第99話 ウィステリア神国大神殿8 異端裁判2
デジーロ大神官長の声が厳かに響いた。
「まず、ティア上級神官が使用した回復魔法についてだが――他の光神官の回復魔法では治せなかった病や毒を癒し、まるで奇跡のような力を見せた。しかし、その魔法が教典第106条『回復にかかわる魔法に闇魔法の使用を禁ずる』に抵触するのではないかという疑義が生じている」
彼は私をまっすぐに見据え、言葉を続ける。
「ティア上級神官。あなたの使用した回復魔法がどのようなものか、説明しなさい」
私は静かに息を整え、はっきりと答えた。
「――大聖女サルース様が使用したとされる『エクストラヒール』を使いました」
一瞬の静寂。そして、次の瞬間、大神官たちの間にどよめきが広がる。
その中の一人が鋭く問いかけた。
「……現在、本物の『エクストラヒール』を使える者がいるという話は聞いたことがない。君の使った魔法は、それを模した偽りの魔法ではないのか?」
「本物です。オリジナルの『エクストラヒール』です」
再び、大きなどよめきが巻き起こる。
「オリジナル……? その魔法をどのようにして手に入れた?」
「……トゥリスカーロ王国のウィスバーロの町にある施療院に入院していたおばあさんから、『亡くなった娘が残したもの』として託されました」
途端に、大神官たちの表情が険しくなる。
「そんな入手方法では、本物かどうか分からないな」
確かに、そう言われると反論が難しい。かと言って神様のサーバーにもあるとも説明できない。
どうしよう。
デジーロ大神官長が静かに口を開く。
「ロレンソ大神官、貴殿は『エクストラヒール』の研究をしていたはずだが、この魔法の真偽を鑑定することは可能か?」
質問を投げかけられたのは先ほどから私を追及していた大神官。
その大神官は落ち着いた口調で答えた。
「魔法陣を見れば鑑定できます。私の所有する正式な魔法陣と比較すれば、判断できるでしょう」
「では、ロレンソ大神官、正式な『エクストラヒール』の魔法陣を準備してくれ。ティア上級神官は、自身の魔法陣を紙に書くように。それができるまで審議は休憩とする」
デジーロ大神官長の指示に従い、ブラード補佐官が私のもとへ歩み寄る。
「これに、速やかに書くように。貴殿が遅いと、皆に迷惑がかかると心得よ」
無表情で差し出された紙とインク。しかし、私はそれを受け取る瞬間、胸の奥にざわりとした違和感を覚えた。
――何だろう、この感じ?
ロレンソ大神官は使いの者を呼び、何やら指示を出している。その間、大神官たちには茶が振る舞われていた。
私はあまりに早く魔法陣を書き上げると怪しまれそうだったので、適度に時間をかけて十数分ほどで仕上げた。そして、さらに十分ほど待って、ロレンソ大神官の使いが魔法書を持ってくるのを見計らってから、声を上げる。
「完成しました」
ブラード補佐官が再び近づいてくる。その瞬間――
!
ゴーレムからの報告が脳内に届いた。
――ブラード補佐官の部屋から、大量のヴァンプバグを発見。
毒虫……? ついこの前、殺虫魔法で全滅させたはず。それがまだいるなんて。あの事件の首謀者? それとも、新しい被害者?彼の様子を見る限り毒に侵されている気配はない。
――なにかおかしい。
嫌な予感がして、私は小さく魔力を込め、こっそりと魔法を発動させる。
すると――
……人間じゃない!?
毒虫以前の問題だった。私の目の前にいるのは何者なの?
大神官たちは、この事実を知っているのだろうか?
