第91話 【別視点】謎の少女 メディオ・アルマセン元男爵の回想録
アルマセン家の当主の座を息子に譲り、引退した後、時間ができた私は、大恩あるマルヴァ家のために何かできないかと調査していた。
すると、現マルヴァ家の長女、当時13歳のキュレネ様が並外れた能力を持つことが分かった。魔法や剣術において、同世代の子たちと比べて圧倒的な実力を誇り、最高峰と言われるヴェルティーソ高等学園に入学できる学力を持つ、まさに天才と言える存在だった。
実際にキュレネ様にお会いしたとき、旧帝国の皇帝を思わせる赤い髪と美しい顔立ち、そして圧倒的なカリスマ性を持っていた。
正直、私は危機感を覚えた。旧帝国が滅んだ後、ようやく世界が落ち着きかけた矢先、旧皇族の天才が現れると、多くの王侯貴族に警戒されるだろう。野心を持つ貴族や現状に不満を抱える勢力が近づき、何か不穏な動きが起こるのではないかと懸念した。
どうにかキュレネ様を守れないかと思案していた矢先、ゴルフェ島の領主であるジャガー男爵が、キュレネ様を後継者に指名してしまった。キュレネ様にとって、念願の貴族家への復帰のチャンスではあったが、非常に危険な状況だった。
今はゴルフェ島で平民として目立たずに暮らしているが、もし男爵位を継いでしまえば、周囲の注目を集めてしまうだろう。強い後ろ盾を持たないマルヴァ家では、周囲に振り回され、最終的には滅びてしまうことが目に見えていた。キュレネ様が希望する貴族家への復帰を阻止するのは心苦しいが、周辺貴族を扇動し、妨害工作を試みた。
その結果、トゥリスカーロ王は、男爵家を継ぐためには20歳までに準貴族相当以上になることを条件にした。そのため、すぐに男爵位を継ぐことはなかったが、キュレネ様なら軽々と達成するだろうと思った。私はさらに妨害を重ね、騎士や魔法士といった準貴族への道を断った。
これで男爵の継承は無くなったと安堵していた矢先、キュレネ様は冒険者として準貴族を目指すという暴挙に出た。確かにAランク冒険者になれば準貴族相当だが、20歳までにAランクに到達するのはほぼ不可能であり、それを承知で挑戦するということは、相当な無茶をしようとしているのだろう。私のせいで、より危険な道に進ませてしまったのかもしれない。
お守りしたい気持ちはあるが、これだけの妨害工作をしておいて同行を申し出るわけにもいかない。そもそも年老いた今の体力では足手まといになるだけだ。せめて、キュレネ様が拠点にする町に行き、陰から見守ろうと心に決めた。同じ町にいれば、何かしら助けることができるだろう。
キュレネ様がゴルフェ島から本土に渡るところを監視していたが、同行者は竜人のムートだけだった。ムートは、なぜかマルヴァ家に仕えており、幼少期からキュレネ様と共に育った。キュレネ様に匹敵するほどの強者であり、2人で互いに高め合ったことで突出した力を身に着けたとも言える。実力、信頼ともに、同行者として申し分ない人物だ。
まず、冒険者登録のためにウィスバーロの町に向かうはずだが、2人はすぐにセプバーロ大森林に入ってしまった。私の今の体力では、森の中で尾行するのは無理だと判断し、街道を通ってウィスバーロの町に先回りし、到着を待つことにした。すると、町に到着したキュレネ様たちは、なんと一人増えて3人になっていた。
最初に彼女を見たときは、森で迷っていた子供を保護した程度のことだと思っていた。ところが後日、その少女を加えた三人で冒険者パーティーを組んだと聞き、驚かされた。
キュレネ様とムートの二人で活動するものとばかり思っていたからだ。
というのも、ムートは元々単独行動を好む竜人の性質ゆえか、人を仲間と認めるハードルが異常に高い。そんな彼女が認めるほどの強者が、新人パーティーに入るとは考えにくかった。
少女の正体を探ろうと調べたが、町に来てからの記録しかない。つまり、この辺りの出身ではないのだろう。 どこかの国や貴族が送り込んだスパイの可能性もある。
必要ならば排除せねば――そう考え、直接接触することにした。
ちょうど彼女が一人で町の西にある岩場にいるのを見つけ、監視していると、なぜか魔法を使って調理をしていた。
不思議に思いながら近づくと、まったく警戒しておらず、声をかけると本気で驚いていた。
話を聞くと、どうやら初級魔法の練習中だったらしい。
調理に魔法を使っていたのも、その延長だったのだろう。
なるほど、まだまともに魔法が使えないのか。
よく見ると、持っている剣も本物ではなかった。剣術の心得もないのだろう。
とても他国のスパイには見えない。
それにしても、なぜキュレネ様はこの少女をパーティーに入れたのか?
