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「忘れる」は、切ない「病」



  「おぼえてへんわ!、あほちゃうかー!」知らんねん、その(1)


2005/8/1(月) 午後 0:33

某月某日 忘れることの不安は、本人にしか、分からない。忘れるから、不安が増幅するのだろう。その不安(病)と母は毎日闘っているのだ。母が何かに一生懸命になっている時が、闘っている時だと、私は思うようになった。夕食時。


「もう、え~かな~」母にそ~っと聞く。


「まだや~」ちゃんと、聞いてくれてはいるのだ。


「そやけど、もうご飯食べる時間やから~」


「もうちょっとっ」


「早よせな、冷めるよ~」


「わかってるがな、これしとかな~、、、、、」


「僕さきに食べるよ~」


「たべー!」


「冷めてしまうけどな~」母はお仕事(ティシュを箱から取り出し、一枚一枚丁寧に折り畳んで積み上げていく作業)に夢中である。


「後からしたらどう~、今日学校(デイサービス施設のこと)行ったし、疲れるで~」


「つかれてへん、これさきにせな、あかんねん、あんた、わかれへんのん、がっこういってへんわ!」


「何で~な、今日、学校でカラオケ大会やったやんか~」


「カラオケ!、しらん、がっこうもいってへんのにぃ!」


「ヘルパーさんが、00さん、00の歌、上手に唄ってはったよ~って、言う~たはったで~」


「ヘルパーさんてだれや!?おぼえてへんわ、あほちゃうかー!」お箸に手をつけるまでに未だ、半時間はかかりそうだ。母がその気になるまで待つほかないのだ。(何でもえーわ、お袋ちゃん楽しそうやし、今日も勝ちやー、と私は思うのだ)。





  「あんた、かしこいな~」知らんねん、その(2)


2005/8/2(火) 午後 0:25

某月某日 夜な夜な徘徊する。睡眠不足にならないのかと、寝不足のこちらが心配するのだが、母はいたって元気だ。今朝目覚めたら、母は私の隣ですやすやと添い寝していた。


「ああ、目ぇ~覚めたんか~、ご免な~」


「ねむたいのにぃ、なにやってんのん?」


「うん、もう、起きなあかん時間やねん」


「あんた、おきぃ、わて、まだねむたいから~」


「ほな、お袋ちゃんの部屋で寝よか~」


「ここが、わたしのとこや!、おしっこしたいっ!」


「ほな、行こ~うか!」母をおトイレへ連れて行き、手洗いを済ませ、そのまま、母の部屋へ。


「ほんだら、ゆっくり寝ときな~」


「ねても、よろしいか?」


「え~よ、お茶沸かしとくから、ゆっくり寝ときなっ」


「よ~わかってるなー、あんた、かしこいな~、ねさしてもらいます」リビングの私の寝具を片付け、朝食の用意だ。


「もう、おきても、よろしいか?」と母が。


「まだ、寝とってえ~よ、ご飯できたら、起こしたるからな~」


「あいよ」


「お袋ちゃんな、今日も僕の隣で寝ててんで~」と、ちょっと聞いてみた。


「んん、そんなことしたか~、しらんねん、どうしょう?」


「別にかめへんやん、親子やねんやから」


「あんた、かしこいな~、そう、ゆ~てくれるのん!」母が、四つん這い(母は、圧迫骨折で腰を2回折っている)で、リビングにやってきた。夜中あれだけ徘徊し、寝不足にならないのか。90うん歳、タフである。





  「なんで、ここにおらなあかんのんやっ!」知らんねん、その(3)


