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第97話 ウィステリア神国大神殿6 治療

 そんな話をしていると、ミア神官が訪ねてきた。


「休んでいるところごめんなさい。どうも、あの毒を受けた人が増えているみたいなの。ちょっと見に来てくれる?」


「はい」


 案内されたのは、大神殿の施療院にある離れの部屋だった。この部屋にいたのは三名。私の魔法はなるべく隠しておきたいという意向もあり、人数を絞ったのだという。


 調べてみると、やはり同じ毒を受けていた。ひとまず解毒の魔法をかけ、状況を聞く。


 彼らは皆、先日の魔物襲撃の討伐に参加し、落ち着いてから症状が現れたのだという。


 確かに、私が負傷者の治療をしたときには、毒を受けている人はいなかった。では、魔物を撃退した時か、その直後に、あの虫が町に入り込んだということなのか。


 キュレネもその点に気づいたらしく、


「あの虫が町全体に広がれば、大変なことになるわ」

 と呟いた。


 確かに、町のあちこちに広がっていたら厄介だ。どうしようかと考えたその瞬間、また頭の中に情報が流れ込んでくる。


 ――やっぱりこのシステム、好きになれない。もっと状況を予測して、必要な情報は先にちょうだいよ。


 内心で文句を言いながら、流れ込んできた情報を確認する。


 ――くん煙剤のように、空気中に散布する魔法を作ることが可能。対象はあの虫のみ。しかも、無色・無味・無臭で、町全体に使っても気づかれずに済む。


 なるほど、それなら……。私はさっそく、その魔法の作成をサーバーに指示した。


「えーと、それは私の方で何とかできそう」



 そう返事をした直後、ゴーレムから連絡が入った。また魔物の集団がこちらに向かってきているらしい。


「また、魔物が町の近くに来たみたい」


「ティアさん、そういうのが分かるんですか? それが本当なら、一度部屋に戻ってください」


 ミア神官の指示で、私たちは部屋へ引き上げた。すでに魔物の接近は知られているようで、大神殿内は慌ただしくなっていた。


 しばらくすると、ヴィクトル上級神官から呼び出しがあった。


 彼はかなり浮かない顔をしている。


「すまん、緊急の仕事だ。また町の近くに魔物が現れた。だが、兵士たちに通達したところ、隊長クラスの半数が体調不良で出陣できないという。急いで治療をお願いしたい」


「人数が多いのでしたら、一か所に集めてもらえませんか?」


「わかった。では神殿のホールに集めよう。私は伝えに行くから、お前たちは先に向かってくれ」


 こうなったら、もう私の魔法を隠している場合じゃない。しれっと使うしかないか。


 ホールに到着すると、まだ誰も来ていなかった。そのタイミングで、殺虫魔法が完成したという通知が届く。


 キュレネとムート以外に誰もいない。今のうちに使ってしまおう。念のため、二人には了承を取る。


 範囲は、この神都チェフーボ全域――


殺虫インセクティサイド


 すーっと魔力が町全体に広がり、ほのかに淡い光を放つ。そして、魔法は静かに終了した。


 成功だ。


「ねえ、ティア、あなたすごいことになってるわよ。気づいてる?」


 えっ? そう思い、自分を確認する。体からわずかに神々しい光が漏れていた。


 町全域に魔法を放ったせいか、かなりの魔力を消費した。その影響で、いつものように目が赤く輝くだけでなく、体の周囲に魔力の残滓が漂ってしまっているようだった。


 ちょうどそのタイミングで、体調不良の兵士や治療の応援に来た人々がホールに集まり始める。


 しかし、これはむしろ幸いだった。もともと私は上級光神官の黒服を着ている。それだけでも威厳があるのに、さらに神々しい光までまとっているせいか、皆が異様なほど恐縮し、無駄口を叩くこともなく、私の指示に従ってくれた。おかげで、解毒は非常にスムーズに進んだ。


