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親子の絆(1)



  「うぅ~ん、にいちゃんか~?おはようございます」母の日常、その(80)


2005/12/21(水) 午後 0:42

某月某日 認知症でなくとも、高齢者の介護には、ある不安をいつも抱えている。私だけではないと思う。最悪の事態を常に覚悟しておかなければならない(とは言え実際その時が来たらどうなるかは正直私には分からない)。この日の朝、私は、母の部屋から流れてくる何時もと違う「気」のようなものを感じて、その不安にかられた。以下私の心の中の会話である。何時ものように、午前6時半に起床した。


「さあ、起きようか?」何時ものように、自分に気合いをかけて。


トイレ、洗面、湯沸かし、ひげ剃り、布団を片づけ、自分の朝食の用意。TVのスイッチを入れ、暖房も。リビングにコタツの用意。いつもの朝。母は7時半頃目覚める予定だ。


「寒波かあ、お袋ちゃん、さぶい!、ゆ~やろな~」TVの天気予報が、今日の夜中から明日の明け方に低気圧の急速な発達で、寒波襲来を告げていた。


「なんか、昨日はよ~寝たな~」


「そうか~、お袋ちゃん、昨日は、徘徊もな~んも、なかったな」


「待てよ?おトイレも行ってなかったな~」


「えーっ、そんなこと、これまでに、あったかーっ?トイレは二、三回、絶対行くはずやーっ!」


「おもらし、したんかな~?夕べ寒かったからなあ」TVのニュースにちょっと気を取られ、朝食に専念したため、思考が停止した。食べ終え、キッチンで、片づけしているときに、ふーっとある、不安に、また、襲われた。音に敏感な母が、いつもなら(声をかけてくるはず?)。


「お袋ちゃん、な~んも言えへんかったな、まだ、寝てんのかな、僕の物音で気が付いてるはずやけどな~」


「ちょっと、待てよーっ、冗談やないでーっ!」私は、急に、胸騒ぎを覚えて、キッチンを飛び出し、母の居室へ走った。頭が真っ白になった。


「お袋ちゃ~ん、お袋ちゃーん!!」と、私は母の布団を揺すった。


「う~ん、にいちゃんかぁ~、おはようございます」と、母が眠そうな顔で、呟いた。


「おっ、、、はようさん!」と、私は、詰まった声で思わず、母の顔を覗き込んだ。と、同時に。


「ふーっ」と息をついた(あーあ、良かったぁ~)。

不安が去り。


「安堵感」が全身を流れた。


「はーあっ!今日も元気そうや、え~顔してる(深いため息と共に、良かった~、いまのは何やったんやろ~?)」実は、これまでにも、 何度かこういう経験をしているのだ。母の「気」を感じているのだ。と、私は思っているのだが。





   「ふっ~ん、みてみぃ~、ぜ~んぶできたー、なっ!」母の日常、その(81)


2005/12/22(木) 午後 0:34

某月某日 毎日が恙なく、それ以上何も望むことはない。この日も夕食後、母は何時ものように、ティッシュペーパーを一枚一枚丁寧に、何かを包み込む作業に専念していた。


「そんなな、一生懸命、根詰めてやったら、しんどいでぇ、もう~止めときい~」


「うん、これな~したらっ!」


「明日、学校(デイ施設)やし、もう9時半過ぎてるで~?」


「これせな、あかんやんか~、なにゆ~てんのん?」


「はいはい、分かりました」


「なにが、はいはいやー、あんたも、しぃー」


「僕は、片付けせなあかんからな!」


「ふ~ん、ほな、それしぃ~」


「もう、寝る用意するから、疲れたら、学校いかれへんしぃ、な~?」母を促すのだが。


「わかってるがなー!、まだねーへん!」


「そうか、ほんだら、僕、片づけもん、あるからな~」


「うん」母の寝床を用意し、洗い物を片づけ、洗濯機を回し、リビングに戻ると。


「あーっ!お袋ちゃん、それっ!、あかんやんか~」濡れティッシュペーパーが、卓上一杯にキレイに広げられていた。円筒形のティッシュ入れは、上蓋が外され、中身が全部出されていた。「えらい、お袋ちゃん力あるなー、あの上蓋どうやってとったんやろー」と、感心したが。母と目を合わすと。(濡れティシュを使い始めてから、これで何回目か)。


「ふ~ん、みてみぃ~、ぜ~んぶ、できた、なっ!」と、母は満面の笑みを私に向けてくれるのだ。


「ほんまやっ、よ~頑張ったなー!」と、私も思わず笑顔になる。





   「あーっ!、ほんまや、000て、にいちゃんやー、わてがかいたんかー?」母の日常、その(82)


