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不安感と闘う母

   


   「ねかして~」寂しいねん、その(1)


2005/7/25(月) 午後 0:27

某月某日 このところの蒸し暑さは尋常ではない。暑さ寒さは、高齢者には堪える。連日の熱帯夜で母も寝苦しいのだろう。


「どうしたん、おしっこか?」母が、四つん這いになって私の寝床へやって来た。


「うん、おしっこやねん」母もウンザリしたような顔付きをしている。


「よし、行こ~うか」


「あついねん、どうしたらえ~かな」(クーラーは出来るだけ入れないようにしているのだが)。


「風邪引いたらあかんから、ちょっとだけ、クーラー入れとこか?」


「そうしてくれるぅ」


「寒かったら言~やっ!」クーラーのスイッチを入れて間もなく。


「ねられへんねん、どうしょう?」と母がやって来た。


「大丈夫や、すぐ、涼しなるからな~」しばらくして。


「おね~さん、おね~さん、さむいねん」


「クーラー止めよか?」


「そうして~、なんか、かぶして~」


「かぶしたら、暑いんちゃうか?」


「あつないっ!、さぶいねん、かぶして~や」こうした、会話が何度か繰り返され、さすがの私も睡魔に襲われ寝込んでしまった。


「うんっ、、、、、、、、、」いつの間にか、母が私の眼前に。


「お袋ちゃん、何時きたんなー!」と。母が、私の寝床にもぐりこんでいたのだ。無論、返事はない。母はすやすや眠っている。(あれだけ何回も起きてきたら、さすがの孟母も疲れるだろう)。朝日がカーテン越しに差し込んだ。


「お袋ちゃん、僕もう、起きるよ~」と、声を掛けて。


「さびしいねん、にいちゃん、もうちょっと、おってぇな~」と、母が私を止める。まだ6時半、今日は7時に起きよう。





  「ゆうてるやんかー、わからんのかいなー!」寂しいねん、その(2)


2005/7/26(火) 午後 0:28

某月某日 不安になる。認知症の症状の一つである。母と私は30年以上、供に暮らしている。数分私が見えなくなると、母は、私を探し始め呼ぶのである。


「どこいっとったん?よんでるのにっー!」と、母がむくれている。この時の母の眼孔は鋭いのだ。


「うん、おトイレやんか、どうしたん?」母と、目を合わせないようにする、小心者の私。


「これな~!、しょうと、おもうてんねんけど、どうしたらえ~かな~」悠然と構えて、言もなげに。


「貸してみぃ、僕がしたるから~」母に乾いた洗濯物を畳んでもらっていた。私の普段着だ。


「ややこしいねん、たたまれへん、にいちゃんできるやろ~!」


「こうやってな、こうしたら、え~ねんで!」と、私も上手くはないが。折り畳んで母に見せた。


「うわー、やっぱり、にいちゃんや、かしこいなー、どうしょうかおも~うてん」


「こっち、やってぇ~、これ出来るやろ~」と、別の洗濯物を母に手渡す。


「あたりまえやっ!できるわー!」


「ちょっと、仕事片付けてくるからな、やっといてな~」


「あいよ~」タオル、靴下、母の普段着、下着類等。自室でパソコンの前に座るやいなや。


「にいちゃん、にいちゃん、はよきてー」


「直ぐ行く、ちょっと待ってな~」


「なにしてんのん、はよこんかいなー、でけへんやんかーっ!」洗濯物と格闘する母。


「僕の部屋に行くって言うたやろ~、直ぐそこにおったやんか、どないしたん?」


「きいてへん、なんにもいわんと、ほったらかしにしてー」


「う~ん、、、、、、、、」これが、母の世界だ。


「さびしい、ゆうてるんやんかー、わからんのかいなー、」(アホーと、言われなかっただけましか)。


一時も目が離せないのだ。声をかけながら、やれば良い事なのだが(凡人の悲しさを痛感する)。





   「どこいくのん、こっちこんかいなっ!」寂しいねん、その(3)


2005/7/27(水) 午後 0:49

某月某日 月から土曜日まで、デイに行くのは、やはり母には堪える。それで、ケアマネさんのアドバイスを受け木曜日は、ヘルパーさんを我が家へ派遣してもらうことになった。その当日。


