母の日常生活 何の屈託もない日々
「わたしが、やったんちゃうわーっ」母の日常、その(1)
2005/8/15(月) 午後 2:32
某月某日 認知症になった母を見てきて、人目憚らぬ百面相、表情豊か、瞬時に変わる言動、何のしがらみもなく、人間こうありたいと,時折そう思うことがある。大袈裟に言えば「魂」の解放か。(認知症の方々やその介護をされている多くの方々の苦しみは十二分に承知しております。それと、私がそう思ったこととは何の関係もありません、念のため)。
「お袋ちゃん、眠たいんか?風邪引くで~、もう、しゃ~ないな」午後9時少し前、寝るにはちょっと、早いが、母が座椅子からズリ落ちそうになって。
「おしっこないのんか?、あかん、寝てるわ~」リビングにある、テレビとは全く逆を向いて気持ちよさそうに眠る母。
「こらあかんな~、完全に寝たはるわ」顔を天井に向けて、座椅子からひっくり返りそうになって眠っている。その時。
「わたしが、やったんちゃうわーっ!」とハッキリした寝言を繰り返す母。(お袋ちゃん、何の夢見てるんかな~)。結局この日は11時過ぎに。
「にいちゃん、おしっこー!」と母が眠そうな顔をして、言うまで起こすことは出来なかった。
「はよせなあかんねん、まったはるから」母の日常、その(2)
2005/8/16(火) 午後 0:16
某月某日 ティシュペーパーを一枚一枚、丁寧に折り畳んで、積み上げ、適当な大きさになるまで、母はこの作業を止めない。
「もう、え~んちゃうん、一箱無くなってしまうで~」
「うん、、、、、、、、もうちょっと」
「明日な~、学校(デイ施設)へ持って行かなあかんねんでぇ、その分残しとかな~、なっ!」
「また、だしたら、え~やん!」それはその通りだ。無くなれば、新しいケースを出せばよいのだが。
「そんな、根詰めたら、しんどいで~」と、一応言ってみる私。
「はよせなあかんねん、まったはるから、それもわからんのんっ!」(そんなことも分からんとアホちゃうかーっ!)と言わんばかりの母の顔。
「よいしょ、よいしょ、どこいったらえ~のん」母の日常、その(3)
2005/8/17(水) 午後 0:51
某月某日 以前は、月曜日から土曜日まで、母は毎日デイケアに通っていたが、ケアマネージャーやデイ施設の介護士、ヘルパーさん等のアドバイスを受け、木曜日は休むことになった。90うん歳の母の体力や精神的なことを考えての、ケアプランである。ショートステイ(短期入所)の利用を何度か勧められたが、認知症の母のことを考え、私は、これを断っている。一度、主治医から療養型入院を勧められて、実行したが、これが大失敗。入院直後から、母の認知症が一気に悪化した。物忘れは無論、徘徊、お漏らし、全て帳消しに。母は、四六時中、誰かが「見守り」をしなければ、ならなくなったのだ。この失敗は、私の一生の不覚だった。
さあ、学校(母はデイ施設のことを学校と言っております)へ。
「今日も楽しゅう過ごそうな!」と母に声をかけながら、私はエレベーターのボタンを押しに。母は、折れた腰(母は過去に圧迫骨折を2回やっている)をかばいながら、下を向いたまま、一生懸命、手押し車を押して。
「よいしょ、よいしょ、どこいったらえ~のん?」(今日も皆さんと仲良~してもらいや~、お袋ちゃん)。
(写真削除)
「♪し~ら~くも~なーび~く~♪」母の日常、その(4)
2005/8/18(木) 午後 0:29
母は歌を唄うのが大好きだ。知っている曲が流れると、口ずさむ。最近は私と一緒に唄うことが多くなった。その時の母の表情は「不安」とは無縁の穏やかないい顔をしている。
某月某日 母は「歌を唄うのが大好きである」と、言っても、自分が知っている歌でないと、ダメなのだ。童謡唱歌、軍歌(親父が戦友をよく唄っていたからか?)だ。私が歌詞を間違えると。
