第96話 ウィステリア神国大神殿5 ドラゴンスレイヤー 毒症状の悪化と原因
アルマセン爺さんとの会合を終え、私たちは冒険者ギルドへ向かうことにした。
私たちは食事を済ませたが、護衛のエイルさんとカーラさんは食べていなかったことに気づき、声をかける。だが、二人は待機中に携帯食を取ったらしく、「護衛任務ではよくあることなので、気にしないでください」と言われた。
冒険者ギルドに着くと、聖騎士2人に護衛された貴族風の少女――つまり私たち――が入ってきたことで、いつも以上に注目を浴びた。しかし、特に気にせず受付まで向かう。
そこで「オキサーリス王国シティシペの町の冒険者ギルドからの申し送りの件」と告げると、応接室へ案内された。
今回は護衛のエイルさんとカーラさんにも、部屋に入ってもらうことにした。
しばらく待っていると、初老の小柄な女性が入ってきた。魔法使いのような雰囲気をまとっている。
「ギルドマスターのマレウスよ。あなた方がクラーレットの奇跡の3人なのですか?」
「はい」
その言葉を聞いた途端、後ろでエイルさんとカーラさんが小声で「鉄槌の魔女……」と囁く。どうやら有名な魔法使いらしい。
マレウスさんは、じっと私たちを見つめながら言った。
「聞いてはいたけど、本当に若いのね。あなたたちが、たった3人でゴールデンドラゴンを討伐するなんて……」
その言葉に驚いたようで、エイルさんが思わず口を挟んできた。
「ゴールデンドラゴン? えっ、ちょっと待って。あなたたち3人でゴールデンドラゴンを倒したの? あれって、ドラゴンの中でも上位種でしょ?」
「そうよね、おかしいわよね。アトマイダンジョンでゴールデンドラゴンが討伐されたって聞いたとき、どんな猛者が倒したんだろうって思ったのに……。冒険者になりたての少女たちが倒したっていうじゃない。正直、信じられなかったわ。だから今日、どんな奴らが来るのか楽しみにしてたのに……。そしたら聖騎士に護衛されたお嬢様たちがやってくるんだもの。何だか訳が分からないわ」
エイルさんは、信じられないという顔でさらに質問を重ねる。
「ちょっと、あなたたち……本当にゴールデンドラゴンを倒したの?」
「ええ、本当です。討伐した直後にこちらの大神殿に呼ばれたので、報酬はこちらのギルドで受け取ることにして、急いでやってきたんです」
するとカーラさんが小声でつぶやいた。
「……私たちの護衛、必要ないんじゃ……?」
エイルさんも同じように小声でつぶやく。
「聖女候補って聞いてたんだけど……?」
マレウスさんが軽く咳払いをして話を進める。
「まあ、それはさておき……早速、オキサーリス王国シティシペの冒険者ギルドから頼まれた件を進めるとしましょう。
クラーレットの奇跡、キュレネ、ムート、ティア――3名によるゴールデンドラゴンの討伐、見事であった。
ここに『ドラゴンスレイヤー』の称号と勲章を授ける」
「ありがとうございます」
ゴールデンドラゴンの素材の売却にはまだ時間がかかるとのことで、それ以外の報酬とギルドポイントの清算を行うことになった。
結果、アトマイダンジョンで得られたギルドポイントは 133,320ポイント。これまでの獲得ポイントとの合計は 274,319ポイント となった。
目標の Aランク昇格 に必要な 300,000ポイント まで、あと 25,681ポイント。
ついに、Aランクが見えてきた――。
グレゴリオ大神官邸へ戻ると、ミア神官が待っていた。しかし、その表情は明るいものではない。
すぐにミア神官が口を開く。
「グレゴリオ大神官をはじめ、先日解毒した方々の症状が再び悪化しました」
確かに、あの時は毒を完全に消したはず。なのに、また毒を受けたということなのか? 疑問を抱えつつ、グレゴリオ大神官の部屋へ向かった。
部屋に入ると、グレゴリオ大神官はやはり苦しそうな様子で横になっていた。状態を確認すると、やはり毒の影響が見られる。すぐにエクストラヒールを使い、再度解毒を行った。
しかし、解毒してからまだ 2週間 ほどしか経っていない。その間に、再び毒を受けたというのか?
