川と空と水辺と雲と
日本、ある日の昼、昨今のSNSでは死の温度だなんだキャッキャ騒がれるほどに暑い夏だった。
その日は、快晴で雲一つなく青い空が広がって行って空に吸い込まれそうになるほどに気怠さも感じるような日で、人間と動物も、涼むところを探して旅をしている。
とある少女もその1人。花の青春、高校生が1人で川のほとりにまで涼みに来ていたのはあまりにも暑いこの気候のせいだ。
そこは人気も殆どない彼女が見つけた彼女だけのクールスポット。幼い頃から通い続けているが、人と出会った試しは殆どない。
少女「さてさて〜、今日も一人かなぁ?誰かいるかなぁ?よっしゃ!誰もいな〜い!咲ちゃん1番乗り〜!」
咲ちゃんを自称するこの少女は名を森永咲と言った。少しおちゃらけた活発めの少女だったが、どこか抜けていて、それが可愛らしい愛されキャラの子だった。
咲「おぉ〜!水に太陽が反射してら!キラキラしてキレイ!」
咲が靴と靴下を脱ぎ、綺麗に揃えてから川の中へ入っていく。スカートをたくし上げてふくらはぎの真ん中辺りまで水に浸かり、その冷たさを全身へ巡らせていた。
咲「冷てぇ!はは!冷たい!!……?」
ふと何かの気配を感じてその気配の方を振り向く咲。咲が視線で捉えた先には、緑色の身体に黄色い嘴、そして頭の上にはお皿がある生き物。そう、言わずと知れた河童がいた。
咲「え?河童がいる。写真撮っとこ」
咲は不躾にもそのまま写真を撮った。そのカシャってという音を聞いたのか、見つかったことが癇に障ったのかは分からないが、河童は大声を上げた。
河童「けけけけけ!!!!」
咲「こんなに暑けりゃ涼みに来るよねぇ、河童だもん」
声というよりも鳴き声に近いその音を、咲は完全に無視した。
河童「けけけ……けけ!」
威嚇したのに何も動じないどころかそれが当たり前かのように無視をされて、怒ったのだろう。河童が水をチャプチャプ歩きながら咲に近づいてきて、声を上げた。
河童「けけけ!!!」
咲「え?何?」
河童「けけ!!」
咲「河童って喋れないの?あれ?イメージと違うんだけどなぁ?」
河童「けけけ!!!」
咲「おだまり!!」
河童「け!?」
咲「ほれここに座りな」
ちょうど木陰に隠れた川から少し外に出た岩。2人座るには申し分ない広さのところに咲は移動して座り、その横を手で叩いた。河童は渋々と顔をしながらも、手の叩かれた場所に座る。
咲「よし。あのねぇ、そんな急に『けけけ!』と言われてもこちらは分からないよ?河童って言葉喋れないの?」
河童「けけ……」
咲「そう。それなら仕方ないね」
お互いに何を言っているのか分かっているのか分かっていないのか、そんな事はどうでも良くて、どこか通じ合うような1人と1匹は、そのままお互い黙ったまま数分の時を過ごす。心地よい風が流れる川のほとりに、静かに佇む1人と1匹。
咲「お!そうだ!」
何かを思い出したようにポケットから袋に入った丸いものを取り出す咲。それを河童に見せるように、河童の目の前にゆっくりと運ぶ。
咲「どう?飴ちゃん、食べる?」
河童「……、けけけ!!」
咲「え?何?いらないの?」
河童「けけけ!!!」
咲「何言ってるかさっぱり分からん」
咲は河童が何を言っているのか分かっていない。でも、気でも違ったのかと思うくらいに目をかっ開いて『けけけ』と鳴き声をあげる河童の姿を見て、喜んでいるわけでは無いと判断した。咲はそっと飴玉をポケットの中にしまう。
咲「ん〜、何がいいかな?やっぱり胡瓜?ちょっと待ってて、いいもの持ってるぜぇ〜」
咲は靴も履かずに岩から飛び降りて、鞄の置いてあるところまでぴょんぴょんと跳ねるように駆ける。人生を謳歌中の学生をその身で体現しているかの振る舞いかのようだった。
咲「ほら〜!胡瓜の一本漬け〜!!」
