第11話:退屈な神の戯れと、崩壊する英雄
月曜日。
東都秀英中学校の教室の窓から退屈な青空を見上げながら、俺(御堂司)は昨日の「小旅行」の余韻を微かに感じていた。
秋嵩まで足を伸ばし、この国の英雄が執着してやまない気高き元妻を、徹底的に牝犬へと作り変えてやった。あの動画に収められた絶望的なまでの服従の記録は、俺の乾いた心にほんの少しだけ、質の悪い満足感を与えてくれていた。
だが、それも一晩寝れば過去のことだ。
結局のところ、月曜日の中学校生活はひどく退屈で、あくびを噛み殺すのすら面倒になってくる。
俺は昼休みのチャイムが鳴ると同時に立ち上がり、校舎の片隅にある埃っぽい体育準備室へと足を向けた。
薄暗い室内には、すでに一人の「雌」がひざまずいて待機していた。
国家情報省の冷徹なスパイであり、今は俺の忠実な奴隷として潜伏している女教師、黒崎レイだ。
「……お待ちしておりました、ご主人様」
レイは俺の靴音を聞いただけでビクンと肩を震わせ、頬を紅潮させている。タイトなスカートから覗く足は、すでに内側から湧き上がる熱で小刻みに震えていた。
「神崎の居場所は?」
「はい……っ。本日は終日、国家情報省の本部ビル、最上階の局長室に詰めているとのことです」
「そうか。上出来だ」
俺が短く褒めると、レイは「あっ……」と熱い吐息を漏らし、すがりつくように俺の足元を見上げた。その瞳は、飢えた犬のように「ご褒美」を求めている。
(……まあ、いいか。有益な情報を拾ってきた犬には、餌をやっておかないとな)
とはいえ、昼休みの時間は限られている。ねっとりと時間をかけて調教してやるような暇はない。俺は彼女の腕を乱暴に掴み、パイプ椅子の上へと無造作に押し倒した。
「ひゃあっ……!? ご、ご主人様……っ、あぁっ……」
「時間がない。手短に済ませるぞ」
俺は感情のない冷たい声で告げると、彼女のブラウスのボタンを引きちぎる勢いで乱暴に外し、露わになった胸元に手を滑らせた。カンストした【魅了・フェロモン】の蛇口を一気に全開にし、情熱も愛着も一切ない、ただの「作業」のように彼女の敏感な肌を蹂躙していく。
「あぐっ! ひぎぃっ……! あ、あぁぁぁっ!!」
俺の手つきは、まるで道具を扱うように雑で、荒々しいものだった。だが、彼女にとってはそれが逆に、圧倒的な「支配者と奴隷」という絶対的な関係性を脳髄に刻み込まれる至高の快楽となっていた。
俺の指先が彼女の柔らかな肌を強く弾き、乱暴にまさぐるたび、レイは白目を剥きそうになりながら、パイプ椅子の上で狂ったように腰を跳ねさせる。
「すご、ぃっ……! ご主人様の、匂いっ……もっと、もっと雑に、私を……っ」
「うるさい。大人しく啼いてろ」
俺は彼女の懇願すらも冷たく切り捨て、そのまま彼女の最も熱い部分へと、一切の焦らしもなく容赦なく己を沈み込ませた。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!」
狭い準備室に、悲鳴のような甘い嬌声と、肉が激しくぶつかり合う卑猥な音が響き渡る。俺は時計の針を横目で見ながら、ただ物理的な快楽と圧倒的なフェロモンだけを、作業的に、しかし暴力的なまでの出力で彼女の奥底へと叩き込み続けた。
愛などない。情熱もない。ただの暇つぶしの延長線上にある、雑な慰み。
だが、その冷酷なまでの扱いの雑さが、レイの精神を完全に焼き切っていた。彼女は俺の背中に爪を立て、よだれを垂らしながら、数分の間に何度も激しい痙攣を繰り返し、絶頂の波に溺れていった。
「……ふぅ。まあ、こんなもんだろ」
俺が身支度を整え、冷ややかに見下ろすと、パイプ椅子の上には、完全に満足しきってだらしなく微笑む一匹の雌豚が横たわっていた。
「あぁっ……司様……最高、でした……っ。私、いつでも……」
「ここで待機してろ。俺は少し、本部の局長殿に挨拶に行ってくる」
俺はだらしなく緩んだレイを放置し、体育準備室を後にした。
***
午後。
大鷹内閣の暗部を担う、国家情報省本部ビル。
周辺には武装した警備員が巡回し、あらゆる死角に最新鋭の監視カメラと生体センサーが張り巡らされている。この国で最も警備が厚いとされる要塞だ。
だが、俺のカンストした【知覚・察知】の前では、監視カメラの首振りのタイミングも、センサーの死角も、まるでゲームのチュートリアル画面のように透けて見えていた。
(……さてと。着替えるか)
死角となる路地裏で、俺は東都秀英中学校の制服から、軍服風のコートと鉄仮面の姿へと変身した。
そして、【敏捷】のステータスを解放する。
ヒュンッ!!