「なにごそごそ、してんのん!」母の感覚は鋭い。私が少しでも何時もと違う行動をとると察知するのだ。


「うん、今日はな~、学校休みやねん」ティシュで散らかった母の寝床を片付けながら。


「へぇ、やすみか~、ほんだら、イエかえろうか?」予想していた、母の返事。


「ちゃうねん、此処へな、ヘルパーさんが来てくれはんねん」


「なんで、そんなことなったん?」疑わしそうに、私を見る。母の身構えは完璧だ。


「僕は、仕事いかなあかんやろ~、お袋ちゃん一人になられへんやろ~、それで、代わりにヘルパーさんが来はんねんや~」何とも、間延びした返事だ(我ながら情けないわ)。


「そんなこと~?、しらんかった~、だれがしたん?」追求も的確で急所をはずさない。


「00さん(母のケアマネージャーさん)がな~、毎日学校やったら、お袋ちゃんが疲れるから、休みくれはったんやで~」と、交わそうとするが。


「やすめへんわー、がっこういくわーっ!」完全に、見透かされている。


「そやからな~、今日はいっぺん休んでみぃな、家でゆっくりしたらえ~ねん」


「にいちゃんどこいくん?」的を射た、鋭い母の一言。


「うん、会社いかなあかんやん」


「わてもいくわ~」納得するまで追求の手をゆるめない。母が武道家なら、私は「まいったー」と、土下座しなければならないだろう。返す言葉に詰まったその時。


「う~ん、、、、、、、、、」ピンーポーン、とチャイムが鳴った。


「ああー、来はったー、ヘルパーさんやでぇ!」援軍だ(正直ホッとする私)。


「00さん、おはよう御座います。ヘルパーの00です」


「おはようございます、ヘルパーさんかいな~」


「じゃ~よろしくお願いします」


「00さん、お兄ちゃん行きはるよ、いってらっしゃ~い」


「わてもいく、どこいくん、こっちこんかいな、さびしいやんかーっ!」と、母が最後の一撃を食らわせる。逃してなるものかとばかりに母が座椅子から立ちあがろうとする。


と、ヘルパーさんが。


「お兄ちゃん直ぐ帰ってきはるから」となだめる。


私は「お袋ちゃん、直ぐ帰るからな~」と手を振り足早にドアに向かう。母の怒声を背に浴びて。





   「きいてへんわ!、どこいっとったん!」寂しいねん、その(4)


2005/7/28(木) 午後 1:36

某月某日 母のような方を介護用語で「見守り介護」と言うそうだ。デイのヘルパーさんらの大変さが心底良く分かるのだ。


「お袋ちゃん、ちょっと、部屋片付けてくるからな~」と、声をかけて母から離れた。


「あいよー」この愛想の良い返事がくせ者だ。


「ね~さん、ね~さん、どこやー!」ほんの2~3分でこうなるからだ。今は私は姉になった。


「此処やで~、直ぐいくから、もう、ちょっと待っててや~」


「はよ、こんかいなー、なにしてんのん、もうーっ!」


「此処やんか~」自室から顔を出し、リビングで呼んでいる母に廊下越しに顔を見せる。


「そんなとこで、なにしてんのん?」


「うん、部屋かたづけてんねんやんか~」


「きいてへん!、ほったらかしてーっ!」


「もう、終わるからな~、もうちょっと待っててな~」


「なにが、おわるねんなー、はよ、こんかいなー!」そりゃそうだ。何が終わるのかは、母には何の関係もない。


「此処やんか~、何処へも行けへんよ~、直ぐすむからな~」


「もう、イエかえりたいねん!」


「分かった、わかった、直ぐ、いくから~」こんなやり取りをしばらく続けると。


「わて、かえるわーっ!」母のしびれが切れた。座椅子から立ち上がろうとする母を見て慌てて、リビングへ。


「もう、片付け終わったから、一緒にテレビでも見よか~」と、ご機嫌取りに急いで母の元へ駆けよる。


「しらん、さびしいゆーてるやろー、きいてへんわ!、あんた、どこいっとったん!!」と母が、私を睨む。デイ施設の方々のご苦労が、想像出来る。





   「でたのに、なにしてんのん、はよ、こんかいな!」寂しいねん、その(5)


2005/7/29(金) 午後 0:59

某月某日 「忘れてしまう」ことからくる、いいしれぬ不安感(本人にも分からない、深い不安)が認知症の悲しい症状の一つだ。介護する人は、それがどのような形で現れても自然に、受け止め、受け入れること(それを理解しなければならないこと)だと、私は思う。


「おトイレか?」母がごそごそしている。


「うん、いきたいねん」


「はい、行きましょか~」


「つれていってくれるん、うれしいぃ」


「ゆっくりやで~、慌てんでえ~からな、直ぐ、そこやから」


「にいちゃん、しってるん?かしこいな~」


「はい、此処やで~」


「こんなとこやったん、どうするん、はいったらえ~のんか?」トイレの入り口で立ち止まる母。


「ここに手摺あるやろ~、ここ持って、ゆっくり座ったらえ~ねんで」


「はじめてやからな~、わかれへんねん?」母を便座に座らせる。


「あぁー、でたー!」


「良かったな~、間に合うたわ~」


「まだな~、うんち、でそうやねん?」


「そうか~、お袋ちゃん、元気やから、うんち、も自然にでるよ~、心配ない!」


「そうかな~、う~ん、う~ん、で~へん、どうしょう?」


「そんな、きばらんでも、大丈夫や、ちゃんと、出るからな~、綺麗なパンツ用意してくるから、ちょっとそのままいときや~」


「いったらあかん、ここにおりんかいなー!」


「直ぐ行くから~」と、私は急いで履くパンツを取りに。


「さびしいやんか!、でたのにぃー、なにしてんのん、はよ、こんかいなっ!」


「綺麗なパンツに履き替えよな~、気持ち悪いやろ~」オムツは禁句だ。母のプライドを傷つけてはならない。これも母に教わった。何年か前に、ヘルパーさんが「00さん、排泄介助くらいやってあげられへんかったらあかんよー」と、そして「こうしてね~、こうするのよ!」と、懇切丁寧にお教え頂いた。以来、私は、自分で出来る事の範囲を一つ一つ拡げていった。数多くのヘルパーさんから助言や実体験を交えて、学ばせて頂いた。母と共に暮らせるのなら何のことはないのだ。



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