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第21話:擬似的な青春と、退廃の残り香

夏の終わりを告げる湿った風が吹く朝。

 俺(御堂司)は目を覚まし、いつものようにリビングへと降りていった。

「司、おはよう。今日は始業式ね」

 母が、いつもと変わらぬ穏やかな、それでいてどこか盲目的な笑顔で声をかけてきた。

「母さん、おはよう」

 俺もまた、絵に描いたような優等生の仮面を被り、明るく挨拶を返す。階段から降りてきた父にも同じように挨拶をした。

 陽光が差し込む平和な食卓。何の不自由もない、完璧に調和した家族の肖像。

(……反吐が出るほど退屈だ)

 もし今、この幸福の絶頂にいる父の目の前で、俺が母を無残に犯したら、この男はどんな絶望の表情を浮かべるのだろうか。そんな黒い思考が脳裏をよぎったが、俺はそれを静かに飲み込んだ。まだ、その時ではない。

「……あ、そういえば父さん。今日はなんだか機嫌がいいね」

 俺が何気なく尋ねると、父は破顔した。

「ああ、実はな。行き詰まっていた仕事のプロジェクトが、信じられないほど急進展したんだよ。これで瑞穂の守りは鉄壁になる」

 父の担当は、超弩級戦艦『瑞穂武尊みずほたける』の新防御システムの開発。昨夜、俺が『クロノス』として神崎に渡した「小型電磁バリア」の設計図が、さっそく父の手元に届いたのだろう。

(……俺が暇つぶしで作ったシステムのおかげだろ。親孝行な息子だよな、まったく)

 内心でそんな皮肉を呟きながら、俺は優等生らしい完璧な笑顔を作った。

「それは良かったね、父さん」

「ははは、ああ。司、お前の防衛予備隊の成績も重なって、我が家は今、春が来たみたいだよ」

 母も嬉しそうに微笑む。俺が暇つぶしで投下した技術が、回り回ってこの退屈な家庭に偽りの幸福をもたらしている。ここで悲劇的なことを起こすのも面白いが、まぁやめておこう。今はただ、滑稽な光景を眺めていればいい。

 ***

 制服に着替え、学校へと向かう。

 教室のドアを開けた瞬間、熱狂的な歓声が俺を包み込んだ。

「司! 聞いたぞ! 防衛予備隊の試験、パーフェクトだったんだってな!?」

「歴史始まって以来の快挙だって先生たちも大騒ぎだよ!」

 級友たちが次々と俺を取り囲み、羨望と尊敬の眼差しで質問を浴びせてくる。

「どんな問題が出たんだ?」「百メートル、何秒で走ったの?」

 俺は心の中でうんざりするような拒絶感を覚えながらも、頬の筋肉を完璧にコントロールして、謙虚な英雄の笑顔を浮かべ続けた。

「いや、運が良かっただけだよ」「みんなも頑張ればきっといけるって」

 自分でも呆れるほど完璧な演技。中学生という狭い檻の中で、俺は神が人間に化ける退屈さを噛み締めていた。

 始業式が終わり、放課後。

 俺はほんの少しだけ【魅了・フェロモン】を漂わせ、紀伊国屋優子を屋上へと誘い出した。

 前回のデートで「期待外れ」だと思わせたせいか、優子はどこか自信なげに俯いていた。その幼い横顔に、俺は甘く、それでいて儚げな声を投げかける。

「……優子ちゃん、ごめん。あの日のデート、僕、すごく緊張しちゃってて」

 俺は「自分は本当は自信がないこと」「優子ちゃんのような素敵な女の子と一緒にいると、自分が不釣り合いに思えて怖かった」という、吐き気のするような嘘の告白を並べた。

「本当は、ずっと優子ちゃんのことが好きだったんだ。僕と……付き合ってくれる?」

 優子の瞳が、驚きと喜びに大きく見開かれた。

「……私、司くんに嫌われちゃったんだって、ずっと落ち込んでたの。嬉しい……私でよければ、よろしくお願いしますっ!」

 顔を真っ赤にして、一生懸命に頷く優子。

 前世の俺が夢見ていた、純真で淡い「中学生の告白」。だが、それを手に入れた今の俺の心は、凍てついたように冷めたままだった。

 その後、俺たちは街のコーヒーショップへと向かった。

 優子は、最近流行っているスイーツの話や、高校受験への不安、それから冬休みにはどこに行きたいかといった、あまりにも他愛のない、瑞々しくも幼稚な話を一生懸命にしてくれた。

