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プロローグ:退屈な死と、オール99999のバグ

――あぁ、なんて退屈な人生だったんだろう。

 頭上から落下してきた数トンの鉄骨に押し潰され、俺の意識がプツリと途切れる直前。最後に脳裏をよぎったのは、恐怖でも痛みでもなく、薄っぺらい己の人生に対する呆れにも似た虚無感だった。

 俺の名前は、鈴木誠すずき まこと。三十五歳、独身。

 朝起きて、満員電車に揺られ、上司にペコペコと頭を下げて、深夜にコンビニ弁当を食って寝るだけの日々。

 狂うほどの恋もしたことがなければ、誰かを殴り飛ばすほどの怒りも、世界をひっくり返すような野望も抱いたことがない。事なかれ主義だけを信条に、ただレールの上を歩き、ただ息をしていただけの、色を持たないモブ人生。

(……もし次の人生があるなら、もっとこう、全部が思い通りになるような、イージーで刺激的なやつがいいな……)

 グチャリ。

 無惨な音と共に、鈴木誠という冴えないサラリーマンの人生は、あっけなく幕を閉じた。

 ***

「……ん?」

 ふと気がつくと、俺は上下左右の感覚すらない、完全な暗闇の中にポツンと立っていた。

 痛みはない。体も軽い。

 自分が死んだという自覚はある。ここは天国か、地獄か、それとも三途の川の順番待ちルームか。

 そう思って辺りを見回した時、空中に『ポーン』という間抜けな電子音が鳴り響き、青白く発光する半透明のディスプレイが浮かび上がった。

【 転生先シーケンスを起動します 】

【 次の人生における『初期ステータス』を割り振ってください 】

「……ははぁ。なるほど」

 俺は思わず、暗闇の中でニヤリと笑った。

 深夜の退屈しのぎに読んでいたネット小説で、死ぬほど見たテンプレ展開だ。いわゆる『異世界転生』ってやつだろう。

 空中に浮かぶディスプレイには、RPGのキャラクター作成画面のように、細かいステータス項目と、数値をいじるためのスライダーがズラリと並んでいた。

「さてさて、どんな能力をもらえるんだ? 剣術? 魔法? それとも……って、なんだこれ」

 俺はディスプレイを見て、ウンザリしたようにため息を吐いた。

 項目の数が、異常なのだ。ざっと見ただけでも数百項目はある。しかも、「割り振り用のポイント制限」を示すゲージや数字がどこにも見当たらない。

「……ん? ポイント制限がない? ってことは、これ……」

 俺は試しに、一番上にあった【筋力・敏捷】のスライダーを、指でツーッと右の端まで限界まで引っ張ってみた。

【筋力・敏捷】:99999(上限突破/MAX)

「……マジかよ」

 バグなのか、それとも神様とやらの設定ミスなのか。俺はスライダーをいじればいじるだけ、無制限に数値を上げられることに気がついた。

(……前世の鈴木誠は、我慢と妥協ばかりの退屈なモブ人生だった。だったら今度は……全部手に入れてやる)

 俺の心の中に、どす黒く、甘い欲望がドロリと溢れ出した。

 面倒くさいポイント計算などクソ食らえだ。俺は狂ったようにディスプレイを叩き、すべての項目を右端(MAX)へとスライドさせていった。

【知能・思考】:99999(上限突破/神算鬼謀)

【魅了・フェロモン】:99999(上限突破/絶対服従)

【支配欲・カリスマ】:99999(上限突破/覇王の威光)

【精力・絶倫】:99999(上限突破/無限の快楽)

 暴力も、知恵も、権力も、そして女も。

 息をするようにすべてを支配し、奪い尽くせる究極のステータス。これなら、あの吐き気がするほど退屈だった前世の鬱憤を、すべて晴らせるに違いない。

「よし。これで完璧だ」

 すべての項目が『99999』のバグめいたカンスト表示になったのを確認し、俺は迷うことなく画面の下にある【 START 】のボタンを強く押し込んだ。

 ――ピシュンッ!!

 その瞬間、強烈な光が視界を白く染め上げ、俺の意識は再び深い泥の中へと沈んでいった。

 ***

 暖かく、心地よい水の中(羊水)から押し出される感覚。

 眩しい光と、消毒液の匂い。

 カンストした【知能・思考】のおかげで、生まれたばかりの赤子でありながら、俺の意識と視界はすでに大人のそれ以上にクリアに覚醒していた。

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 本能のままに産声を上げると、柔らかく温かい腕が、俺をそっと抱き上げた。

「……あぁ、私のかわいい赤ちゃん……名前は、『つかさ』よ」

 見上げると、そこには息を呑むほど美しい女性が、涙ぐみながら俺を見つめていた。艶やかな黒髪に、どこか憂いを帯びた、吸い込まれるような瞳。間違いなく、この美しすぎる女性が、今世における俺の『母親』、涼子りょうこだ。

(……おいおい。いきなりこんな極上の女がお出迎えかよ。こりゃあ、最高の人生になりそうだ)

 カンストした【精力】と【支配欲】が、早くも赤子の奥底でどす黒く疼き始めるのを感じる。

「よく頑張りましたね、奥様。元気な男の子ですよ」

 白衣を着た医者らしき男が、恭しく頭を下げる。そこに、エリート然としたスーツ姿の男――父親である修一しゅういちが、腕を組んで満足げに頷いた。

「……ああ。私のような三ツ星重工の幹部の子に相応しい、立派な顔つきだ。この子は、きっと優秀な兵士、あるいは官僚として……大鷹おおたか宰相閣下と、この美しい瑞穂みずほのために命を捧げる、強い国家の歯車に育ってくれるだろう」

 父親のその言葉を聞いた瞬間、俺のカンストした頭脳が、周囲から聞こえてくる言語と状況を瞬時に解析・統合した。

(……瑞穂? 大鷹宰相? 国家の歯車?)

 剣と魔法のファンタジー世界ではない。

 ここは、前世の日本によく似た、しかし完全に狂った極東の島国。

 思想統制と強兵政策によって隅々まで管理された、全体主義の軍事国家『瑞穂』。

「……くっ、ふふっ」

 俺、御堂司みどう つかさは、赤子の無垢な顔の裏側で、たまらず邪悪な笑みを浮かべた。

 ガチガチに管理された息苦しいディストピア。そんな場所に、全ステータスがバグった、欲望の塊のような化け物(俺)が放り込まれたのだ。

 かくして、軍事国家『瑞穂』の歴史の裏側に、圧倒的な暴力とフェロモンですべての女と権力を奪い尽くす、最凶のバグ王が爆誕したのである。

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