第92話 ウィステリア神国大神殿1 面倒ごとに巻き込まれてる?
今さら確認したが、先ほどまでいたオキサーリス王国は島国で、その北西にシティシペの町があった。ウィステリア神国へ船で向かうには、来るときに陸路で横断した北のドライステーロ王国との間の海峡を東へ進み、オキサーリス王国の領土を越えた後、やや南東へ進むと到着するらしい。
今日は晴天で風もなく、海は穏やかだった。乗っていた高速艇はかなりの速度で進み、約五時間でウィステリア神国の港町ランドリモに到着した。
まずは港から町の神殿へ向かう。
そこで、なんとペガサスに乗り、空路で大神殿のある神都チェフーボへ行くことになった。ただ、その前に食事休憩を挟む。
出発前に大神殿での注意事項があるとのことで、応接室に集められた。
「まず、これを渡しておこう」
ベルナルド神官長が差し出したのは黒の神官服だった。ただし、彼の黒服には銅色の線が入っているのに対し、私たちのものは白い線だった。
「君たちはこれまでの働きにより、グレゴリオ大神官の権限で上級光神官に昇格することになった。
大神殿では、グレゴリオ大神官邸の上級神官区画に滞在してもらう。
ただし、上級神官の中では最下位の身分だ。そのつもりでいてくれ。
ちなみに、上級神官の身分は服の線の色で区別されており、上から金・銀・銅・白の順だから覚えておくように」
「昇格が随分早いように思えますが、何か理由があるのですか?」
さすがキュレネだ。怪しいと思ったらすぐに突っ込む。
「君たちが訪れた精霊教会や各地の町村長から、『聖女ではないのか』との問い合わせが多く寄せられている。それだけでなく、国や騎士団からも調査が入っている状況だ。こちらでも詳しく調べたが、君たちの功績は確かに素晴らしく、それが昇格につながった」
「本当にそれだけですか?」
キュレネの鋭いまなざしがベルナルド神官長に突き刺さる。
「……うっ、本当はしばらく様子を見るつもりだったのだが……まあいい。君たちも知っているように、精霊教のトップは大神官長であり、ウィステリア神国の王でもある。つまり、各国にある精霊教会を束ね、一国の王として他国に対しても絶大な影響力を持つ存在だ。
現在、そのポジションにいるデジーロ大神官長は高齢で、あと一年ほどで引退を表明している。大神官長の座は世襲ではなく、その時の勢力争いで選出される。そして、今回の後継者争いは二つの派閥に割れており、情勢は微妙だ。
そんな中、ドライステーロ王国から広まった『聖女』の人気に目をつけた相手陣営が、君たちに接触しようとしている。だからこそ、こちらで先に囲い込む必要があった。黒神官になれば手出しされにくくなる。急いで君たちを連れてきたのも、そのためだ」
――げっ、まさかもう精霊教会の権力争いに巻き込まれてるの?
知らないうちにグレゴリオ大神官の陣営に組み込まれてしまったってこと……?