そして、あのムートが受け入れたということは、何か理由があるはずだ。
確かに、彼女の雰囲気はこの辺りの平民とは違う。しかし、貴族ともまた異なる印象を受ける。
髪や瞳の色、その他の特徴からしても、やはり、この土地の出身ではないだろう。
そういえば、見たことのない上質なピンクの服を着ていたという話もあった。
どこかの少数民族の有力者の娘なのかもしれない。
――しばらく様子を見よう。
そう考え、その場を後にした。
しばらくすると、王国騎士団がランツ村に滞在していた「黒髪の聖女」を探しているという話を聞いた。
ピンときて調べてみると、ちょうどあの少女がランツ村へ行っていた時期と一致する。
騎士団によれば、祈年祭のために本部から派遣された神官に世話になったため探しているのだが、精霊教会本部がその人物を秘匿しているようだという。
あの少女は精霊教会の関係者だったのか? そう思い、探りを入れてみたところ、何ともくだらない事実が判明した。
この周辺を統括する神官長が、祈年祭の神官代理を冒険者に依頼していたのだ。しかし、「冒険者を神官の代役にした」と公にするのは体裁が悪い。そこで、表向きには本部から神官を派遣したことにしていたらしい。
つまり、実際には派遣していないため、本部に問い合わせても該当する人物がいるはずがなかったのだ。
さらにもう一つ、同じ時期にランツ村でAランクのデーモンが討伐されたという情報があった。
表向きは騎士団の手柄になっているが、実際には冒険者が討伐したらしい。
もしや、あの少女が関わっているのでは? そう考え、さらに調査を進めた。
その結果、冒険者ギルドから職人ギルドへ「デーモンスレイヤーの勲章」の発注がされていた。
勲章には受け取る人物の名前が刻まれる。そこで、作成した職人から話を聞き出すと、刻まれていた名は――
『ティア』。
まさか、あの少女が騎士団から「聖女」と呼ばれ、Aランクのデーモンを討伐するほどの力を持っているなどということがあるのか?
いや、そんな人物がいるはずがない。何か裏があるはずだ――。
私は不本意ながら、我がアルマセン家の人材を動員し、あの少女の素性を調査した。
だが、どういうわけか ウィスバーロの町に来る前の情報が一切見つからなかった。
背後関係は不明、外部とのやり取りをしている形跡もない。
いざという時に人質として利用できる家族の情報も探したが、家族どころか知り合いすら見当たらず、出身地すら不明。
いくら何でもおかしい。
しかし、それ以上の情報を得ることはできなかった。
そうこうしているうちに、キュレネ様たちが魔人を撃退したという報せが入った。
しかも、相手はあの悪名高い ガリエン=ルゥ。
かつて何万もの帝国軍ですら仕留められなかった強敵を、たった三人で撃退したというのだ。
どうやら、あの少女が 魔人の角を切り落とした らしい。
この戦果もあり、キュレネ様たちは異例の速さで Bランクに昇格 してしまった。
以前はありえないと思っていた「冒険者から準貴族へ」という道が、現実味を帯び始めている。
だが、まだ私は あの少女の実力を信じきれなかった。
何か裏があるのではないか……そう疑いながらも、彼女を排除すべきかどうか迷っていた。
しかし――
その後、バンパセーロ王国にて Aランクのマーナガルムとガルム三十匹を討伐 したという報告が入る。
しかも、貴族たちの目前で成し遂げたため、情報の信憑性は高かった。
もはや疑う余地はない。
あの少女の実力は本物だ。
だが、なぜこれほどの力を持ちながら、キュレネ様のパーティに所属し、ただの冒険者をしているのか?
