第22話:馬鹿の育成ゲームと、蠢く陰謀
二学期が始まってから、俺(御堂司)の日常には、新しい「面倒」が加わっていた。
紀伊国屋優子だ。彼女は毎朝、律儀に俺の家まで迎えに来るようになった。
「司くん、おはよう!」
弾むような声で挨拶する優子の横を歩きながら、俺は心の中で大きな欠伸を噛み殺す。彼女が語る、流行りのスイーツだの、昨日のテレビ番組だのといった、どうでもいい他愛のない話。それを聞き流しながら、放課後の予定を決める。
(……これが『何気ない幸せ』ってやつか? 他の奴らは、この果てしなく退屈で虚無な時間を、幸せだと感じるんだろうか)
俺には、ただの時間の無駄にしか思えなかった。
中学三年生の二学期。世間は受験シーズン真っ只中だ。優子も先日、防衛予備隊の試験にギリギリで合格していた。あとは本番の入試だけだ。
彼女は、俺に合わせて志望校を第一帝都学園に変更したらしい。元々成績は悪くないようだが、今の実力では帝都学園は高すぎる壁だ。一方、俺は模試でS判定以外を出したことがない。
(……あいつを帝都学園に入れるために、俺が直々に勉強を仕込んでやるのも、面白い玩具になるかもしれないな)
そんな歪んだ娯楽を見出した俺は、放課後、お互いに時間があれば優子を図書館へ連れていき、勉強を見ることにした。世間一般では「一緒に勉強デート」と呼ぶのだろうが、俺にとっては「愚か者の育成ゲーム」に過ぎなかった。
と言っても、優子はなかなか飲み込みがよく、教えたことをすぐに吸収する。その様子は、俺の想定以上に順調で、俺的には満足しているのである。
甘ったるく、空虚な学園生活が過ぎていく。まぁ、たいくつではあるが。
***
一方、俺の知らない場所で、蠢く影があった。
防衛予備隊の試験会場で、俺の異常な数値を目の当たりにした、あのやせ細った白衣の男。軍の人間強化研究所所長、葦原。
彼は今、地下深くの研究所で、実験体1号の再調整を行っていた。1号は「パーフェクトヒューマン計画」の祖体であり、葦原が総力を挙げて作り上げた万能型の強化人間だ。しかし、試験で叩き出された俺のデータは、頭脳、筋力、全ての面において1号を凌駕していた。
「あんなバケモノが、この世に居るとは……」
葦原は、培養液の中で眠る1号を見つめ、恐怖と、それを超える執着に身を震わせていた。俺という存在を知った今、1号は未完成の失敗作に過ぎない。
彼は1号の修正と並行して、さらに3体の実験体の調整を急いでいた。これらは、俺に対抗するためではなく、ある戦場へ実戦配備するためのものだ。
その実戦の舞台となるのは、一つの半島を南北に分断する二つの国家。南の蒼国と、北の北蒼共和国。瑞穂の調略もあり、冷戦状態にあったこの二国の関係は、急速に悪化していた。調整中の実験体たちは、この動乱に投じられる予定だった。
***
この国際情勢の悪化に、諜報局長神崎もまた、東奔西走の日々を送っていた。瑞穂の利益を確保するため、彼は裏で数々の工作を指揮していた。
***
そして。
クロノス(司)に支配された秘書たちと、同じく俺の「支配」下にある女スパイ・氷川桔梗は、東都湾に浮かぶ海中都市ディープ・エデンに来ていた。
かつては瑞穂の新たな理想郷として期待されたこの都市も、今では瑞穂の規格にあわない落伍者が住むスラムと化していた。
薄暗いバーの奥、桔梗とアルカディアのメンバーが揃った。
「司様の、あの異常なデータ……。瑞穂政府は、あれをどう扱うつもりかしら」
桔梗が、カクテルグラスを弄びながら呟く。
「神崎局長は、あのデータを上層部の一部にしか開示していないようですが……」
沙耶香が、乃亜が持ち込んだ端末を見つめながら答える。
「いずれにせよ、司様が退屈されていることに変わりはありませんわ」
赤城が、静かに唇を噛む。
彼女たちの視線は、虚空の先にある唯一の神――御堂司に向けられていた。
「……なら、私たちが司様に、極上のエンターテインメントをプレゼントして差し上げなきゃね」
静流が、狂気的な笑みを浮かべる。
彼女たちの歪んだ忠誠心と情欲が、スラム化したディープ・エデンで、新たな「計画」を形作ろうとしていた。それは、瑞穂政府すら巻き込む、巨大な暴走の始まりとなる。




