浸け、ゆすいだ。どんどんと泥が落ちていく。よかった。ケンちゃんも呼んだし、なんとかなった。手のひらくらいの魚が一匹洗ってるシャツに近寄ってきた。潮が引いて取り残されたのかな。シャツは綺麗にしたし、乾かすだけだ。魚が口を動かしてる。仕方ないね、戻してやろう。シャツを着た。

「逃げるな、戻してやるだけだって」

手の隙間をすり抜ける。掴もうとしても、滑って掴めない。何度かやったら、自分から手の中に入ってきた。

「やっとかい、ほら」

尻尾のところを掴んでそっと運ぶ。エラを膨らませて、息してる。もう転ばないように、足元を見ながら岩を渡る。

「後少しで海だ、返してやるからね」

振り子みたいに宙で揺れる。尻尾をつまんで集中する。最後の岩を超えて、もう着きそうなところで魚が動かなくなった。見ると口をパクパクして、すぐに口も動かさなくなった。揺れる。死んじゃったのかな。魚が暴れた。生きてた、赤い背びれが尖って、僕の親指を深く刺した。痛い。放り投げた。魚は落ちて、転がっていく。

「痛いじゃないか、何するんだい」

「僕は君を運ぼうとしてやってるんだぞ」

「ほら、もう着くのに」

魚を拾おうとした。近くまで来ていたケンちゃんが駆けて、僕の指に噛みついた。痛い。刺されたところに歯を立ててる。何するんだい、ケンちゃん。ケンちゃんの喉が動いて、魚は跳ね回ってる。僕は体勢を崩さないように岩の上に立ってた。指がどんどん痛くなる。ケンちゃんが噛みついてる。ちぎれちゃう、何してんだい。痛くて、ケンちゃんの髪を掴んだ。動かない。しばらくしてケンちゃんが顔をあげてくれた。

「ばか、これはオコゼや」

「触っちゃいけんのや」

「なんで触った、知っとるやろ」

「ごめん、知らんかった」

「そんなわけないだろ」

「ほんとに知らんかった」

ケンちゃんは少し黙って、唇を噛んだ。

「そうか、ほならええ」

そっと言って、吸った血を吐いた。

そうか、ケンちゃんはきっと教えてもらえたんだろう。まだ指が痛いな。オコゼは跳ねて、水を探してる。こいつ、毒があるのか。指から血が出て、丸く膨らんでる。血を擦って、オコゼを眺めた。エラを膨らませている。そうか、そうかい。どうせそうかい。オコゼを蹴り飛ばした。岩に当たって、鱗がはじけた。転がっていく。

「何するんだよ、そんなことしなくていいじゃないか」

ケンちゃんは僕を見て、言った。

「何がだ、きっと生きてるさ」

「そうじゃない、違うだろ」

オコゼが腹を出して、浮かんでる。目は白い、僕を見てる。ケンちゃんもそれを見て、また僕を見ようとした。僕は背を向けて走り出した。転けてしまいたかったけど、転けなかった。ケンちゃんが何か言っている。駆けた。


指から血が出て、シャツでくるんでも滲んでくる。ずらしてもすぐ滲んで、赤い点々が増えていく。きつく締めて見ないようにして走った。日は暮れて、少し涼しい。暗い、肉屋もシャッターを閉めてる。走るのをやめた。

「なんだい、僕だって」

「僕だって知ってたさ」

「ならどうしたらよかったのさ」

シャツが汚れてる。濡れて、体にひっつく。剥がしてもついてきた。


「遅かったね、おかえり」

「あら、どうしたのその服」

「ほんとやね、汚してもうたんかい」

じいちゃんとばあちゃんがリビングの戸を開けて、僕を迎える。手を後ろに隠して、

「こけたんだ、汚しちゃってごめんよ」

「あらまあ、脱いでお風呂入っちゃいなさい」

「今日はハンバーグよ」

「野球もやっとるで」

「磯くさいね、海で転んだんか」

じいちゃんもばあちゃんもいつもみたいに、話しかける。ビール片手にじいちゃんは、野球を見てる。ばあちゃんが近づいてきたから、

「ちょっとしたら入る」

階段を上がった。みんな、僕がオコゼを殺したことを知らないんだ。部屋のポスターのアトムも腰に手を置いて、いつものポーズをしてる。駆けて、ベランダの窓を開けた。虎次が鳴いて、街を超えたところに海が見える。風が冷たい。

「服はばあちゃんがきっと洗ってくれる」


「そうさ、大丈夫」

「空を超えて、ららら星の彼方、ゆくぞアトム、ジェットのかぎり」

僕は階段へ向かった。階段のささくれを探す。見つけた。下から指でなぞっていく。摘んで、伸ばすとどんどん細くなって、ちぎった。それは思うより長く切れた。


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