2005/12/24(土) 午後 2:00

某月某日 街はクリスマスと、はや、お正月ムード一色。母にも季節を教えてあげたい。と思いつつ。「さあ~今日も、もうすぐデイから帰ってきはるわ」と、送迎バスを迎えに出る。


「お袋ちゃん、お帰りい!」と送迎バスの窓をコツコツ叩いた。


「あーっ、にいちゃんやー!」と、言っている、声は聞こえないが、口元と嬉そうな母の顔ですぐ分かる。


「今日はね~、お習字しました。連絡帳と一緒に入れてありますので、見てあげて下さいね~」とデイ施設のヘルパーさんが。


「へぇそうですか?母、昔お習字習ってましてん」


「はい、聞いてます、これでえ~かな~、言いはって、一生懸命書かれましたよ~」


「後で、見ますわ~、有り難う御座います、さあ、お袋ちゃん、さよ~ならって!」


「00さん、さよ~なら~、また、明日ね~!」


「は~い、バイバ~イ」と、ヘルパーさんや車内のお友達に、手を振る母。


「どこいったらえ~のん?」


「こっちやで~?」と、母をエレベーターへ。


「そやったか?しらんかった~!」


「そんなに、急がんでも、危ないから」自宅に戻り、母を座椅子に座らせ。


「何かおやつでも食べますか~?」


「へぇ、なんかあるの~?かしこいな~、にいちゃんわ!」母の好物のカステラとお茶を出した。


「にいちゃんも、たべ~、これなっ、おいしいわ!」


「そうか~、良かったな、僕も後で食べよ~かな」と言いながら、母のバッグを開け、連絡帳と一緒に入れてあった、習字の紙を取りだした。半紙一枚にこう書かれてあった。


「000,署名のところには、母の名前が」全てカタカナだが、その文字を見て私は思わずグッと胸にきた。


「お袋ちゃん、上手に書いたな~、僕の名前やんか~」と私は、母に習字の紙を見せた。


「あーっ!、ほんまや、000てぇ、にいちゃんや~、わてがかいたんか~?」


「そうやで、今日な、学校(デイ施設)でお袋ちゃんが、書いたんやん!」小一時間ほど、母のこの習字で親子してたわいのない、会話が弾んだ。





   「わて、し(死)んだんか~?な~!」母の日常、その(83)


2005/12/26(月) 午前 11:23

某月某日 認知症の介護は、毎日が臨機応変の対応を迫られる。今朝の母は、私にまた、新しい経験をさせてくれた。午前8時前。そろそろ、母を起こさないと。デイに間に合わなくなる。


「お袋ちゃ~ん、お袋ちゃ~ん、もう、起きようか?」母に、いつものように声をかけた。リビングで私が動き回っている物音で、既に起きているはずなのだが。


「わて、し(死)んだんか~?、な~」母が私を見てポツリと。


「何ゆ~てるん、あほかいな~、生きてるで~」


「し(死)んでんのんちゃうか~?」


「死んでない!、ほら、僕の手触ってみぃ!」


「つめたいやんかー?あほー」


「なーっ!大丈夫やろ~、さあー、あほなこと言う~てんで~、起きましょうか~」


「ねかせて~、わてし(死)んでんるかもしれんから?」


「死んでないやん、ほら、なっ!」母の両手を私は、包み込んだ。


「つめたい!、あほっ、つめたいやんかー」と、母は私の手を激しく振り払い、素早く私の頭をどつき始めた。


「痛いっ!痛い、何するん、もう~」(ちゃんと生きてるよ)。


「ねかせて~、しんどいねん?」


「分かった、わかった、今日な~、ゴミの日やから、ちょっとゴミ出しに、行ってくるからな~」


「うん、、、」


「ほな、行ってくるよ~」と、私は、母に一声かけて、急いでゴミ袋を結び、何時ものようにダッシュでゴミ置き場へ。往復すること約2分半。戻ってみると、いつもなら、自分で布団から這い出してくるはずの母がまだ、寝ている。「おかしいな~、お袋ちゃん、今日はどないしたんやろ~?ほんまにどこか、具合悪いんちゃうやろな~?」と、気がかりになり。