私はゴーレムに情報を共有し、引き続き調査するよう指示を出した。
ブラード補佐官は特に私の行動に気づくこともなく、魔法陣の描かれた紙を持っていき、デジーロ大神官長に見せた。審議が再開され、魔法陣はロレンソ大神官へと渡される。
ロレンソ大神官は私の描いた魔法陣をしばらく真剣に見つめた後、自身の魔法書を開き、見比べながら言った。
「間違いなく本物にございます」
そうして魔法陣は次々と他の大神官へ回され、ひと通りの確認が終わると、デジーロ大神官長が問いかける。
「では、ティア上級神官が使った魔法はエクストラヒールということで異存はないか?」
すると、またもやロレンソ大神官が口を開いた。
「確かに、エクストラヒールの魔法陣を記憶していたことは認めます。しかし、それだけでは、この魔法を実際に使えるとは思えません」
「それはどういうことだ? 何か理由があるのか?」
「一般には公表していませんが、エクストラヒールの発動には第七の魔法属性、すなわち天属性が必要とされています。そのため、大聖女サルース様以外に使いこなせる者はいなかったと認識しております」
そこまで知っているのか……。本当は言いたくなかったが、仕方ない。
「ティア神官、それについてどう説明する?」
「天属性があればよろしいのですね? 私、冒険者ギルドにある魔力鑑定装置で、第七の属性を確認しております」
ロレンソ大神官は驚愕の表情を浮かべ、鋭く私を睨んだ。
「なんだと?」
再び場内がざわつく。
デジーロ大神官長は静めるように言った。
「偽りではあるまいな? 冒険者ギルドでの鑑定ということなら、こちらでも正式に鑑定する。魔力の鑑定装置を用意しよう。それまで一時休憩とする」
また休憩か……。皆は休んでいるのに、私はここに立ちっぱなしなんだよな。ひどいなぁ。
それから約30分後、魔力の鑑定装置が運び込まれ、準備が整う。
「では、審議を再開する。ティア上級神官、魔力を鑑定しなさい」
装置についている楕円形の魔石に血液を垂らす仕様は、冒険者ギルドのものと同じようだ。ただし、こちらでは結果が並んだ魔石の光によって、誰にでも確認できる仕組みになっているらしい。
私は針を指に刺し、魔石に血液を垂らす。すると――。
装置の魔石七つすべてが光りだした。
「むむむ……七つの属性すべてを持っているということか」
周囲がざわめく。
「大聖女の再来では?」
そんな声も聞こえてくる。
「ロレンソ大神官、この結果を受けてどう思う?」
「はっ……。確かに、エクストラヒールを使う条件は満たしているようですが、しかし……」
ロレンソ大神官は言葉を濁した。
「エクストラヒールには未解明な部分も多く、これだけで使用できると断言はできません」
何とも歯切れが悪い。どうやら、私がエクストラヒールを使えることを認めたくないらしい。ただ、悪意があるというより、自分が研究しても使えなかった魔法を、他者が使えることへの嫉妬なのかもしれない。
そこで、グレゴリオ大神官が発言した。
「すでに私をはじめ、ヴァルキュリア聖騎士団やシルフィード聖騎士団のメンバーもこの魔法で回復を受けている。この事実をもって、エクストラヒールが使用されたと断言してもよいのではないか?」
おお、一応フォローしてくれるんだ。
「そうだな……」
デジーロ大神官長がグレゴリオ大神官の言葉に肯定しようとしたとき、背後にいたブラード補佐官が不審な動きを見せた。
誰も気づいていないようだが……今、デジーロ大神官長に精神干渉系の闇魔法をかけた?
「いや、大聖女サルース様の時代ならばエクストラヒールの使用は問題なかったが、今は事情が違うのではないか? どう思う、ロレンソ大神官?」
今の魔法で、デジーロ大神官長の発言が変わった?
本人も気づいていないように見える……まさか、ブラード補佐官に操られているのか?
そのとき、ゴーレムから連絡が入った。
ブラード補佐官はヴァンパイアの分身体の可能性が高く、今の姿は肉体を変化させる偽装魔法ではないか、ということだった。
分身体……。ヴァンパイア種の中には、自分の複製を作り、本体の意思で行動させる能力を持つ者がいるらしい。ただし、分身体の力は人間程度に限られるため、派手な行動はせず、小細工を弄しているのだろうとのこと。
なるほど。
黒幕はそのヴァンパイアで、ブラード補佐官という分身体を使い、大神殿内部から攻撃していたというわけか。確かに毒で主要人物が倒れていた。あの毒を解毒されると都合が悪いから、私を早く封じたいということか……?
「教典106条――『回復にかかわる魔法に闇魔法の使用を禁ず』のことをおっしゃっているのでしょうか? 確かにこの決まりは、大聖女サルース様が存命だった時代よりも後に作られたものです。
しかし、エクストラヒールの魔法陣には確かに闇魔法の構成が含まれていますが、発動時には対象に応じて魔法の構成が適宜変化する仕組みになっています。したがって、今回使用されたものに闇魔法が含まれていたとは一概には言えません」
「なるほど。つまり、闇魔法を含んでいる可能性があるということだな。であれば、使用は禁止だ」