「ちがう!、こうや!」と、訂正してくれるほどである。今日も二人で「カラオケ大会」。
「♪し~ら雲なびく、北海の~、見知らぬ町を、さまよえば~、想いは~はるか~熱きひ~の~、 紅き~血潮の~、青春の~♪」(この歌は私が勝手に、作詩したものだ。曲は何かの曲だ)。
唄うのに夢中の母をデジカメで、パチリ。
(写真削除)
「うん、おいしいわ、これすきやねん!」母の日常、その(5)
2005/8/19(金) 午後 0:28
某月某日 デイから、帰ってきたら「おやつ」が最近の日課になった。母の大好物のヨーグルト。バナナも好物だが、夏を乗り切るには、水分は欠かせないので「カルピスジュースとヨーグルト」は我が家の常備食品になった。
「にいちゃんもたべ?」と母は何時も、そう、言ってくれる。
「僕は、さっきひとつ食べたから」
「うん、おいしいわ、これすきやねん、しっとったん?」と、母は毎日言う。この会話は、母が食べ終わるまで、何度も何度も繰り返し行われるのだ。
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「う~ん、とんがってきたわっ!」母の日常、その(6)
2005/8/24(水) 午前 10:00
某月某日 介護する時、いくつかのポイントがあることを私はベテランのヘルパーさんから教わった。その一つで最も大切なのが、排泄の介助だ。どのようなことが、起ころうとも一人の人間として、プライドを傷つけないように楽しくさせてあげなければならないと、お教え頂いた。多くのヘルパーさん達から、秘伝を伝授頂いたのだ。
「もうえ~かな~?」おトイレで。母は便座に座り。私はその前で対面してしゃがみ込んでいる。
「まだ、出てへんのんちゃうん?もうちょっと」
「で~へんで?わてな~、わからんねん!アホになったんかな~」
「そんあことあるかいな、阿呆になったら、おトイレも分からんで!そうやろ?」
「そうか~、にいちゃん、そないおもう?」
「当たりまえやんか~」
「あ~、う~ん、おしり、とんがってきたわー!」と母。無事、排泄。気長に待つのがコツである。
「おはようございます、まだよろしいか?」母の日常、その(7)
2005/8/25(木) 午後 0:31
某月某日 介護の次なるポイントは、介護される人の生活にリズムを与えてやることである。それと、日本の四季を感じさせてあげることだと、私は思っている。
「あぁ、こんなとこ、おったん、どこいったかな~、おもうてん?」と母がリビングへ、四つん這いでやってきた(母は腰の圧迫骨折を2回やっているので自力歩行が出来ない)。朝の7時前だ。
「お袋ちゃん、起きたんか~、お早うさん!」
「なにしてんのん?こんなとこでぇ」
「テレビのニュース、見ててん、お茶沸かしながら、待ってんねんや~」
「ふふ~ん、おちゃわかしてんのん、ありがとうございます」母がペコリと両手をついてお辞儀する。
「見てみぃ、え~天気やで~、もうすぐ秋や!お彼岸やで~」ベランダ越しに秋の陽差しが差し込んでくる。
「ほんまやな~、あぁ、あかいハナ、さいてるわー!!」
「そうやろ~、お隣の00さんにもろた花やで~、ぽつぽつ咲いてきたな!、もう起きるか~?」
「はい、おはようございます、ねんねしたい、まだよろしいか?」踵を返して母が自分の部屋へ。
「そうか、ほな、寝ときぃ、ご飯の用意できたら、起こしたるからな!」
「あんた、え~ひとやな、ねんねしますぅ」2~3回、これを繰り返すと母が目覚める。会話は寸分違わず全く同じだ(不思議だ)。
「なにしてんのん?まだやで~」母の日常、その(8)
2005/8/28(日) 午後 6:22
某月某日 母には、母の生活リズムが当然ある。私(介護者)の、都合でそのリズムを崩してはならないのだ。夕食が始まってそろそろ、1時間は経った。母がティシュを広げ、おかずや、ご飯をその上に載せ始めた。