鞄からバサっと取り出したのは咲の言う通り、胡瓜の一本漬け。コンビニでも売っているようなごく普通のありふれた胡瓜の一本漬けだ。咲は『涼みながら食べるにはこれ!』と思い立ち、いつの日からかこの川に来る時のお供になっていた。
咲「……、塩か……」
そう一言言った後、咲は急に胡瓜を川につけた。バシャバシャと胡瓜をゆすったかと思えば、その後水気を飛ばすために胡瓜を全力で縦に振った。ビチャチャと、砂利に水が当たる音が聞こえる。
咲「ふぅ……、良い仕事した。ほら、食べる?大丈夫だよ。濯いだから塩分濃度は気にしなくていいよ」
河童が塩分濃度を気にするのか、そもそも浅漬けの塩分濃度がどれくらいなのか、それは咲にはわからない。そもそも動物がそういった栄養について何か意識するのかも知らない。ただそれでも、常識的に人間が食べる物の塩分濃度は他の生物には良くないとされていることは咲も知っていた。だから塩分を落としたのだ。咲のその行為は人間のエゴでもあり、また同時に人間の優しさでもある。
いつの間にか咲の近くに来ていた河童の顔に胡瓜を近づける咲。河童は怪訝なのか、目を細めて匂いを嗅いだ後、ゆっくりと胡瓜を両手で受け取り、嘴で啄んだ。啄んだと言っても口のサイズからして、人が噛んだ大きさと等しいのだが。
咲「お?食べた!やっぱり河童は胡瓜が好きなんだ!?良いこと知った!」
河童「けけ!!」
咲「え?何?」
河童「けけけ!!」
咲「何言ってるかわからん。とりあえず、それはもうないよ。それしか買ってないもん」
河童「け!?」
咲「もっと欲しかったんだ?」
河童「けけ……」
本人がそう言うように、咲に河童の言葉が分かるはずもない。それでも、表情や振る舞いを見ればある程度の事は推察出来る。コミュケーションとは、推察大会と言っても過言ではないのかも知れない。とはいえ、あくまで推察は推察、合ってるかどうかは、不明なのだ。
だからなのか、河童は咲の膝を嘴で突いた。
咲「いた!!え?!何!?」
河童「けけ!!」
咲「びっくりした〜、もう分からん」
咲は突かれたにも関わらずどうが楽しそうに膝を払い、ちょっと跳ねたような歩き方で鞄のあったところへ歩いていく。その後を河童も何故かついていった。特に何かあるわけでもなく、咲は鞄を取った後、タオルで足を拭いてから靴下を履き、靴を履いた。そして鞄を背負う。
咲「んじゃね、また明日来るよ。というか、毎日来てあげる。今度は胡瓜2本買ってくるからつつくんじゃないぞ!」
河童「けけ」
その日以降、咲は本当に毎日この川のほとりに訪れた。SNSで騒がれる暑さが翳りを見せる事はなく、いつもいつも暑い日が続いた。それでも咲は、毎日来ていた。河童の方が来たり来なかったりをしていたが、ある日から咲と同じように毎日来るようになった。
少し仲良くなれたと思った咲は
咲「ほら!飴ちゃん!」
咲「ほら!にぼし!」
咲「ほら!鰹節!」
咲「ほら!猫の缶詰!」
とまぁ、色々なものを胡瓜のついでに持ってきていたが、河童は頑なに胡瓜以外を受け付けなかった。
例えば
咲「ほら!サラダチキン!」
河童「けけけ!!!」
咲「え?これもダメ?グルメだなぁ」
河童「けけけ!!!」
咲「うるさい!そっちが食べないって言ったから食べてるんでしょうが!」
河童「けけ!?」
という風に。
喧嘩みたいなこともしたり、笑いあう風なこともしたり、咲は人間の友達と同じように河童に接していた。
そんな毎日が行く日も続き、夏と秋の境目が綻び始め、秋の気候が少しずつ、小さな子が壁から出てくる程度の速さで顔を見せ始めた頃、とある変化が起こった。
河童「けけ」
咲「お?君から何か言ってくるなんて珍しい〜、なになに?」
