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第98話 ウィステリア神国大神殿7 異端裁判1

 数日が経ち、ミア神官があの毒虫についての情報を持ってきた。


 その名はヴァンプバグ。

 日光に弱く、昼間は物陰に隠れ、主に夜間に活動する。動物の血液を吸い、主な生息地はシドニオ帝国南部。


 環境によっては毒性を持つことがあり、かつてヴァンパイアの使い魔として使われていた――。


 キュレネが報告書を見ながら口を開く。


「やはり、この虫、シドニオ帝国が仕掛けたもののようね。でも、最初の被害者は主要人物ばかりだったし、おそらくこの大神殿に詳しい者が関与しているわ」


 すると、ムートがぽつりとつぶやいた。


「俺は……デジーロ大神官長が怪しいと思う」


「なんで?」


「俺の勘がそう言ってる」


 ――出た、ムートの勘。


 でも、この勘が意外と鋭いのよね……。


 キュレネも腕を組み、考え込むように頷いた。


「確かに、デジーロ大神官長はおかしいわ。普通なら後継者を指名するなり調整するなりして、派閥争いが大神殿を二分するような事態は避けるはずよ。それを、まるで放置している……。不自然よね」


 キュレネはため息をつきながら続ける。


「でも、もうグレゴリオ大神官も回復してきたし、私たちの役目は果たしたわ。これ以上巻き込まれる前に、ここを出たいわね」


 そんな話をしていると――。


 ヴィクトル上級神官が青ざめた顔で駆け込んできた。



「申し訳ない、ティア神官」


 ――えっ、私?


 突然の謝罪に戸惑いながら、ヴィクトル上級神官を見上げる。しばらく言葉を探しているようだが、どうやらいい話ではなさそう。


「君がシルフィード聖騎士団の治療をしたことで、使用した魔法が異端のものではないかという疑いがかかってしまった。しかも今回は影響が大きかったため、デジーロ大神官長が直々に裁判を開くと言い出してな……。明日の朝九時、祭壇の間に出頭せよとの命令が出た」


「私たちも出席できますか?」


 キュレネが尋ねると、ヴィクトル上級神官は頷く。


「君たち二人は、グレゴリオ大神官の計らいで傍聴席には入れる。ただし、発言は許されない。

 裁判ではグレゴリオ大神官がサポートをしてくれるが、この裁判では神の御前で誓って真実を述べなければならない。嘘をつけば、より重い罪になる。気をつけてくれ」


 ヴィクトル上級神官は深いため息をつきながら続けた。


「なお、出席を拒否すると、それだけで重罪に問われる。必ず出席してくれ。明日の朝、迎えに行く」


 そう言い残し、足早に去っていった。


 ――めちゃめちゃ面倒ごとになっちゃった。


「しかし、こんなに急いでティアを裁く必要はないはずよね。ティアの魔法のおかげで魔物を撃退できたのに……。逆に考えれば、回復されると困るということかしら? もしかして、積極的にティアを裁こうとしている人物が、外部の敵とつながっているのでは?」


 なるほど、その可能性はあるかも。そこらへんもゴーレムに調査を頼んでみるか。


「まあ、誰が黒幕でも、変な流れになったらティアがその場を力で制圧してしまえばいい。大神官たちも集まるし、ちょうどいいだろ」


 ムートがさらりと無茶なことを言ってきた。


「それ、本気で言ってるわけじゃないよね?」


「本気だぞ。ドラゴンより強いティアを裁こうなんて、おこがましい。やつら、ドラゴンには裁判を開けないだろうに。力関係から言ったら、ティアを裁こうとする方が間違ってる」


「確かに、一理あるわね。力で覆せるなら、そもそも裁判なんて成立しない……。ただ、その場を制圧するだけじゃダメよ。この大神殿の権力を掌握しない限り、全国の精霊教徒を敵に回すことになる。ティア、大神殿を掌握できる?」


 ――えっ、キュレネまで乗っかるの!?


 まあ、ゴーレムを使えば大神殿ごと制圧することも可能だけど……。


「……もしかして今、 ‘できる’ って顔したわよね? やっぱりできるんだ。私、冗談のつもりで言ったんだけど」


「えっ、そうだったの? まあ、そんなことしなくても、たぶん大丈夫よ」


「ティアも最近、随分頼もしくなってきたわね」


「そうかもね。キュレネたちを見て、たくさん学んだから」


 実際、キュレネたちから学んだことは多い。前の世界では、流れに身を任せていればよかった。でも今は、自分から動かないと何も解決しないと痛感する日々だ。そんな状況で、キュレネたちの考え方や立ち回りは本当に参考になる。


「じゃあ、明日は傍聴席でおとなしく見ていることにするわ。まあ、もし力で制圧することになったら、迷わず加勢するから安心して」


「いや、そんな状況、全然安心できないよ!」


 ――というわけで、さらなる面倒ごとが起こらないように、うまく解決しようと心に誓った。



 朝、ヴィクトル上級神官が迎えに来た。私たち三人は彼について行き、祭壇の間の手前で別れることになった。私とヴィクトル上級神官は祭壇の間の入り口へ、キュレネとムートは傍聴席へと向かう通路へ進んでいく。


 私は扉の前で待機しながら、いくつかの注意事項を聞かされた。合図があってから入ること、そして――腕に魔法封じの腕輪をはめられる。


 ……こんなもので私の魔法を封じることはできない。

 すぐにそう分かり、少し安心する。意外にも、けっこう落ち着いている。これ、多分システムが介入してるんだよね……。そんなことを考えているうちに、扉が開き、入場を促された。


 そこは、天井に巨大な祭壇のようなものがそびえ立つ、豪華な部屋だった。


 私は前にある台まで進み、そこで足を止める。


 正面には、一段高い位置に長いテーブルが置かれ、老神官がひとり座っていた。黒い服に金の線が入った衣装――この人がデジーロ大神官長なのだろう。その傍らには、補佐官と思われる上級神官が控えている。そして、正面からハの字型に配置されたテーブルには、三人ずつ大神官が着席していた。いずれも私より高い位置にあり、まるで見下ろされているような構図になっている。


 さらによく見ると、私と大神官たちの間には結界のようなものが設置され、要所要所に聖騎士が配置されていた。


 ――なるほど、大神官たちに攻撃できないようにしているのね。


 でも、この程度の結界、私には関係ない。


 そのとき、老神官が口を開いた。


「これより、ティア上級神官の使用した回復魔法についての審議を始める。まず、この件の責任者は私デジーロ。そして、発言が許されているのは、私を含めた六人の大神官のみとする。ただし、補佐官のブラード君には進行の都合上、発言を認めることもあると付け加えておく。次に――ティア上級神官」


「はい」


「この場では、嘘偽りなく答えることを、神に誓えるか?」


「はい、誓います」


 こうして、私に対する裁判が始まった。

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