第94話 ウィステリア神国大神殿3 面倒ごといろいろ
毒をどこで受けたのか、調査するべきだろう。
そう考え、私はヴィクトル上級神官に尋ねた。
「毒を受けた人たちは、いつから症状が出ていたのか分かっていないようですが、食事などからの混入は考えられませんか?」
「いや……明確に毒だと疑っていたわけではないので、詳しくは調べていない。だが、毒を受けた者たちは皆高位の立場にあるため、毒見役がいる者も多い。調べてみるか?」
「はい。ぜひお願いします。厨房や食糧庫も確認させてもらえますか?」
「ああ、分かった」
まず、屋敷内での食事を担当している毒見役5人に話を聞くことにした。
彼らはグレゴリオ大神官たちと同じ食事を摂っているため、もし食事由来の毒なら、この5人にも影響が出ている可能性がある。
だが、結果は――「異常なし」。
毒の反応は一切検出されなかった。
となると、食事が原因ではない可能性が高い。
念のため、厨房や食糧庫も案内してもらったが、特に怪しい痕跡は見つからなかった。
「そうなると、屋敷の外で毒を受けた可能性が高くなりますね。調子が悪くなった時期の動向は確認できますか?」
「すでに一通り調べたが、共通する要因は見つからなかったという結論だ。……まあ、この件については、別の者に改めて調査させるとしよう」
これで、ひとまず区切りがついた。休憩にしよう。
気がつけば、時間はすでに昼を少し過ぎていた。
昼食は応接室に運んでもらい、皆で食べた。その後、大神殿の人間関係についてのレクチャーを受ける。
「ベルナルド神官長から話を聞いたと思うが、デジーロ大神官長の引退に伴い、後任の選定が進められている。しかし、デジーロ大神官長は次期大神官長の選出に関与しないことを表明した。
そのため、6人の大神官が中心となり後任を決めようとしているが、意見が割れ、3対3の二派に分かれてしまっている。
そのうち、我々が推しているのがグレゴリオ大神官だ。彼は大神官に昇格したばかりだが、この大神殿が誇るヴァルキュリア聖騎士団を率いており、今もっとも勢いのある人物といえる。さらに、古参の実力者ペトロ大神官と、もう一人の支援者が後ろ盾となり、グレゴリオ派を形成している。
一方の候補がフロイス大神官だ。彼もまた、他の2名の大神官とともにフロイス派を組織している。
一時はグレゴリオ派が優勢に思えたが、グレゴリオ大神官をはじめ主要なメンバーが次々と病に倒れ、勢いを失いつつある。君の見立てでは病ではなく毒によるものだったが、私が知る限り、この症状で倒れたのはグレゴリオ派の者だけだ。
私は、フロイス派の仕業だと考えている。君たちも狙われる可能性があるから十分に注意してくれ。
とにかく、グレゴリオ派とフロイス派の面々を早急に覚えろ。特にフロイス派の者とは、むやみに接触しないこと」
……そんなこと言われても、なかなか大変そうだ。そう思ったが、今はブレインエクスパンションシステムのサポートがある。派閥のリストに載っている名前なら、すぐに覚えられた。
とはいえ、顔まで覚えるには実際に会う必要がある。見分けられるようになるまでには時間がかかりそうだ。
「最後に、病ではなく毒だったこと、そして君が治療したことは口外するな。相手陣営に悟られずに探りを入れたい」
こうしてレクチャーは終わった。
……重い話だったな。勘弁してほしい。
その夜、私たちの部屋でキュレネとムートに話をする。
「あの時はヴィクトル上級神官たちがいたから言わなかったけど、あの毒は光属性の魔法だけでは解毒できないみたい。だから普通の解毒魔法は効かないのよ。そして、あの毒の解毒には闇属性も必要なの。つまり、この大神殿では解毒できないし、もし解毒すれば、闇魔法を使ったとみなされて異端者扱いされるわ」
「でも、その解毒方法を知っている人はいないのだから、黙っていれば問題ないんじゃない?」
「でも、犯人はそれを狙って仕掛けたのかもしれないでしょ? 解毒しなければ死ぬし、解毒すれば異端者――そんな二重の罠よ」
「なるほど……厄介な話ね。でも、毒にかかった人は助けたいし、情報が漏れないことを願うしかないわね」
翌朝、ベルナルド神官長が約束通り大神殿を案内してくれることになり、私たちは見学することにした。
大神殿の敷地内にはいくつもの建造物があり、その中でも最も大きいのが、一般に「神殿」と呼ばれる施設だった。長方形の建物に柱が立ち並び、さすが大神殿だけあって、どれも豪華な造りをしている。
その隣には「降臨の祭壇」と呼ばれている十二角形の頂点に柱を立てた転移装置があった。神殿ホールからも見えるように配置されている。
もう百年以上、神が降臨したことはないが、かつてはここで神が降臨し、エレメンタルマスターの任命などを行っていたらしい。
……なるほど。もしかすると、私もここでエレメンタルマスターを任命することになるのかもしれない。アトマイダンジョンのサーバーを経由すれば遠隔で色々できるし、起動がバレないようにしながらメンテの指示を出しておこう。
一応、私の視覚情報も参考にできるよう、降臨の祭壇を一通り見て回った。
熱心に見ていたせいか、ムートが声をかけてくる。
「ティア、どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「いや、特にないけど」
「そうか……俺の気のせいか? なんか、祭壇の様子が変わったように感じたんだが」
――ギクッ。ムート、鋭いなあ。
念のため、メンテは私たちがここを離れてからにしよう。
その後、施療院や聖騎士団の施設を見学した。中には入れなかったが、各村の祈年祭で使われる祭壇の魔導具を製作している工房も案内された。
見学の途中、何やら慌ただしく動き回る神官や聖騎士たちと遭遇する。
「何かあったのかしら?」
キュレネが呟くと、ベルナルド神官長が答えた。
「どうやらそのようだな。私はこの後、オキサーリス王国に戻る予定なのだが、状況を確認せねばならん。すまないが、案内はここまでとさせてくれ」
そう言い残し、足早に去っていった。
私たちは一旦部屋に戻ることにした。念のため、諜報用ゴーレムの情報を確認すると、どうやら南の方から数千の魔物が神都チェフーボに向かっているらしい。
ちょうどその情報を得たころ、ヴィクトル上級神官が部屋にやってきた。
「すまんが、しばらく外に出ず、室内にいてくれ。詳細はまだ不明だが、魔物が現れたらしく、神殿内も騒がしい。この混乱に乗じてフロイス派の連中が何か仕掛けてくる可能性もあるのでな」
いつも通り、キュレネが対応する。
「わかりました。私たち、魔物とも戦えますので、必要があれば声をかけてください」
「そうか。しかし、聖騎士団がいるし問題ないだろう。それより、光神官として治療を頼むかもしれん。そのつもりでいてくれ」
そう言い残し、ヴィクトル上級神官は部屋を後にした。
「魔物、大したことなければいいんだけど……」
うーん、どうやら大したことあるみたいなんだよな。キュレネとムートにも伝えておこう。
「私のゴーレムの速報によると、数千の魔物がこっちに向かってるらしい」
「えっ、本当? ……ティアのゴーレムって……」
言いたいことはわかる。なんせ、オーバーテクノロジーの産物だから……。