「もう、ご馳走さんやろ?」と、片づけようとしたら。
「なにしてんのん、たべてるんやんか、まだやでー!」と、母。
「それな~、お茶飲んでからしたほうが、え~んちゃうか?」馬耳東風、まあ~、後、半時間くらいは待たなければならない。
「お袋ちゃんの世界には、時間なんか関係ないんやろな~」と私は感心した(そういう世界へ行って見たい、と本気で思ったことが何度かある)。
「ぷ~っ、ぷ~っ、ふふ~ん」母の日常、その(9)
2005/8/29(月) 午後 5:18
某月某日 服薬介助も認知症の介護には、重要なポイントである。母には慢性気管支炎の持病と心筋梗塞の再発防止の薬が、朝と夕方に飲むよう処方されている。飲んでもらうためには。
「お袋ちゃん、風邪薬飲んどこな~」と母には、カゼ薬、と言う。難しい病名など言えたものではない。(私は母に嘘ばかりついている)。
「かぜひいてないわ!いらん!!」母には見透かされているのだが。
「引いたら、あかんやんか、引かんように、飲むねんで~」
「だれが、くれたんっ?」何時もつまらなさそうに返事する母だ。
「00病院(診療所)のな、00先生やで!」
「しらん?いらん!あんたのみっ!」三連発だ。(ハッキリしてる)。
「大事な薬やでぇ、お袋ちゃん、咳よ~するやろ、飲んどこな~」
「せきしてないっ!」と母は口を尖らせて、あごを突き出した。私は、その口元へ薬をひと粒放り込んだ。
「ぷ~っ、ぷ~っ、ぷふ~ん」と、母は薬を、逆に見事に吹き飛ばした。
「あ~あっ、何すんのん、あかんやんか~」今日も手強い。
「あんた、のみっ!」私の完敗を母が宣した一言だ。デイ施設で、昼食の時に飲ませてもらうしかないかな~、と判断した。
「わて、かわいいやろ、なっ!」母の日常、その(10)
2005/8/30(火) 午後 0:32
某月某日 「笑う」これに優る良薬はない。「笑顔」は、感性に響く。人は、唯一笑う動物だそうだ。その笑顔を引き出すのに「会話」は欠かせないのだ。
「どこいくん?」と、立ち上がろうとする私を目聡く母が。
「うん、おトイレや?」
「なにするん?」
「うん、おしっこやんか」
「わても、いきたいねん、とおいんか~?」
「ほんだら、お袋ちゃん、先に、行くか?」と、母は座椅子から身を乗り出し、両手を私に差し出す。
「へぇ、こんなとこやったん!」リビングから数メートルのトイレの前で。
「近いやろ~」母を便座に座らせるため手摺りを捕まえさせる。
「にいちゃんかしこいな!よ~しってるな!」
「はい、ゆっくり座りや~、腰、痛いねんからな~」
「ありがとうございます、こし、いたいのん、しってるん?」
「知ってるよ、痛み止めの、薬ももろてるから、あとで、飲もな~」
「えらいな~、そんなんまで、してくれんのん?」
「お袋ちゃん、何食べてるん?」母が口元を動かしているのが見えた。
「あ~ん、まだ、たべてんねん!」便座に座りながら、母が口を大きく開けて私に見せた。
「あーっ、お袋ちゃん、下の入れ歯ないやんか、どうしたん?」
「しらん、だれか、ほったんちゃう」
「ちょっと、待っててやー、探してくるからー」
「そうし~ぃ」チーンと便座に座ったまま、母が悠然と言い放つ。下の入れ歯を、母はこれまでに4個失くしている。私は、あわててリビングへ。母の座るテーブル付近を捜し回ったが。
「でたよー、にい~ちゃん!」と、母の声。見つからない。すぐにトイレへ。手洗いを済ませ母をリビングへ。
「お袋ちゃん、もういっぺん、あ~ん、してみぃ」無駄は承知のうえだが。
「あ~ん、わて、かわいいやろ、なっ!」母の笑顔には、何の屈託もない。この笑顔には勝てないのだ。(入れ歯の一つや二つ、いーや!、三つや四つどうーでも、えーわ!)と、私は思った。