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童話と詩作と物語

東風吹かば、春な忘れそ。

作者: 辻堂安古市
掲載日:2026/02/22


本作は、武 頼庵様主催の「すれ違い企画」に参加しています。



 



 東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花


 あるじなしとて 春な忘れそ





 ───春になって東風が吹いたならば、香りだけでも私のもとへ届けておくれ、梅の花よ。主人がいないからといって、春を忘れたらいけないよ───





 菅原道真が昌泰4年(901年)に太宰府へ左遷される際に、庭にある梅に向かって詠んだとされる句だ。本来は「春を忘るな」だったらしいけど、私にとっては、そんなことはどうでもいいかな。






「九州は福岡県にある太宰府天満宮では、梅の花が見ごろを迎えている」という情報がスマホに流れ込んできたのを見た私は今、西鉄大宰府駅で電車を降りて、観光客や恐らく受験生だろう人達で溢れかえっている参道を歩いている。


 店頭で焼けている梅が枝餅の匂いに抗いながら鳥居をくぐって右手に歩を進めると、白梅、赤梅、一重、八重の様々な種類の花が咲き誇っている梅園が目の前に広がる。春の訪れを愉しんでいる人たちは、その木の下で写真を撮り、笑顔で本殿へと歩いていく。


 朱塗りの楼門をくぐると、道真公の御墓所の上にあるという大きな御社殿がある。その右手で白梅を咲かせている大きな梅が、先ほどの句に出てきた梅。道真公を慕って京からここまで飛んできたという伝説がある「飛梅」だ。





 私がこの梅を初めて見たのは、去年のこの時期だった。大学受験で福岡まで来て、その時付き合ってた春馬と一緒に合格祈願に来た。


(一緒に合格できますように)


 二人で手を合わせて、絵馬もぶらさげて、一生懸命お願いしたんだ。




 けど、神様は半分しかお願いを聞いてくれなかった。

 私は合格したけど、春馬は合格しなかった。


 春馬は、「来年こそ合格してやるから、待ってろよ!」とか言っていたけど、半年くらいしてだんだん連絡が入らなくなった。私は私で、講義やバイトが忙しくなったのと、「受験の邪魔をしちゃいけない」という思いから、時々しか連絡をしなくなった。


 ……いや、そうじゃない。私は、逃げたんだ。距離が離れて、会えなくなって、声も聞かなくなって、二人の関係に「終わり」という決着をつけなきゃいけないんじゃないかって思うと、怖くなってしまって。



 その結果が、今。

 もう1か月以上連絡をとっていない。


 

 今頃どうしてるのかな、と思いながら、梅の花びらが落ちている道を歩く。梅は、桜のように花吹雪を舞わせない。花びら一枚一枚が零れ落ちるように散っていく。私と彼の日々の思い出も、いずれこんな感じで一枚また一枚と、記憶からこぼれていくのだろうか。



 それも、いいのかもしれない。

 それが、普通なのかもしれない。



 けど、私は、やっぱり……









花奈(かな)!」


 突然呼ばれた、私の名前。

 そして、すごく聞き覚えのある声。

 聞き間違いかもしれないけど、振り向く。


「……なんで?どうしてここに……?」


 直接見ても、すぐには信じられない。

 だってそこには、コートのポケットに手を突っ込んで立っている春馬がいたから。



「お前、インスタにここアップしてただろ?イチかバチかで来てみたんだけどな」

「でも、ここ福岡だよ?電話でもメッセでも……」

「お前、ここんとこメッセ返さなかっただろ?」

「いや、それは……そうだけど。でも、ここ新幹線でも1時間以上かかるのに?なんで?」


 そう言うと、春馬は真面目な顔をしてVサインをこっちに向けた。


「合格した。だから、こっちに来てたんだよ」

「………!」

「ほら、梅が枝餅。去年願掛けしたろ?『二人で合格するまで食べない』って」


 春馬がポケットから梅が枝餅を取り出して、私に手渡した。

 ああ、春馬の手だ。変わってないよ。


「……覚えてたんだ」

「あっ?まさかお前、忘れて食べたんじゃ……」

「食べてないよ!今日だって我慢したんだから!」


  春馬からもらった梅が枝餅は、焼き立ての熱さはないけど、まだほんのり温かい。


「……ちょっと冷めてる」

「ごめんな。でも仕方ないだろ?」

「じゃあ、今から焼き立て、食べに行こうよ」

「今食べたのにか?」

「1年我慢した分はおごってもらうから」

「……太るぞ?」

「うっさい!」


 私は笑いながら春馬の腕に自分の腕を巻き付ける。さっきまではさみしさの象徴にしか見えなかった赤と白の小さな梅の花さは、今は私たちを「お祝い」をしてくれているみたいに見えるから、不思議だ。



 参道の喧騒の中に戻ると、さっきはあんなに遠ざけようとしていた梅ヶ枝餅の香ばしい匂いが、今はこれ以上ないくらいに愛おしく感じられる。


「はい、二つ。熱いから気をつけてな」


 春馬が差し出してきた紙に包まれたお餅は、手のひらから伝わる熱量だけで、この一年間の空白を埋めてくれるようだった。表面にうっすらと梅の焼き印が入った、白いお餅を、二人で顔を見合わせて、せーので口に運ぶ。


「あつっ……! でも、おいしい……!」

「……だな。やっぱり、一人で食べるのとは全然違うわ」


 ぱりっとした表面の香ばしさの後に、もっちりとした生地と、甘すぎない上品なあんこが口いっぱいに広がる。一年前、ここで「次は二人で合格した後で食べよう」って約束したあの時の、少し背伸びした私たちの青い覚悟。それが今、ようやく形になった。


「春馬、本当に頑張ったんだね」

「お前が先に合格してたからな。……またかっこ悪いとこ、見せらんねーだろ?」


 照れくさそうに頭をかく春馬の横顔。少しだけ大人びたその表情を見て、私は彼が連絡を控えていた本当の理由に気づく。「邪魔をしたくない」と思っていたのは、私だけじゃなかった。彼は彼で、私にふさわしい自分になろうと必死だったんだ。


「もう……バカ。もっと早く言ってくれればよかったのに」

「悪い。でも、こうして一緒に食えてるから、結果オーライだろ?」


 悪戯っぽく笑う彼の口の端に、白い粉がついている。それを見たら、なんだか急に可笑しくなってしまって、私は声を上げて笑った。春馬もつられるようにして、大きな声で笑い出す。


 私たちの笑い声に誘われるように、また一陣の東風が吹き抜ける。

 頭上の梅の木がさざめき、紅白の花びらが祝福のシャワーみたいに舞い降りた。






 道真公、見ていますか。

 春を忘れないでいてくれたのは、梅の花だけじゃなかったみたいです。


「ねえ、もう一個食べていい?」

「……だから太るぞって!」

「いいの!この後二人で一緒にいっぱい歩くんだから!」


 そう言って私は、呆れ顔の、でも照れ笑いしてる春馬の手を強く引く。

 心がすごく軽く感じる。ようやく、新しい春の光の中へ踏み出せた気がした。







昨年、本羽香那さまが主催された「一足先の春の詩歌企画」に参加した作品のリメイクとなります。

今回は二人が再会をした後を書き足してみました。



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― 新着の感想 ―
良かったです。すれ違いしても……のハッピーエンドで安心しました。ε-(´∀`; ) 神様も意地悪ですよね。2人合格させてくれたらいいのに。 でも長い人生で振り返りましたら、その時間もまた意味や意義を感…
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