 解毒を終えた後は、症状の重い人を優先して回復魔法をかけていく。すると、その途中でヴィクトル上級神官が、なんとも言えない顔でやってきた。


 私たち三人が呼ばれ、状況を報告すると、彼は重々しく口を開いた。


「実は、こちらがこんな状況なので、不本意ながらフロイス大神官に助力を求めに行ったのだが……向こうも同じ状況だったことが判明した。そこでティア神官には、フロイス大神官のもとにいるシルフィード聖騎士団員の解毒をお願いしたい。シルフィード聖騎士団がこのまま弱ったままでは、迫りくる魔物との戦いが危うい」


「……つまり、毒の件はフロイス派が仕掛けたのではなかった、ということですか?」


「ああ、そのようだ。我々は向こうが犯人だと思っていたが、向こうは向こうで、こちらを疑っていたらしい。お互い状況を隠していたのが仇となった。そして改めて考えると、今回の毒事件は、今まさに魔物を使って神都チェフーボを攻撃しようとしている外部の勢力による策略ではないか、という結論に至った。そこで、毒の対処や魔物撃退については、フロイス派と協力して対応することにした」


「分かりました」


 私だけがヴィクトル上級神官について行き、キュレネとムートはこの場に残り、引き続き治療を続けることになった。



 向かう先はシルフィード聖騎士団の宿舎。ここから歩いて10分ほどの距離だ。


 道中、私の役割は解毒のみで、回復は向こうの光神官に任せるという確認をヴィクトル上級神官と取った。


 宿舎に到着すると、ヴィクトル上級神官の知り合いの神官が迎えてくれた。


 が――私の顔を見た途端、微妙な表情を浮かべる。


 中へ入ると、治癒を施すために来ていた神官が3人、治療を受けるために集まっていた聖騎士が15人いた。


 しかし、神官たちは鋭い目つきで私を見つめ、聖騎士たちも少し驚いたような、あるいは落胆したような視線を向けてくる。


 その場の空気が重くなる中、ヴィクトル上級神官の知り合いの神官が声を張った。


「今からティア光神官が皆さまの解毒を行います。治療を受けてください」


 だが、場はざわめいたままだ。


「この解毒ができる優秀な神官って、あの子なの? 本当に大丈夫?」

「グレゴリオ派のはったりじゃないのか?」

「うちの優秀な光神官にもできなかったことが、あんな子供にできるわけないだろ」


 ……うーん。視線も態度も、アウェイ感が半端ないんだけど。


「では、ティア光神官、お願いします」


 さて、どうしたものか。


 治してもらう立場でこの態度って、ちょっとどうなのよ。


 ――さっきの神々しい光、もう一度出せるかしら?


 試しに意識を集中すると、頭の中に魔法陣が浮かぶ。これは、神様として人前に立つときに使う演出の一つらしい。


 ……ついでに、キュレネの『女帝の睨み』のような効果も添えて発動する。


 少し厳しめの表情と声で告げる。


「私に治してほしい人のみ、魔法をかけます」


 一瞬で場の空気が変わった。


「「「お願いします!」」」


 ――態度が一変した。


 たったこれだけの演出で、皆の反応がこんなに変わるなんて……やっぱり見た目って重要なのね。


 内心でため息をつきながら、口に出したのは簡潔な詠唱。


解毒アンチドート


 だが、実際にはエクストラヒールを使いながら解毒を施していく。


 解毒しても、すぐに症状が完全に消えるわけではない。だが、毒が抜けた感覚はすぐに分かるようで、皆すぐに感謝の言葉を口にした。


 人数は15人と多くないため、作業はすぐに終わった。


 とはいえ、たったこれだけの人数を治したところで、戦力としての影響は微々たるものでは?


 そう疑問を口にすると、ヴィクトル上級神官が答えた。


「彼らは皆、多くの兵士を指揮する指揮官だ。今回の襲撃では指揮官不足のせいで、現場がうまく回っていない。彼らが復帰すれば、戦況は大きく改善されるはずだ」


 なるほど。確かに、ただの兵士を治すよりは効果が大きいかもしれない。


 あとの治療はフロイス派の光神官に任せ、私は神殿のホールへ戻り、キュレネたちと治療を続けることにした。



 ――結局、初動が遅れたせいで、大きな被害を受けることになった。


 だが、なんとか魔物たちを撃退することには成功した。


 とはいえ、次の襲撃がないとは限らない。


 これ以上の被害を防ぐためにも、一刻も早く立て直さなければならないだろう。

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