着いてこいと言わんばかりに河童はスタスタと歩き始める。その後ろを咲はワクワクした顔をしながら着いていった。特に何処か遠く行くわけでもなく、ただ近くの土が表に出ている場所まで河童は歩き、その場にしゃがみ込んだ。
河童「けけ」
咲「お?何かあるの?」
咲が顔を前に出して地面を見る。特に何もない。咲が怪訝そうな顔をして河童を見ると、河童は指を地面に置いて動かし始める。そして河童は地面に
『おまえとはながいつきあいになったものだな』
という文字を書いた。
咲「え……?」
河童『おれももうながくはないからな、おまえとおなじことばをかわしたいとおもってしまったのさ』
咲「ほえぇ。喋れたんかい。というか、口調がハードボイルドぽいのおもろい!あはは!」
河童「けけ!!」
咲「え?」
河童『しゃべれはせん、おとはこれだけしかだせんのだ。いがいか?だがにんげんのことばはおおくのいきものがしっているそのひょうげんほうほうがにんげんいがいにはないだけさ』
咲「どういうこと?」
河童『にんげんのいういぬやねこもにんげんのことばをりかいしている。あれらはおまえらがいうところのわんかにゃんしかいえんのさ。にんげんからみればことばがわからんようにみえるとおもうがな。それだけのことよ』
咲「なるへそ。……、長くないってのは……、死んじゃうって事でオッケー?」
河童『あぁ、おれはこのふゆをこえらんだろうさ』
咲「……、なんで私と同じ言葉を交わそうと思ってくれたの?」
河童『それがおれたちの、のぞみだからだ』
咲「俺たちの望み?」
河童『おまえらがいうおれたちかっぱは、にんげんにあこがれていた。じゅみょうこそ150ねんはあるおれたちがまさるが、それいがいはにんげんにかてないとおもってたからな。にんげんとゆうこうをはぐくみたがっていた』
咲「そうなんだ。私とお友達になる?」
河童「同情はいらん」
咲が出した右手を河童は突っぱねた。河童なりに思うところであるのだろう。
河童『たしゅぞくとなかよくしようなんてしゅはなかなかいない。にんげんもそうだった、それがわるいこととはおもわない。おれたちだってくまやいのしし、しかやおおかみたちとひびあらそっていた。いろいろあってな、ぶんめいかいかのじだいにおれたちはかずをへらしたのさ』
咲「ふーん」
河童『おいうちをかけるようにかいはつがすすみ、ついにここらではおれだけになったが、ほかのところはわからん』
咲「……、じゃあ、もし他のところにいたら会いたい?」
河童『そうでもない。おれはここがすきだからはなれたくはないからな』
咲「そっか。思い出の場所?だもんね」
河童『ああ』
その『ああ』という文字を最後に、河童は文字を書くことをやめた。スタスタと川の中に歩きに行き、全身をつからせる。咲にとってまだ少し暑いといっても、浸かるほどの暑さではなかった気温。にも関わらず、河童が川の中に入っていく様子を見て、咲はびっくりして声を上げる。
咲「えぇ?!寒いよ!上がってきなよ!!」
河童「けけ!」
仰向けにぷかぷかうきながら咲を一瞥することも無く、河童は空を見上げる。夕暮れ時の赤い空に少しずつ星が見え始めた。
咲「もうこんな時間か、んじゃね!また明日!」
咲は小走りでその場を離れていった。切れる息を必死に抑えながら来た道を走っていく。いつもの慣れた道を小走りで通る。咲はその慣れた道を想像以上に長く感じていた。
咲「はぁ……はぁ……」
それほど長い道ではなかったが、咲の息は上がっていた。上がっているのは息だけでもない。キツい走り方をすれば、意図せずとも、汗と涙というものは浮かんで来る。意図せずとも。
咲「……、はぁ……、びっくりしちゃったな……」
咲は川のほとりへとつながる車がさほど通らない通りの歩道でしゃがみ込んだ。幾つか通り過ぎる車のライトはいずれも彼女の影を遠く伸ばしては、短く切り取っていく。