俺の身体は重力を無視した黒い影となり、要塞の壁を駆け上がった。
警備員の視界の端を通り抜けても、彼らはただの「突風」としか認識できない。赤外線センサーの網の目を、ミリ単位の身体操作で潜り抜け、俺は一切の警報を鳴らすことなく、あっという間に最上階の局長室の前へと到達した。
圧倒的な力で侵入しておきながら、俺はあえて行儀よく、コンコンと重厚なマホガニーのドアをノックした。
「……入れ」
中から、低く威厳のある声が響く。と同時に、電子ロックが自動で解除された。
ドアを押し開けて中に入ると、そこには広い執務室があり、巨大なデスクの奥に二人の男がいた。
一人は、革命の英雄としての面影を残す、鋭い眼光の初老の男――現局長の神崎。
もう一人は、黒いスーツにサングラスをかけた、体格の良い男だった。
見ず知らずの鉄仮面の怪人が、一切の警報を鳴らさずに局長室に現れた異常事態。
二人の顔が、驚愕と極度の警戒に強張った。
「……貴様、ここへ何をしに来た!?」
サングラスの男――村上が、怒声と共に懐から素早く大型の拳銃を抜き放った。
かつてクーデターの時代を生き抜いた「暁」のメンバーであり、前局長でもある彼の身のこなしは、洗練を極めていた。彼自身が極限まで修練を積んだ『銃闘術』の構え。
だが、銃口を向けられたその瞬間、俺の脳内は全く別のことで占められていた。
(そういえば……俺、この姿の時に名乗る名前を、まだちゃんと決めてなかったな)
東都の不良どもからは勝手に『鉄仮面』と呼ばれていたが、ダサすぎる。
(なにかカッコいい名前はないか……前世で読んだ漫画の組織名とか……)
俺がぼんやりと虚空を見つめ、考え事をしていたその時。
ダァンッ!! ダァンッ!!
村上が、容赦なく引き金を引いた。銃闘術の極意から放たれる、眉間と心臓を正確に狙った回避不能の二連射。
――だが。
俺は、首をほんの数ミリだけ傾けて一発目の銃弾を躱し、心臓に迫った二発目の銃弾を、コートのポケットから出した右手の人差し指と親指で、ふわりと摘まんで止めた。
「……なっ!?」
チャリン、と。
変形した鉛の弾丸が、俺の指先からこぼれ落ちて絨毯に転がる。
村上と、背後の神崎は、息を呑んで完全に硬直した。
「ば、馬鹿な……。至近距離からの射撃を……。私の修めた『銃闘術』の、さらにその先を行くというのか……!?」
歴戦の猛者である村上が、震える声で尋ねてきた。
「……は? 銃闘術? なにそれ。知らないけど」
俺はそっけなく答えながら、ふと、一つの名前を思いついた。
(そうだ、クロノス。時間を支配する神の名前だっけ。これで行こう)
俺は、圧倒的な【威圧】と神にも等しい【カリスマ】の波動を、部屋全体にドロリと解き放った。
「私の名前は、クロノス。……ところで、二人の名前を聞かせてもらおうか」
空気が凍りつき、重力が何十倍にも跳ね上がったかのようなプレッシャー。
銃を構えたまま顔を強張らせる村上を庇うように、神崎が静かに、だが苦しげに前に出た。
「……村上さん、銃を下ろしてください。相手の次元が違いすぎる」
現局長である神崎が、深い敬意を込めて「さん」付けで呼ぶ男。村上はギリッと奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと銃を下げた。
「……私が、現在の局長である神崎だ。そしてこちらは、前局長であり、私が無理を言って補佐として残っていただいた、村上氏だ。……部外者が、この部屋に何の用だ」
「いいよ、警戒しなくても。今日は、お近づきの印に『お土産』を渡しに来たんだ」
俺はポケットから、二つの黒いUSBメモリーを取り出し、神崎のデスクの上に無造作に放り投げた。
「これは……?」
「見てみれば分かる」
神崎が震える手でメモリーをパソコンに接続し、中身のデータを展開した瞬間。
二人の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「神崎、こ、これは……っ!!」
一つ目のデータは、国家情報省が保有する、瑞穂のあらゆる機密情報を網羅した国家データベースの完全なコピー。
そして二つ目は、この国が極秘裏に建造を進めている最強の守護神、超弩級戦艦『瑞穂武尊』の改修内容と、未発表の新規武装計画の完全な設計図だった。
「ば、馬鹿な……。我が国の最高機密だぞ……! なぜ、これを……!」
神崎は、信じられないものを見る目で俺を凝視した。
「いや? ちゃちゃっとハッキングしたら、簡単に出てきましたよ。ザルすぎません? あの防壁」
俺は、コンビニでジュースを買ってきたかのような軽いノリで言ってのけた。