「司くん、高校はやっぱり帝都学園なんだよね? 私も頑張って追いかけるね!」

「うん、優子ちゃんなら絶対大丈夫だよ」

 テーブルの下で、優子の手が恐る恐る俺の手に触れた。指先が震えている。俺はその手を優しく握り返した。ただそれだけで、彼女は世界一の幸福を手に入れたような顔をして、愛おしそうに俺の目を見つめ返してくる。

 夕暮れ時、駅の改札前。

「あの……また明日、学校でね。司くん」

 優子は名残惜しそうに俺の手を離し、何度も振り返りながら手を振って帰っていった。

 その背中を見送りながら、俺の表情から一切の熱が消えた。

「……だっる。何これ」

 中学生の恋愛ごっこ。想像以上に退屈で、エネルギーの無駄だった。

 だが、この空虚な「口直し」には、もっと濃密で、汚濁に満ちた毒が必要だ。

 ***

 俺の足は、いつの間にかいつもの場所へと向かっていた。

 星野くるみの住む、あの退廃的なマンション。

 チャイムを鳴らすと、ドアの向こうから「……どちらさまですかぁ?」と、甘ったるく舌足らずな声が聞こえてきた。

「司だ」

 鍵が開く音がして、ドアが開く。その瞬間、くるみが弾かれたように飛び出してきた。

「司くん……! また来てくれたのぉ? 嬉しい……っ!」

 部屋に入ると、そこは相変わらずの『汚部屋』だった。ゴミ袋と衣類が散乱した、人間らしい生活など微塵も感じられない、ただ淫靡な匂いだけが立ち込める空間。

 だが、それが今の俺には心地よかった。

 くるみは、司の制服に手をかけると、狂信的な信者のような手つきでボタンを外していく。彼女の潤んだ唇が俺の首筋を這い、セクシーな舌が鎖骨から胸元へと、ねっとりと愛撫を広げていった。

「司くん……はやく、くるみをぐちゃぐちゃにして……っ」

 舌足らずな甘い声で喘ぎながら、彼女の指先が俺のベルトを解く。あらわになった俺の熱い塊を、彼女は火照った顔で見つめ、愛おしそうに、そして卑猥にその口腔へと招き入れた。

「……シャワー浴びるぞ。くるみ」

 俺が低く命じると、彼女は力なく頷いた。

 シャワー室。立ち上る湯気の中で、くるみの放漫な裸体が黄金色に輝いていた。

 彼女は豊かな胸を俺の身体に押し付け、全身を柔らかいクッションにして俺を洗っていく。そのしなやかな肢体は、どんな高級な寝具よりも心地よく、背徳的な快楽を与えてくれた。

 俺もまた、能力を全開にした指先で、彼女の身体を泡立てながら洗った。

 くるみの喉からは、生々しく、そしてどこか壊れたような甘い悲鳴が漏れる。俺が彼女の最も敏感な真珠と、蜜の溢れる裂け目を同時に激しく擦り上げた瞬間、くるみは大きくのけぞり、シャワーの飛沫の中で一気に絶頂へと登り詰めた。

「あ、あぁぁぁっ! 司くん、だめっ、このまま……ここで、入れてぇっ!」

 懇願する彼女を壁に押し付け、俺は容赦なく彼女の深淵へと、楔を突き立てた。

 バシャバシャと水音が響く中、激しく打ち付けられる肉体。くるみは狂ったように首を振り、舌足らずな叫びを上げた。

「司様ぁ! もっと……もっと私を、中から壊して下さいぃっ……!!」

 俺は彼女を抱きかかえ、ゴミの山に埋もれたベッドへと連れて行った。

 さらに激しさを増す結合。肉と肉がぶつかり合う卑猥な音が部屋中に響き渡る。幾度となく波が押し寄せ、くるみが白目を剥いて何度も果てる中、俺は彼女の決して許されない最も深い聖域へと、熱い白濁を余すところなく放流した。

 ***

 事後。

 俺はさっさと制服を着直し、部屋を出ようとした。

「司くん……もう、帰っちゃうんですかぁ……?」

 ベッドの中でシーツにくるまり、捨てられた仔犬のような瞳でくるみが囁く。

「家族が心配するからな。今日はもう帰る」

 俺は一度も彼女を振り返ることなく、冷たく言い放って部屋を後にした。

 夜の道を走りながら、俺はぼんやりと考えた。

「……まぁ、少しはスッキリしたか」

 紀伊国屋優子との「光」の恋愛ごっこ。そして、星野くるみとの「影」の退廃的な情事。

 この二人の対極にある女たちをローテーションで回していけば、この先数ヶ月は多少の退屈しのぎにはなるだろう。

「あーあ。……本当に、つまんねぇ世界」

 神の力を持った十五歳の少年は、夜の静寂の中へ、誰にも聞こえない虚無の言葉を吐き捨てて消えた。

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