咲「寒い……、帰ろ」
咲の過ごすこの頃の気温は、暗くなれば一足飛びに気温が下がる。入らないとはいえ、川のほとりにいくような暑さの昼間の格好では、些か手に余る寒さだった。
咲「あー、肉まん売ってる!買っていこ!」
手に余る寒さに手を引かれて、コンビニの中にルンルンな気分で入っていく咲。嬉しそうに肉まんを頼んでお金を払う。外に出てすぐホカホカの肉まんを頬張り、嬉しそうにする咲。先ほどの汗や涙はどこへやら。
咲「うまぁ……!!んふふ!あ、そうだ。凛ちゃとかなちーたちにも連絡しとこ。『コンビニで肉まん売り始めたよ!』、よし!……、さて帰りますかな」
その日咲は、すぐに温かいお風呂に入り、温かいご飯を食べて、暖かくした布団で眠りについた。
翌日、少し不思議な気持ちで通学に使ういつもの通りをいつも通りに歩いていた咲。その後ろから急に咲に肩を組む人が一人。白鷺凛、咲の友達の一人である。烏の濡れ羽色のようの黒く長い髪は、光に反射して美しく、背が高くキリッとしたつり目がより一層雰囲気を凛々しくする。
凛「咲ちゃんよぉ、彼ピでも出来ましたかぁ?」
咲「彼ピ?私は凛ちゃ一筋だよ!」
凛「そういうのやめろぉ!」
咲「いた!痛いよ!」
凛は咲の頭を嬉しそうにわしゃわしゃと撫でる。痛いとは言うものの、咲も嬉しそうに笑っていた。その様子をいつの間にか横から覗く人が一人。三津奏、セミロングの茶髪で、指からはみ出る程度のネイルをしている。タレ目でまつ毛が長く、人からよくかわいいタイプと言われるような子だ。
奏「咲、最近よく1人でどこか行くよね?」
凛「元から1人で何処か行くやつだけどなぁ」
咲「かなちー!大丈夫!私はかなちー一筋だよ!」
凛「私にも言ってたぞぉ」
咲「ぎゃあ!わしゃわしゃしないでぇ〜」
咲たちが楽しそうに通学している途中、飛行機の音が聞こえる。上を見上げると、一筋の白い線が空に描かれていた。
凛「……、飛行機雲ってさ、スピリチュアル的な話もあるらしいぞぉ」
凛が咲の後ろから抱きつきながら頭に顎を置いて歩いている。いつもの行為なので咲は特に気にしてはいないが、そこに居た奏は少しだけ眉間に皺を寄せていた。
咲「スピリチュアル?雨の前兆とはかなちーが教えてくれたよね!」
奏「うん」
凛「あほぉ。お天気はスピリチュアルじゃないぞぉ。なんかよくわかんないけどさ、いい事の前触れかもなんで話があるらしい。祝福のサインだとか貴方のエールは届いてますよぉ、だとかさぁ。まぁ、分からんけどなぁ」
咲「へぇ!」
奏「アホらし」
凛「あ!そういうの良くないぞ!かなは本当、スピスピしてないよな!」
奏「スピスピするよりも天気が分かった方がいいもん」
咲「ほらほら、二人とも。お天気も良いし、スピスピしてもいいでしょ。仲良くしてね」
咲は凛と奏と手を繋ぐ。この三人の中心はいつも咲だ。咲のいない時は会話はするものの、少し喧嘩ぽくなってしまう凛と奏も咲にそう言われるとお互いの事を認めざるを得なくなる。お互いがお互いに嫌いというわけでもないけれど、咲の一番を譲れないという想いがお互いをライバルとして意識させる。
咲「私ね、新しい友達が出来たんだ」
凛「え!?」
奏「新しい友達?!咲に!?」
咲「失礼だよ」
凛「咲ぃ、捨てないでくれよぉ」
咲「捨てない捨てない。むしろ私の方がずっと友達でいてほしいよ」
奏「……、ね、あんまり危ない事しちゃダメだよ」
咲「してないよ。ありがと」
いつもよりベタベタしてくる凛とそれを横目に隙を掻い潜って絡んでくる奏に、少しこそばゆい気持ちになりながらも、いつも通りの学校生活を終える咲。しかし帰ろうとした時に、担任に呼び止められた。なんでもお手伝いをして欲しいらしく、呼び止めたそうだ。掲示板の貼り替え作業だったが、意外と時間がかかり、辺りはもう暗くなってしまっていた。