「この症状、いつから出始めたのですか?」
私は、グレゴリオ大神官の治療を続けていた光神官に尋ねた。
「ええ、解毒後の 2~3日 は順調に回復していたのですが……徐々に回復速度が落ち、しばらくは良くも悪くもならない状態が続いていました。そして、一昨日あたりから、また悪化し始めたのです」
――つまり、解毒してすぐに再び毒を受けた可能性がある?
私はそのことをグレゴリオ大神官に確認した。しかし、心当たりはないという。解毒後に接触したのは、長年仕えてきた 信用できる者数人 だけらしい。
もちろん、人は裏切ることもあるため絶対とは言えないが……解毒直後という限られた状況で毒を盛るのはリスクが高すぎる。
考え込んでいると、キュレネがグレゴリオ大神官に提案した。
「この部屋の中に何か手がかりがあるかもしれません。調べてもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわんよ」
私たちは、床や壁、天井、窓などをくまなく確認し、次にインテリアも調べていく。
すると、ムートが突然、顔をしかめた。
「……ベッドの下から嫌な気配がする」
ベッドの横には布がかかっており、床まで覆い隠されている。それをめくると――少し埃が溜まってはいるが、特に変わったものはなかった。
だが、勘の鋭いムートが言うのだから、何かあるはず。
私は 洗浄魔法 を使い、ベッドの下を水球で掃除することにした。水球が埃や汚れを巻き込み、どんどん透明度を失っていく。
通常なら、そのまま水ごと外に捨ててしまうのだが、今回は念のため、皆が見られる位置まで水球を移動させ、水だけを消して 汚れの成分だけ を取り出した。
「げっ……気持ち悪い……」
思わず声が漏れる。水が消えた跡に残ったのは―― 5mmほどの黒い虫の群れ だった。
「……トコジラミに似てるけど、ちょっと違うわね」
キュレネが、ミア神官に尋ねる。
「ミア神官、この虫をご存じですか?」
「いえ……見たことがありません」
私は試しに 解析魔法 を使ってみた。
――すると、この虫から グレゴリオ大神官の体内で検出されたものと同じ毒 が検出された。
「触らないで! 毒の原因はこの虫よ!」
すぐに 洗浄魔法 の水球で虫を回収し、瓶の中へ移す。そして、水を消し、毒虫だけを取り出した。
グレゴリオ大神官と光神官にも見てもらったが、やはり誰も知らない虫だった。
グレゴリオ大神官はすぐに補佐の ヴィクトル上級神官 を呼び、虫の正体を調べるよう命じた。
私たちは、まだ 他にも虫が潜んでいる可能性 を考え、部屋全体に 洗浄魔法 をかけた。しかし、結局 ベッドの下 以外からは見つからなかった。
その後、他の患者の部屋も回り、解毒と虫の駆除を行った。
治療を終えて自分たちの部屋に戻ると、私はふと あの虫がいる可能性 を考え、自室も念のため調べることにした。
結果―― しかし、私たちの部屋には虫はいなかった。
とりあえずは、一安心といったところだろう。
キュレネはこれまでの状況を振り返りながら、考えを口にした。
「最近、大神殿の人たちのことが少し分かるようになってきたのだけど……あの毒にやられているのって、軍事関係者が多い気がするのよね。もし敵対勢力フロイス派の仕業なら、武力制圧まで視野に入れているってことかしら?」
「どうかな? そういう動きは特に見られないけど」
「どうしてそう思うの?」
「ああ、ゴーレムの報告よ。むしろ軍事面では消極的なくらい。この前、魔物の襲撃があったのに、ほとんど動きがなかったのよ」
「……なんだろう? 何か違和感を覚えるわね」