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第18話:最速の凶器と、北の果てに散る赤い霧

十五歳の誕生日――もとい、防衛予備隊の極めて退屈な検査を終えた数日後の朝。

 いつものように実家のダイニングでトーストをかじっていると、俺(御堂司)のスマートフォンが下品なバイブレーションを響かせた。

 画面に表示された名前は『神崎』。

(……なんだ、あのおっさん。また面倒くさい難癖でもつけてくるのか?)

 舌打ちしたい気持ちを抑え、俺は仕方なく通話ボタンを押した。

『――やあ、おはよう。防衛予備隊検査、史上初のオール・パーフェクトという快挙、おめでとう。君の人間離れしたデータを見て、軍の上層部は蜂の巣をつついたような騒ぎだよ』

 耳元から聞こえてきたのは、嫌味と皮肉がたっぷりと練り込まれた神崎の称賛だった。

「あー、どうもありがとうございます」

 俺は心底面倒くさそうに返事をした。

『ところで、少し大事な話があってね。今から局まで来てくれないか?』

「話があるなら、神崎さんの方から来ればいいじゃないっすか」

 面倒な外出を断ろうと軽口を叩く俺に、神崎は低く笑った。

『用があるのは“クロノスくん”にだからね。国家情報局の人間がずらずらと君の家に押しかけて、親御さんに君の裏の顔を知られてもいいなら、今すぐお邪魔するが?』

「……まったく、減らず口の叩き方だけは超一流ですね」

 俺はため息をつき、残りのトーストを口に放り込んだ。

「わかりました。朝飯食い終わったら、すぐ行きますよ」

 ***

 国家情報省の地下駐車場。

 呼び出された俺を待っていたのは、神崎と、その傍らに立つ老将・村上だった。

「今回の任務は極めて危険だ。クロノス君、頼んだよ」

「はいはい、かしこまりっと」

 神崎の重々しい言葉を適当に聞き流す俺に、村上は無言で二つのアイテムを差し出した。

 一つは、異様な威圧感を放つ巨大なリボルバー拳銃。

「『ライノケロス 40DS』。かつての革命で、私が愛用していたものだ。銃身が下部にある異形の構造で、跳ね上がりを極限まで抑え込んでいる」

 そしてもう一つは、無骨なデザインの車のスマートキーだった。

「私の愛車だ。持っていけ」

 村上の視線の先には、漆黒のスポーツカーが静かにうずくまっていた。

『RZ-7 Type-FC』。トヨクニという巨大メーカーが開発したものの、危険すぎるとして封印されたオーバーテクノロジーの結晶だという。

「ボディには『超弾性リアクティブ・アーマー塗料』が施されている。いかなる物理的衝撃も分散させ、ロケット弾の直撃すら弾き返す。そしてエンジンは、ロータリーの限界を突破した『電磁アシストターボ』と『ハイパーブースト』を搭載。極めつけは、車体後部から展開される三ツ星重工製の『超高性能小型レールガン』だ」

(……いや、どんだけ中二病全開の車だよ)

 正直、俺の足で走った方が圧倒的に速いし、銃なんてデコピン以下の威力しかない。だが、たまにはこういう「男のロマン」的な玩具で遊ぶのも暇つぶしには悪くないだろう。

「でも、俺、まだ十五歳ですよ? 免許なんて持ってないですけど」

 俺が当然の疑問を口にすると、神崎は村上に顎でしゃくった。村上が手渡してきたのは、特殊なホログラムが刻まれた一枚のカードだった。

「諜報局特権の免罪符だ。どんな交通違反を犯そうが、警察には君を止める権限はない。独裁軍事国家ならではの特権だよ」

「へえ……。まぁいいか、たまにはドライブでもしてきますよ」

 ターゲットは、青津(青森)の港から羅州へと亡命しようとしている工作員。村上の育てた一番弟子であり、現役時代の村上すら凌駕する天才的な暗殺者『霧谷きりたに 弦十郎げんじゅうろう』だという。

 顔写真だけを受け取り、俺は漆黒のRZ-7のシートに沈み込んだ。

 ――キュゥゥゥンッ……ドリュリュリュリュリュッ!!

 独特のロータリーエンジンに火を入れると、地下駐車場が震えるほどの咆哮が響いた。

 俺はカンストした【器用さ】と【敏捷】で、初めての運転にも関わらず、プロレーサーすら凌駕するハンドリングでRZ-7を地下から発進させた。

 高速道路に出た瞬間、俺はハイパーブーストのスイッチを弾いた。

 凄まじいGがシートに身体を押し付ける。電磁アシストターボが甲高い悲鳴を上げ、景色が線となって後方へ飛び去っていく。

(……すげえな、この車)

 前世で乗っていた、エアコンも効かないサビだらけの中古軽自動車とは次元が違う。時速三百キロを優に超えているというのに、超弾性アーマーと完璧な空力計算のおかげで、車体はまるでアスファルトに吸い付いているかのようにブレ一つない。

 前方から現れる一般車両を、数ミリの隙間を縫うようにスラロームでぶち抜いていく。オービスは幾度となく赤く光り、パトカーとすれ違いもしたが、諜報局のコードを発信しているこの車を追跡しようとする愚か者は一人もいなかった。

「……ははっ、いい暇つぶしにはなるな、これ」

 俺は窓を少し開け、爆風を顔に浴びながらアクセルを踏み込んだ。東都から北の果て、青津まで。普通なら半日かかる距離を、俺はわずか四時間と少しで駆け抜けてみせた。

 ***

 青津の街に到着した俺は、車を降りて大きく背伸びをした。

 冷たい海風が頬を撫でる。さて、村上の愛弟子とやらはどこにいるのか。俺は【気配察知】の能力を解放し、街全体から「殺気」を探った。

「お、あっちにいくつかあるな」

 濃厚な殺気を感じた廃ビルへと足を運ぶ。だが、そこにいたのは、金属バットや違法なチャカで武装した地元の半グレや暴走族の溜まり場だった。

「あァ? なんだテメェ、ガキが迷い込ん――」

 凄むチンピラの顔面に、俺は歩きながら軽くデコピンを放った。

 ドゴォォォォンッ!!