咲は急いでいつものコンビニに寄り、いつもの胡瓜を買って川のほとりにまできた。息が切れるほどに走り続けてきた川のほとりに河童の姿はなかった。
咲「あれ?いない?遅すぎたかな……はぁ……」
咲は近くの岩の上に座る。冷え切った岩に手をつくと熱くなった身体を少しだけ冷やしてくれた。
咲「はぁ……、しんど。走るのは疲れますなぁ」
河童「けけ」
咲「うわ!びっくりした!元気?」
河童「けけ!」
河童は咲のきた道を指さして鳴き声を上げる。まるでさっさと帰れと言っているようで。
咲「……遅かったね、ごめんね」
河童「けけ!」
河童は首を横に振りながら咲の鞄を漁り、胡瓜をトった後、咲のきた道を指を差し続ける。そしてそのまま川に入って行った。
咲「暗いから……早く帰れってことかな?確かに危ないもんね」
翌日、咲は特に誰からも呼び止められずに、日が落ちる前に川のほとりにまでついた。日が出ていても風が冷たく、花が赤くなっていく。でも、そこには河童がいた。
河童「けけ」
咲「んひ、今日も持ってきたよ!胡瓜!」
河童は地面のあるところまでのそのそ歩いて行き、そこで文字を書き始める。
河童「こなくてもよいだろうに」
咲「来るよ、ずっと来る」
河童「こんどのやすみ、ひるまにこれるか?」
咲「昼間?いいよ。そういやお休みの時もだいたいこの時間だったね」
河童「じゃあきょうはおそいからかえれ。よるのやまはにんげんにはあぶないぞ」
咲「……、分かった」
次の休日、咲は言われた通りに昼間に川のほとりにまできた。少し肌寒い涼しい風と照りつけられると未だに少し暑い太陽の熱線が丁度良い塩梅で心地よい。そんな季節だった。
咲「久しぶりだねぇ。この時間に会うのは」
河童「けけ」
咲「はぁ……、気持ち良いねぇ……」
咲と河童は岩の上に座り、空を見上げていた。その空を飛行機が横切り、一筋の雲を描いて去っていく。咲は凛たちとの会話を思い出して、少し微笑んだ。
咲「そういえばさ、いい事起こるかもってさ。あの雲みると」
河童「け?」
咲「ほんとかは分かんない」
河童「けけ、けけけ、けけけ、けけ」
咲「何言ってるか分かんな〜い、あはは!」
河童は徐に岩を降りていつもの文字を書く地面まで歩く。咲も河童の後を追うように歩いていく。のそのそと今までよりも遅い足取りを肌で感じる。
咲「……」
そろそろお別れも近いのだろうと、肌で感じる。
河童「おれにはもうひとつゆめがあってな」
咲「ほう、なになに?」
河童「そらをおよいでみたいんだ、きっときもちいいみずなんだろうな。あのおとがでかいとりしかおよげないのをいつもうらやましくおもっていた」
咲「……、人間の世界にはね。死んじゃったらお空に行くって言われているだ。もしかしたら死んだ後に叶うかもね!」
河童「たのしみだ、あのおとのでかいとりときょうそうしてかってみたいものだ。おまえらにんげんはそらにいけるのか?」
咲「いけるよ、道具使ってだけどね」
河童「そうか。ならこんどはいきているうちにそらにいけるようあのおとのでかいとりかにんげんにうまれかわりたいものだ」
咲「あ、生まれ変わりとか分かるんだ?」
河童「やまにくるにんげんのかいわからえたちしきだがな」
咲「ふーん、そっか。なれるといいね。そしたらまた会えるかも知れないし」
河童「たのしみだ」
それから来る日も来る日もずっと咲は川のほとりに来続けた。冬になり気温がより一層下がっていく。厚着をしていても寒いような場所に鼻水を垂らしながらも来ていた。
咲「寒いねぇ、こんなに寒いとハンドクリームは欠かせないねぇ」
河童「けけ」
咲「お皿に塗ったげよか?」
河童「けけ!」
咲「あはは、塗らんよ。でもまぁ、乾燥は……、冬だもんね」