やはり、どこかの有力者が キュレネ様を助けるために派遣した のではないかと考えるのが妥当だろうか?
……しかし、最初に見たとき、彼女は 初級魔法の練習 をしていた。
あれは何だったのか?
考えれば考えるほど、わからない。
このままでは、キュレネ様が男爵位を継ぐ可能性が出てきてしまった。
それは避けねばならない。
やはり、あの少女を 排除すべきではないか――そう考え始めた。
ところが……
キュレネ様たちはドライステーロ王国を横断しながら精霊教会に立ち寄り、旅の途中で多くの人々を救っていた。
その結果、いつの間にか 「三人こそ聖女なのではないか」 という噂が広まり始めていたのだ。
その噂は ドライステーロ王国全土に広がり、他国にまで伝わる勢い だった。
幸い、精霊教会が 「彼女たちの活動を邪魔してはならない」 とのお触れを出したことで、各地の権力者も強引な手を控えているようだった。
ここで重要なのは、精霊教会と“聖女”と呼ばれ始めたキュレネ様たちの関係 だ。
もしうまく関係を築けば、精霊教会はキュレネ様にとって 強力な後ろ盾 となる。
しかし、こじれれば 大きなリスク となるだろう。
キュレネ様が男爵になろうがなるまいが、もはや ゴルフェ島のただの平民ではいられない。
そうであるならば……
無理に あの少女を排除する必要もないのかもしれない。
そう考え直し、この件は ひとまず保留 にすることにした。
キュレネ様たちがオキサーリス王国シティシペの町へ滞在し、本格的にアトマイダンジョンの攻略を始めるようになってしばらく経ったころ、彼らが所属するクラン・エフシーと第2位クラン・天空が手を結ぶ動きを見せた。
これは、ディスカバリーと対立する二つのクランが同盟を組み、第1位のクラン・ディスカバリーに対抗しようとするものだった。最近、ディスカバリーの勢いが落ちていることもあり、エフシーと天空の戦力を合わせれば、ディスカバリーを上回る可能性が高い。
その影響か、ディスカバリーが良からぬ計画を企んでいるという情報をキャッチした。
彼らは、現在エフシーで最も活躍しているキュレネ様たち「クラーレットの奇跡」を襲い、人質に取ることでエフシーを脅し、天空との連携を阻止しようとしているらしい。また、それだけでなく、アトマイダンジョンでディスカバリーと直接対決したキュレネ様たちを見せしめに使う意味も込められているようだ。
この計画を知ったとき、これは絶対に阻止しなくてはならないと強く思った。 しかし、正面からぶつかっても勝ち目はない。そこで、一計を案じることにした。
私は、キュレネ様とムートの二人を、この地方でマルヴァ家を支援している貴族に頼んで緊急避難させることにした。これで、クラーレットの奇跡の中で標的として残るのは、あの少女だけとなる。
実のところ、私は以前からあの少女を排除すべきか迷っていた。だが、ディスカバリーの力を利用できるこの機会を逃す手はない。
そこで、私は知り合いであるディスカバリー幹部の一人、フリゲートに接触し、「クラーレットの奇跡のうち、一人だけなら連れて行くことができるが、どうするか」と打診した。
すると、フリゲートは何の迷いもなく「連れてこい」と即答した。
念のため、「相手はかなりの手練れだ。相応の戦力を用意しておかないと、返り討ちに遭う可能性がある」と忠告し、万全の体制を整えるよう念を押した。
そして、あの少女の滞在する宿を訪ね、呼び出して話をすると、驚くほどあっさりとついてきた。