2005/8/3(水) 午後 0:28

某月某日 理屈、常識は、時代によって変化する。今後もそれは、日々変化し続ける。認知症の母の世界でもだ。


「あした、がっこうかいなー、しんどい、いきたないわー!」寝る前に母がけだるそうに仰る。


「どうしたん?、疲れたんか~?」


「イエ、かえりたいねん、にいちゃん、つれてってー」


「おしっこ、ないか~」もう、そろそろ、おトイレの時間だ。


「うん、ある~」


「行こうか?、あ~、ティシュはな~、お袋ちゃんいらんで~、ちゃんと、おトイレにあるからな!」母がティシュの箱を持って行こうとした。


「どこにぃ、ほんまかー?」


「ほら~、見てみぃ、此処にちゃんと、あるやろ~?」


「こんなとこやった、そんな、よ~け、いらん?」


「このくらい、紙いるで、ほ~ら、さわってみぃ、薄いでぇ」


「あぁ、ほんまや、うすいな~、これ、にいちゃん、ふいてくれるぅ?」


「お尻、洗うてからな~」


「つめたいんやろ~?」


「う~うん、温いで、ほら、温いやろ~」


「ほんまや、ちょろちょろ、おしりあろうてるぅ」


「あーっ、お袋ちゃん、ちょっと待ってやー!」


「なんやのん?もう、おしっこ、でたわー」母のオムツ(いや、パンツ)が汚れていたのだ。


「綺麗なパンツに履き替えよか~、直ぐ、持ってくるから、ちょっと待っててや~」


「どこいくのー、なんで、ここにおらなあかんのんやっ!」


「ほ~ら、これ見てみぃ、綺麗なパンツやでぇ、履き替えたら、気持ちえ~よ」


「それ、わてのんか~、しらんねん?」10分足らずで、母の機嫌は持ち直し、そのまま、寝床へ。


「お袋ちゃん、お休みなさい」

私は直ぐに寝息を立てた母の寝顔を見て(お袋ちゃん今日も元気で良かったなー明日も元気に学校いけるよ~)と思うのだ。





   「からこ~て~、どついたろかっ!」知らんねん、その(4)


2005/8/4(木) 午後 0:26

某月某日 認知症、人によりその症状は千差万別。症状に応じた対応を迫られる。それも瞬時に判断しなければならない。


「お袋ちゃん、服、着替えようか?」


「ふん、そやな~」


「これにしょうか、今日は?」


「あいよ」


「わー、よ~似会うは、格好え~な、え~色やしぃ」


「わて、このいろスキきやねん、にいちゃんよ~しってたなっ!」


「ひらひら、付いてるで~、あっ、そこは、ボタンないねん、それはなあ、飾りやからなっ!」


「でけへんねん?して~、ここ!」と、母が顎を上げる。


「そやからな、そこは、ボタンついてないねん、飾りやねん、そやから、シャレてんねんやん」


「なんか、おかしいんちゃうん、こないなってんでぇ?」母は服をひっくり返そうと。


「二重になってんねんやん、この上のヒラヒラのやつは飾りやから、ボタンないねん」


「そうか、おかしいな~、ちゃうで~、みてみぃ、こんなんやでぇ、だれがこうたん?」


「うん、姉ちゃんが、買~うてきてくれてんやで~」


「ねぇ~ちゃん!、なんでやー!」


「いつも、買~うてくれるやん、これも、そうやで~」


「しらんねん、そうゆ~ことか???」


「そうやで~、よ~似合~うてるで」


「なんぼ、したん?」


「聞いてへんけど、格好え~から、高かったんちゃうか?、分からんけど、お袋ちゃん、色白いからな~、よぅ~似合うわ!」


「からこ~てー、どついたろか、ふふ~ん」


「わっー、どこで、覚えたん、そんな言葉!!」


「しらんわー」

ヒラヒラを気にしていたが、どうやら、ご満足の様子だ。表情が和やかである。





   「へぇ~そうか、わかれへんかった、ありがとう!」知らんねん、その(5)


2005/8/5(金) 午後 0:31

某月某日 認知症の方を介護する。あるいは、看護する。その大変さは「言葉」では表現出来ないだろう。また、体験者にしか解らないだろう。肉親なればこそなのだが、、、。


「ほ~ら、靴下履き替えなあかんやん、はい、こっち向いて、バタバタしたら、でけへんやろ~」母を座椅子に座らせて、靴下を履かせようと。


「ふふ~ん、え~ネクタイしてるな!、いつこ~うたん?」母にすれば、私は時には、格好の遊び相手なのだ。


「これか?だいぶ前やで、バタバタし~なっ、てっ!」と、母の足を捕まえようとするのだが。


「こそばいねん、さわらんといて~、けったろか~」完全に遊ばれているのだ。


「自分の子供やで、蹴ったらあかんやろ~」と、私も相手になる。その時。


「わてのコーっ!」と母が私を睨む。


「そうやんか?お袋ちゃんは、僕を産んだお母さんやんか~」しまった。遊んでおれば良かったのに。


「しらん、うんだおぼえないわー!」と母が気色ばむ。


「ほんだら、僕は、誰が産んだん?」消え入りそうな私の声。どんな流れになっても、ちゃんと受け止めなければならないのだ。


「あんたっ!、かってに、きたひとやろーっ!」


「へえー、僕、何処から来たんやろ~」と、やんわり。


「しらんわっ!そんなこと、だれか、よそから、きたんやろーっ!」


「えらい、今日は、機嫌悪いねんな~」と、切り返してみた。


「わるないっ!、あんたが、もんく、ゆーからやーっ!」(そうやったなー、僕のミスです)。母の様子を窺いながら。


「はよ、履き替えよ、もう直ぐ、学校(デイ施設)行く時間やから~」


「きょう、がっこうかー?」私がしおれたので、母が気遣ったようだ。


「そうやで~、お袋ちゃんの好きな学校、行く日やで!」


「へぇ~そうか、わかれへんかった、にいちゃん、おしえてくれて、ありがとう」気脈が通ずる。母も私をちゃ~んと見ているのだ。


母の一日はこうして、始まる。(お袋ちゃん、今日も元気で、生きような、、、)。



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