河童のお皿はヒビが入っている。冬に入る前、ある日に咲は河童は皿が割れると死ぬと聞かされた。皿にヒビが入り始めた頃だ。もう、ここまでくるとどうにもならないと河童自身が言っていた。後は死を待つばかりだと。咲はその時まで精一杯、河童に思い出を作ってあげようと毎日足を運んでいる。
季節柄、暗くなるまでが短い。だからあまり会っても話すことはない。それでも咲は毎日来ていた。そんなある日。
咲「ひゃあ……、寒いねぇ。肉まん3つ買ってて正解」
河童「けけ」
咲「え?何?欲しいの?」
河童「け」
冗談混じりに欲しいのか聞いた咲。今まで胡瓜以外を受け付けなかった河童がこくりと頷いた。
咲「……、はい」
咲は渋々といった感じだが、河童に新しい肉まんを一つまるまる渡した。河童はつまんで千切っては口に放り込んでいく。ついに肉のところまで辿り着いた河童だが、肉の匂いが嫌だったのか一旦川で洗ってから、つまんで千切って口に運んだ。
河童「けけ」
咲「おいしい?」
河童「けけ」
河童が川の中に入り、肉まんを食べ続けている。それを咲はポツンと見ていた。咲の視線を知ってか知らずか、河童は肉まんを食べ続ける。
咲「まぁ、いいならいいや」
それからまた時が進み、冬休み前、咲が暗くなったから帰ろうとした瞬間、パキンっという音が鳴った。慌てて咲が河童に近付くと河童は横たわり目を瞑っている。咲が抱き抱えて許すと、『けけ』と力のない声が聞こえた。
咲「河童!河童!名前つけときゃよかった!太郎でいいや!ねぇ!太郎!」
河童「けけ……」
咲「お皿!あ、もう半分割れてる……ねぇ!太郎!」
河童は黙って川の方を指差した。これほどの長い間過ごした中だ。言わずとも分かる。河童は川の中で死にたいのだと。陶器がそうであるように河童の皿も一度割れれば元に戻る事はない。それは直感的に咲も分かっていた。
河童「け……」
河童のか細い声と共に差し出された右腕。いつかの日に突っぱねられた右手の事を咲は思い出す。河童とぎゅっと手を繋いで、咲は言葉を零した。
咲「うん……、そうだね。私たちは……、友だちだよ……!」
河童の皿が更に割れていく。終わりの時が近くなる。
河童「け……」
咲「うん……、おやすみ。もう……休んでいいよ」
河童を抱き抱え、川の中に入っていく咲。河童を水につけてそっと力を抜いていく。川の流れが止まる事があまり無いように、夜の暗闇が急に明るくなる事もあまり無い。
咲「……じゃあね。楽しかった……!」
咲が手を離した瞬間、河童は暗闇のどこかに消えていく。もう咲の目にも映ることがない河童の姿。
咲「……、夢、叶うと良いね」
咲はその後、冷たい水に入ったせいか風邪を引いた。幸いにも終業式迄には回復し、2学期最後の日は友だちと過ごせている。よく晴れていて澄んだ空気の日だった。
凛「やばぁ、話してたらもう時間じゃん!行くぞ行くぞ!体育館!」
奏「遅刻遅刻〜!」
咲「待ってぇ〜!」
教室で駄弁っていたら思いの外時間が経っていたらしく終業式に遅れかけている咲たちは廊下を走っていた。にも関わらず、凛は急に立ち止まる。
凛「うわ!見てん!すっごい雲!!河童そっくり!!」
奏「うわ!急に止まらないで!はやく行かなきゃ!」
咲「……河童?」
走り始めた2人とは対照的に咲は立ち止まって窓から空を見た。そこには河童みたいな形をした雲とその横には薄い線の飛行機雲。そんな空を見て咲は微笑んだ。
咲「……、またね」
凛「咲〜!!遅刻しちゃうってばぁ!!」
咲「は〜い!!今行く〜!!」
お疲れ様です。
洋梨です。
いやぁ、ヒューマンドラマって難しいですね。というか物語を書くのが難しいですよね。最初は色々比喩表現書けますけど、後になると大体直接的になっていきます。