少女の素性を探る絶好の機会だったので、それとなく色々と尋ねてみた。しかし、結局何者なのかも、背後に誰がいるのかも分からなかった。しかも、嘘をついている様子はなく、それがかえって不気味に感じられた。
私はそのまま、ディスカバリーの拠点へ向かい、リーダーのブリガンティンを含む幹部勢ぞろいの場に、あの少女を置いてきた。
その後、他の者に気づかれないよう変装し、少女がどうなったかを確かめるために改めてディスカバリーの拠点へ戻ろうとした。しかし、予想外の事態が起こった。
なぜか少女に待ち伏せされていたのだ。
それだけではない。変装していたはずなのに、完全に見破られていた。
驚くべきことに、今まで密かにキュレネ様たちを監視していたはずの私の存在に、最初から気づいていたらしい。
さらに、これまで外部に知り合いがいないと思われていた少女の従者が現れ、私を拘束した。
その従者も明らかにただ者ではない。
これほどの者を従えながら、私に悟られずに行動していたというのか?
まさか、私の方が監視されていたのか――そんな考えが頭をよぎった。
さらに、キュレネ様を心配する私に対し、少女は「自分がいるから大丈夫だ」と断言した。
確かに、この少女が只者ではないのは明白だが、大組織を相手にするのはさすがに厳しいだろう。そう思っていたのだが、彼女はディスカバリーの幹部連中を短時間で蹂躙してしまっていた。
しかし、私が最も恐れているのは、キュレネ様がどこかの国に目をつけられることだ。そうなれば、私も、この少女ですら手出しできないだろう。
そう考えていたが、少女は「キュレネ様にはエレメンタルマスターになってもらう」と言い、そのために自分がフォローすると宣言した。
先の魔王戦ではエレメンタルマスターが現れず、帝国崩壊のきっかけとなった。そして、神もまったく現れない今となっては、エレメンタルマスターになれる可能性などほぼないだろう。
それに、フォローすると言っても、一人では限界がある。いや、やはり彼女の背後には大きな勢力がついているのか?
そんな考えを巡らせているうちに、私は少女に無理やり森へ連れて行かれ、信じられない光景を見せられた。
──1体で千人の兵力に匹敵すると言われるディバインナイトを、彼女は10体も召喚したのだ。
10体ものディバインナイトをいきなり城の内部に召喚し、奇襲をかければ、どの国の城であろうと陥落するのではないか?
──これは、やばすぎる。
なるほど、国と戦っても勝算があるということか……。そう思った矢先、少女はさらにディバインナイトを追加召喚した。
ざっと100体はいるだろう。これだけの兵力があれば、正面突破で城を落とすこともできるはずだ。
──まさか、この少女は1国家並みの力を持っているのか? いや、それ以上だ。
それだけのディバインナイトを召喚してなお、魔力切れもせず平然としている彼女はいったい何者なのか。もはや「どこかの勢力が背後にいる」という次元の話ではない。神の使者と言われても信じてしまうレベルだ。
しかし、これほどの力を持つにもかかわらず、私を説得する意図が分からなかった。だが、彼女はキュレネ様には私の支援が必要だと考えていたらしい。
なるほど、キュレネ様を支えるという点では、目的は同じということか。これは私にとっても願ってもないことだった。これほどの力に守られているのなら、キュレネ様の望むように支援するのはやぶさかではない。
この少女の正体は依然として謎だが、彼女が1国以上の力を持ち、なおかつキュレネ様の味方であるならば──
私は、この方を主と仰ぎ、従っていこう。そう決心させるほどの人物であると確信した。