「あべっ!?」

 男の身体はボーリングのピンのように吹き飛び、背後のコンクリート壁にめり込んで絶命した。

「……なんだ、ハズレか。まあいい、準備運動だ」

 パニックに陥り、一斉に発砲してくるヤクザ共の弾丸。俺はそれを欠伸をしながら首を数ミリ傾けて全弾回避し、彼らの間をすり抜けながら、軽く肩をぶつけ、指先で弾き、足払いをかけた。ただそれだけで、数十人の武装集団は文字通り「血の海」に沈み、あっという間に三つの反社組織が壊滅した。

(……つまんね。どこにいるんだよ、天才とやら)

 街中を散歩し終えた俺は、あることに気づいた。

 逆に「殺気が無さすぎる」奇妙な空白地帯がある。

 人気のない、うらぶれた第4埠頭。俺はゆっくりとそこへ向かった。

 錆びたコンテナが立ち並ぶ広場に、一人の男が立っていた。

 長身で、着流しのようなコートを着た男。周囲の物陰からは、神崎が配置したであろう監視役の気配が複数感じられる。

「……神崎の犬か?」

 男――霧谷弦十郎が、静かに振り返った。

「いや? ただのアルバイトだけど」

 俺が冗談めかして軽口を叩いた瞬間。

 弦十郎の腕がブレた。常人の目には絶対に捉えられない速度。男の手にはいつの間にか二丁の大型拳銃が握られ、俺の眉間、心臓、両膝に向けて、狂いなく四発の銃弾が放たれていた。

(……おそ)

 俺は、飛来する銃弾の軌道をスローモーションのように見つめながら、首を数ミリずらし、飛んできた弾丸の一つを素手で「パシッ」と掴み取った。

 グシャリ。

 鋼鉄の弾頭を、粘土のように指先で握り潰す。

「……ッ!? きさま、銃闘術の使い手か!?」

 弦十郎が驚愕に見開いた目を向けてくる。

「またかよ。そんなの知らねぇよ。……なんだ、村上のおっさんが『俺を超える最強の弟子』とか煽るから、少しは楽しめるかと思ったのに」

 俺は深く、深くため息をついた。

 そこから弦十郎は、まるで演舞のようにトリッキーな動きでコンテナを蹴り、空中から全方位射撃を仕掛けてきた。だが、俺は一歩も動くことなく、飛んでくる銃弾をペチペチとハエでも払うように弾き落としていく。

 ……もういい。飽きた。

「じゃあな。北の大地の土になれ」

 俺は、十メートル以上離れた空中にいる弦十郎に向け、右の拳を軽く握り……フルパワーで、ただ前方に突き出した。

 ドォォォォォォォォォンッ!!!

 俺の拳から放たれた『風圧』が、物理的な破壊の竜巻となって空間を削り取った。

 分厚いコンクリートの地面がクレーターのように粉砕され、背後にあった巨大なコンテナ倉庫が飴細工のように吹き飛ぶ。

 そして、その圧倒的な衝撃波をモロに食らった弦十郎の身体は。

「が、あ――ッ!?」

 一瞬にして破裂し、何かの冗談のように、ただの「赤い霧」と細かい肉片になって、北の海へと散っていった。骨の一片すら残っていない。

「……くぁ〜、つまんねぇ。最高につまんねぇ。帰ろ」

 返り血一滴浴びることなく、俺はポケットに手を突っ込んで踵を返した。

 ***

 その頃。東都の国家情報省、地下司令室。

 現地に潜伏していた監視役からの報告と、送信されてきた短い動画ファイルを見た神崎と村上は、恐怖で完全に言葉を失っていた。

「……なんだ、あれは。私の最高傑作が……ただの、素振りの風圧で……消滅した、だと……?」

 村上の手が震え、持っていた葉巻が床に落ちる。

「……我々は、あの化け物の首に、いつまで首輪をつけていられるんだ……?」

 神崎は、胃の奥が冷たく締め付けられるのを感じながら、モニターに映るクロノスの背中を見て絶望に震えていた。

 一方、RZ-7の運転席に戻った俺は、エンジンをかけながら、ふとあることを思いついた。

(……そういえば、この近くの街に、神崎の元嫁の佳奈がいたな)

 散々慰み者にした挙句、放置していた哀れな牝犬。

 俺の脳裏に、酷く意地悪で、残酷な『気まぐれ』が浮かんだ。退屈しのぎのスパイスには、ちょうどいいかもしれない。

「よし。ちょっくら、お土産でも作って帰るか」

 俺は悪魔のような笑みを浮かべ、漆黒のスポーツカーを夜の街へと走らせた。

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