勘弁してほしい。
「では、グレゴリオ大神官が病だというのは……?」
「残念ながら、それも事実だ。その病気は我々の陣営にのみ発生しており、今のところ治療法は見つかっていない。相手陣営が仕組んだ可能性もあるが、確証はない。
それに、各地で奇跡を起こしている君たちなら、治療の糸口を見つけられるのではないかと期待されてもいる。病状については、後で本人に聞いてくれ」
「それから――君たちは巷で“聖女”と呼ばれているようだが、自分からは名乗らないでくれ。精霊教会として正式に認定しているわけではないのでな」
そのとき、ペガサスの準備が整ったという知らせが届いた。
「状況は話した通りだ。大神殿内では、敵と味方をしっかり見極めることが必要になる。まずは味方を覚えることに集中してくれ。当面の間、町へ出る際は聖騎士団から護衛をつける。そのつもりでいてほしい」
――護衛なんて必要ないのでは?と思わなくもないが、そこはスルーした。
その後、黒の神官服に着替えて外に出ると、ペガサス二頭が華奢な帆馬車のようなものを引いていた。
ただ、帆馬車の構造は私の想像とは違い、帆は縦方向――席の前から後ろにかけて骨組みが入っている。
座席は二列になっていて、どちらもペガサスがいる前方を向いていた。
そこには、ベルナルド神官長と、ずっと同行している紫神官のリアムに加え、二人の女性騎士が待機していた。
私たちに気づいたベルナルド神官長が言う。
「紹介しよう。案内役兼護衛のヴァルキュリア聖騎士団、エイルとカーラだ」
「「よろしくお願いします」」
お互いに挨拶を交わし、ベルナルド神官長とリアム神官が前の席へ、私たち三人は後ろの席へ乗り込んだ。
聖騎士団のエイルとカーラは、それぞれ直接ペガサスに騎乗する。
ペガサスが数回羽ばたくと、帆馬車がふわりと浮かび上がった。――パラグライダーのような感覚に近い。
一応、前にはつかまるための棒があるが、安全ベルトやハーネスの類はない。やや不安に感じたものの、意外なほど安定している。
馬車は華奢な作りに見えるのに、たわみすらしない。不思議に思い、軽くコンコンと叩いていると、リアム神官が説明してくれた。
「この馬車は、飛竜の素材を使ってます。帆の部分は飛竜の翼膜なのですよ。だから軽くて丈夫なのです」
なるほど、それなら納得だ。
空の旅は驚くほど快適だった。馬車はほとんど揺れず、高度もさほど高くない。飛行機のように高速ではないため、景色を楽しみながら移動できる。
二時間ほど空を飛び、夕方に差しかかる頃、巨大な建造物が立ち並ぶ大きな町が見えてきた。
これがウィステリア神国の神都チェフーボか......。
町の奥、丘のように小高くなった場所には、巨大な神殿とそれに関連するいくつかの建物がそびえていた。
その中に、十二角形の頂点に柱を立てた転移装置の姿もあった。
それを見たムートがぽつりと言う。
「あれ、ティアが探してた神殿じゃないか?」
……うーん。
ちゃんとあの絵のことを覚えてくれていたのはありがたい。けれど、アトマイダンジョンで得た情報によると、ここの転移装置の仕様では元の世界には帰れないことが判明している。
今さら言われても……という気持ちが正直なところだ。
とはいえ、そんなことを素直に伝えるわけにもいかず――
「本当ね。かなり似ているけど、ちょっと違うかな?」
本命はクヴァーロン王国にある転移装置だ。
だからここの装置にはさほど興味はない……と思ったのだが、本命の方は壊れている。もし修復するなら、ここから使える材料を持ち出すこともありえるのではないか?
そんな余計な考えを巡らせていると、ベルナルド神官長が説明をしだした。
「あれは“降臨の祭壇”と言ってな。神が地上に姿を現す際、あそこに降臨するのだ。
もし興味があるなら、後で案内しよう。私はこの大神殿の出身で、かつて祭壇の管理をしていたこともあるのだ」
神官長はここ出身だったのか。
だから自ら案内役を買って出たりしているのか……まあ、それはどうでもいいか。
それにしても、あの転移装置が“降臨の祭壇”と呼ばれているとは。
私がアクセスできる管理者情報の中には、そんな名称はなかった。他にも知らない呼び名があるかもしれない。今後、注意しておく必要がありそうだ。
「では、後ほど案内をお願いします」
「わかった。……もうグレゴリオ大神官邸に着くぞ。着地の際、少し衝撃があるから気をつけてくれ」
エイルが下へ向けて何かの合図を送る。すると、地上にいた人物がそれに応えた。
どうやら着陸許可が出たようだ。
ペガサスはゆるやかに降下し、地上すれすれまで滑空すると、そのまま真横に流れるような動きで着地した。
衝撃はほとんどない。操縦技術が優れているのか、あるいはこの帆馬車の構造によるものか……。
こうして、私たちは今回の目的地であるウィステリア神国の大神殿に到着した。