「……何が目的だ」
村上が、喉を震わせながら問う。
「これほどの機密を握っておきながら、なぜ我々の前に姿を現した! 貴様の組織の狙いは何だ!」
「何が目的、ねぇ……」
俺は首を傾げ、心底どうでもよさそうに答えた。
「いやぁ。ただ、暇だったから」
「……は?」
「だから、退屈しのぎですよ。お前らの最高機密を抜いてみたら、どんな顔をするかなって。それだけですけど」
かつて命を懸けて国を憂い、革命の激動を戦い抜いてきた二人の大人は、絶句した。
すでに女スパイ(レイ)からの報告が途絶えた時点で、鉄仮面の正体が中学生であることは予測していたはずだ。だが、中学生が単独で国家システムを破り、正面から乗り込んでくるなど、現実として受け入れられるはずがなかった。
「……クロノス。いや、御堂司くん」
神崎が、ついに俺の正体を示す名前を口にした。
(ああ、やっぱりバレてるよね。ご丁寧にスパイを中学校に送り込んできたんだから)
俺は「隠すのも面倒くさいな」と思い、顔を覆っていた鉄仮面を無造作に取り外した。
現れたのは、東都秀英中学校の制服を着た、端正で冷酷な少年の素顔。
「……君の望みは、国家転覆かな?」
神崎が、悲壮な決意を込めた目で俺を睨んだ。
「その強大な力で、この瑞穂を裏から支配し、新たな秩序を打ち立てようというのか」
「ぷっ……あはははは!」
俺は腹を抱えて笑い出した。
「国家転覆? それやったら、俺の退屈しのぎになりますか? 政治なんて、どうせ後処理がめんどくさいだけでしょう。俺はそんな壮大な志なんて、一ミリも持ってませんよ」
目的がない。志もない。ただ「暇だから」という理由だけで、国家を滅ぼせるほどの力を持て余している化け物。それこそが、彼らにとって最も理解不能で、恐ろしい真実だった。
「ああ、そうだ。神崎さんにもう一つ、個人的なプレゼントがあります」
俺は笑いを収め、ポケットからもう一つのメモリーを取り出してデスクに置いた。
「佳奈さんからの、ビデオレターです。昨日、休みの日にわざわざ俺が秋嵩まで行って、撮ってきたんですよ」
「……佳奈、だと……!?」
神崎の表情が、これまでのどんな機密情報を見た時よりも激しく動揺した。
彼は慌ててメモリーをパソコンに挿し込み、データを開いた。
――画面に映し出されたのは、あの気高く美しかった元妻、佳奈の姿。
だが、その肌は情欲で真っ赤に染まり、衣服は乱れ、抵抗する素振りなど微塵もなく、顔も知らない鉄仮面の怪人(司)の下で完全に奴隷と化している姿だった。
『あぁっ、司様ぁっ……! あの男(神崎)なんて、初めから退屈なだけでした……っ。貴方様の匂い……この熱に比べたら、あんな男の記憶、欠片も残りません……っ!』
「なっ……これは、佳奈くんか!? 馬鹿な、気高いあの子がこんな……っ!」
村上が、血相を変えて叫んだ。暁の時代から彼女を知る彼にとって、その映像はあまりにも残酷すぎた。
「神崎、もう見るな!! 動画を止めろ!!」
村上が手を伸ばそうとするが、神崎の目は画面に釘付けになったまま動かない。
「あ……あぁ……。か、佳奈……」
神崎の口から、魂が抜け落ちるような声が漏れた。
彼がどれほど愛し、どれほど未練を残していたか。その至宝が、目的すらない空っぽな少年の手によって、ただの暇つぶしとして蹂躙され、喜んで泥に塗れていく映像。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
神崎は涙を流し、デスクの上にうつ伏せになって号泣し始めた。国家の英雄としての威厳も、局長としてのプライドも、完全に崩壊していた。
「神崎……っ、しっかりしろ神崎!!」
村上が、悲痛な声でかつての同志の肩を抱きしめる。
「……感動してもらえて嬉しいですよ。元奥さん、なかなかいい感度でしたし、良かったですよ」
俺は、泣き叫ぶ初老の男と、彼を案じて歯を食いしばる歴戦の戦士を、冷たい目で見下ろした。
大人たちの重厚なドラマも、熱い絆も。俺からすればただのチープな悲喜劇に過ぎない。
相手をどん底に突き落としてやった。マウントも取れた。……だが、俺の心に湧き上がってきたのは、いつもと同じ、果てしない虚無感だった。
(なんだ。大の大人が泣き叫んで、それで終わりか。……あーあ、せっかくここまで来たのに、全然暇つぶしにならなかったな)
冷めてしまった俺は、再び鉄仮面を被り、そのまま踵を返して部屋を後にしようとした。
「……待てっ……!!」
俺がドアノブに手をかけた瞬間。
背後で、泣き伏していたはずの神崎が、凄絶な声で俺を呼び止めた。




