第20話:絶対防壁と、退屈すぎる夏休みの終わり
夏休み明けまで、あと数日と迫ったある日の朝。
いつものように退屈な朝食を済ませた俺(御堂司)のスマートフォンが鳴り響いた。画面に表示された『神崎』という名前を見て、俺は「またかよ」とため息をつきながら通話ボタンを押した。
『……私だ』
電話越しに聞こえてきたのは、かつてないほど濃密な敵意と殺気を孕んだ声だった。
「おや、おはようございます。どうっすか? 佳奈さんとは上手くいってます?」
俺がわざとヘラヘラ笑いながら地雷を踏み抜くと、電話の向こうでギリッと歯軋りする音が聞こえた。
『……ああ。佳奈の形をした“精巧な人形”とは、うまくやっているよ。かつての佳奈の面影など、微塵もないがな』
「まぁ、いいじゃないっすか。ずっと未練たらたらだった元嫁を取り戻せたんだから」
さらに挑発を重ねる俺に、神崎は怒りをぐっと喉の奥に押し込めるようにして言った。
『……貴様に、また依頼がある。今日、今すぐ局へ来い』
「了解でーす」
俺は軽い口調で電話を切り、軽く準備をしてから、能力を使って猛ダッシュで国家情報省のビルへと向かった。
あっという間に到着し、仮面をつけて『クロノス』の姿で神崎の執務室のドアをノックする。
中に入ると、神崎と村上の他に、二十名ほどの見知らぬ男たちがずらりと並んでいた。皆、神経質そうな顔つきに分厚い眼鏡や疲労のクマを浮かべている。
「おやぁ。まさかこの人数で、私を袋叩きにしようってわけじゃないですよね?」
俺が冗談めかして言うと、神崎は憎々しげに睨みつけてきた。
「貴様に物理で敵うわけがないことくらい、嫌というほど分かっている。今日お前に頼みたいのは、我が国のサイバー防衛システムの再構築だ。以前、お前にいとも容易く侵入されたからな。今回は一億出す。その代わり、今日一日で完璧なものを作れ。防衛予備隊の検査をオール・パーフェクトでクリアした男だ、それくらいは出来るだろう?」
嫌味混じりに言う神崎は、さらに背後の男たちを示した。
「ここにいるのは、我が国が誇る最高峰のホワイトハッカーたちだ。彼ら全員のハッキングを防ぎきれば、お前の勝ちだ。だが、万が一お前の作った防壁が突破されたら……俺の勝ちだ。その時は、佳奈の洗脳を解いて元に戻してもらうぞ」
どうやら、これが本題らしい。
俺は肩をすくめた。
「いいっすよ。でも、洗脳解いたら佳奈さん、間違いなく実家に帰っちゃいますけどいいんすか? 本当の彼女は、もうあなたになんかこれっぽっちも興味ないですからねぇ」
「……構わん。始めろ」
血を吐くような神崎の言葉に、俺は軽く手を挙げた。
「言っておくが、今回は秘書の立ち入りは禁止だ。いいな?」
神崎がすかさず釘を刺してくる。どうやら俺が女たちとよろしくやっていることまで警戒しているらしい。
「なんだよ、後出しジャンケンかよ」
俺は文句を言いながら、案内された極秘のコンピュータルームへと足を踏み入れた。
***
誰もいない無機質な部屋で、俺は一人、キーボードの前に座った。
(……正直、退屈しのぎにもなんねぇな)
せめてあの秘書たちがいてくれれば、下半身の世話でもさせながらプログラミングできたのに。
「あーあ、女がいればまだマシだったのになぁ……」
そんな愚痴をこぼしながら、俺はカンストした【知能】と【器用さ】を全開にした。両手は残像すら見えないほどの速度でキーボードを叩き、何万行という複雑怪奇なプログラムコードが滝のようにモニターを流れていく。
――きっかり一時間後。
俺は執務室のドアを開けた。
「終わったっすよ」
俺の言葉に、村上が信じられないという顔で怒鳴った。
「貴様! 流石にこの時間で国家の防衛システムが組めるわけがないだろう! 舐めているのか!」
「じゃあ、試しにそこにいる連中でハッキングして、防壁をぶっ壊してみてくださいよ」
俺が手招きすると、二十人のホワイトハッカーたちは一斉に自前のハイスペックPCを開き、獰猛な笑みを浮かべて一斉にカタカタと攻撃を開始した。
……しかし。
わずか数分後。
「な、なんだこれは……!?」
「くそっ、弾かれた!? いや、違う! 逆探知されてる!」
「キーボードが効かない! 制御不能だ!」
ハッカーたちが次々と悲鳴を上げた。彼らのPC画面が真っ赤に染まり、エラーメッセージが乱舞したかと思うと、ハードディスク内のすべてのデータがハッキング先のサーバーへと強制的に吸い上げられ、最後には各々のPCがショートして完全に沈黙してしまったのだ。
「……どうです?」
唖然とする村上に、俺はニヤリと笑いかけた。
「貴様、何をした……!」
「簡単っすよ。この防壁、ただ守るだけじゃないんです。触れようとした相手のPCに自動で逆ハッキングを仕掛けて、相手の端末とデータを丸ごとぶっ壊す仕組みにしたんです。攻撃は最大の防御。触れる者みな破壊する、最強の防壁でしょ?」
俺の悪辣で容赦のない性格をそのままプログラムにしたような『絶対防壁』。
生き残った一人のハッカーが感染に気づき、他の仲間たちに警戒を呼びかけようとしたが、時すでに遅し。すべての端末は完全に破壊され、彼らはこれまでの人生で味わったことのない完全な敗北にうなだれていた。
「んじゃ、バイト代の一億、よろしくっす!」
俺は呆然とする神崎の机を軽く叩き、ポケットから一つのUSBメモリを取り出してポンと置いた。
「あとこれ。防壁があんまりにもすぐ出来ちゃって暇だったんで、おまけでこんな設計図も作ってみました。じゃ、今度はもっと面白い暇つぶし、用意しといてくださいねぇ」
俺はひらひらと手を振りながら、地獄のような静寂に包まれた執務室を後にした。
***
その後、クロノスが置いていったUSBメモリのデータを確認した国家技術省は、狂乱の渦に包まれることになる。
そこに入っていたのは、これまで理論上は可能でも絶対的に小型化が不可能だとされていた『国土防衛用・電磁バリア』の設計図だった。しかも、防御力はそのままに、圧倒的な省燃費と小型化を実現している。
後日、その完璧すぎる設計が証明され、すでに建造後、実践運用されており、現在はさらなるアップグレードのために極秘裏にドック入りしている超弩級戦艦『瑞穂武尊』の改修追加プランとして、このバリアの搭載が決定することとなる。
だが、国家の軍事バランスを根底から覆すような大事件の裏で。
当の俺は、自室のベッドに寝転がりながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
「……明日から、学校かぁ」
世界を裏から支配する情報省を弄び、最強の暗殺者を肉片に変え、国家の未来すら暇つぶしで塗り替えた。
普通なら刺激的とすら言えるはずのこの夏休み。だが、神の力を持ってしまった俺にとっては、そのすべてがひたすらに退屈で、あくびが出るほどつまらない時間でしかなかった。