「お袋ちゃん、お袋ちゃん、大丈夫か~?、どこか具合悪ないか~?」


「わて、し(死)んだんか~?、な~?」と、似たようなやり取りがまた始まった。気がついたら、午前8時半を回っている。9時過ぎには、デイの送迎車がやって来る。


「う~ん、こんなん、今までなかったけど、まあ~、しゃ~ない、起きるまで、お袋ちゃんと、遊んでよ~か~」と、腹を決めた。





   「もうちょっとしたら、でるんか~?みてぇ~な~」母の日常、その(84)


2005/12/27(火) 午前 11:10

某月某日 ようやく、母の生活リズムが「冬」のモードになってきた。油断は禁物だが、季節に応じたリズムを保つことが大切である。


「どうしたん?」母の様子が。


「にいちゃん、おしっこ、はよー、はよー」


「分かった、行こ~か」母を、ゆっくり抱き起こし、おトイレへ。


「こんなとこで、しらんかったっ~!」トイレの前で。


「綺麗なとこやろ~、はい、ゆっくり座りや、腰痛ないか~?」


「ここに、すわるん、どないしてや~?」


「こうしてな~、こうして、はい、お座りしたらえ~ねんで」母を便座に座らせる。


「ありがとう、にいちゃん、かしこいな~」


「う~ん、う~ん、」と母が背をそらせて、いきみ始めた。


「ゆっくりしたら、え~やんか」


「でそうやねん」


「そんな、力入れたら、血圧あがるで~」


「う~ん、う~ん、でたかな~?」


「見たろか~、ちょっと、待ってな~」と私は、便器を母の背中越しに覗き込んだ。


「おしっこ、出たんちゃうかな~?うんちは、まだやな~」


「うんち、でそうやねん?」


「自然にでるから、な~んも心配せんでえ~よ」


「ふっふ~ん、にいちゃんも、したんか~?」


「うん、もう~さっき、したよ~」


「もうちょっとしたら、でるんか~?、みてぇ~な」尿やうんちは臭いで分かる。おトイレで、会話しながら、母が気持ちよく、用を足せれるようにすることが大切なのだ。





   「に~いちゃん、なんで、こんなん、なるん?ゴフオッー、たすけてぇー!!」母の日常、その(85)


2005/12/28(水) 午後 0:40

某月某日 人の弱さ、脆さ、を私は、積極的に受け入れる。この日、母は午後9時半過ぎに就寝した。ところが。


「ゴッフッー、フォー、コホ、ゴホッー!」隣室で寝ている母が、咳き込み始めた。時計は午前零時を少し回ったくらいか。私は、咄嗟に母の寝室へ駆け込んだ。


「どうしたんやー?」


「ゴッフッーフォー、コホ、ゴホッー!!」


「苦しいんかー?お袋ちゃん、大丈夫かー?」私は、母の背中を、さすりながら呼びかけ続けた。母の寝間の周りには、あちらこちらに、ティッシュのクズが取り散らかしてあった。ようやく治まり私は、隣の自分の布団に潜り込んだが。しばらくすると。


「にいちゃん、ばんごはん、たべたかな~?」と言いながら、母が四つん這いで私の寝床へやってきた。


「うん、もう、食べたよ~、寒いからな~、風邪引いたらあかんから、もう寝よな~」と、私は母を寝床へ連れていった。ものの10分も経たないうちに。


「ゴッフッー、フォー、コホー、ゴホッー!!」と、母が咳き込みながら、四つん這いになって私の寝床へやってきた。顔を真っ赤にしてだ。


「風邪引いたんか~?寒いやろ~?」


「ねかせてぇ~」と、苦しそうに母が言う。(こらあかん、一人にしとけんわ)。


「こっち入りぃ~」と、私は母を自分の寝間に入れた。


「ゴッフッー、フォー、コホー、ゴホー!!」依然として、母は咳き込んだままだ。(こら、ほんまにあかん!薬飲まさなー)と私は急いで、常備薬の風邪薬を取りに行った。


「に~いちゃん、なんでこんなんなるん?ゴフオッ!、たすけてぇー!!」と、母が、顔を真っ赤にして何度も叫ぶ。私は、ただただ、背中をさすりながら。


「大丈夫、大丈夫!!いま薬飲んだからな~」と、私も同じ言葉を繰り返すことしか出来ない。

この夜、母は咳き込んで寝られず、苦しさからか徘徊を繰り返した。結局、私は、午前5時半ごろに起きて、エアコンで部屋を暖め、寝床を片づけ、コタツを用意し、咳き込む母と共に、夜明けを待った。薬が少し効いてきたのか、7時過ぎごろ、母は座椅子でウトウトし始めた、その顔を覗き込んで(あれだけ苦しんで、お袋ちゃん、よう頑張ったな~)。



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