第90話 大迷宮25
地上に戻り、冒険者ギルドへ向かう。すると、クランリーダーのアイザックさんとピエールさんが、カウンターで息抜きをしていた。
――この人たち、しょっちゅうここにいるよね。暇なのかな?
おそらく、みんながそんな目で見ていたのだろう。
「ちゃんと仕事をしてるぞ。ただ、たまたまちょっと休憩していただけだ。……で、今日はどうした?」
「ドラゴンの討伐をしましたので、報告を」
「はっ?」
ラウラさんが横から口を挟む。
「ちょうどよかった。リーダーたちにも立ち会ってもらおうと思ってたんだ。ちょっと来て」
そう言って受付に向かい、「重要な特別案件がある」と言ってギルドマスターを呼び出し、打ち合わせ室を確保した。
やがて現れたギルドマスターは、白髪に白ひげの、がっしりとした体格の年配の男性だった。
「どうした? クランエフシーの幹部が三人も揃って俺を呼び出すとは、珍しいな」
ラウラさんが答える。
「うちのクランメンバーが、ドラゴンを討伐しましたので報告を」
アイザックさんとピエールさんが顔を見合わせる。どうやら、冗談だと思っていたらしい。そしてもう一人、同じような顔をしている人がいた。
「はぁ? クランエフシーがドラゴン討伐に出向いたなんぞ、聞いとらんぞ」
「そりゃそうよ。そんなことはしていないもの。とりあえず、この子たちが持ってきたものを見て」
ラウラさんが目くばせしてきたので、私はドラゴンのパーツを取り出す。
とりあえず、魔石、ドラゴンハート、金色の鱗数点、爪を並べた。
「マジかよ……本物か、これ?」
ギルドマスターだけでなく、アイザックさんとピエールさんも驚愕する。
「当たり前よ。他のパーツもダンジョンから回収しているところよ。どう?」
「これ……ディスカバリーが狙ってたゴールデンドラゴンじゃねぇのか? どうなってんだ?」
「詳しくは、この子たちに聞いて」
こういう時、いつもはキュレネが話していた気がするけど……今回は私の番だよね。
「えーとですね。ディスカバリーのブリガンティンさんと一緒にドラゴンを見に行ったのですが、罠にはめられてドラゴンと戦わざるを得ない状況になったので、討伐しました」
「ん? 全然わからんぞ!」
あれ、正確に簡潔に述べたと思ったんだけど……
「はい?」
私が「何がわからないのかわからない」という顔をしたのが伝わったのか、質問に切り替えてきた。
「まず、なんでブリガンティンがお前らとドラゴンを見に行くんだ?」
あー、そこからか。どう説明しよう……。
「ちょっとブリガンティンさんたちのディスカバリーと揉めまして、お詫びとしてドラゴンのところに案内してもらったという感じです」
「んー……全然わからん。ブリガンティンがお詫び? ちょっと想像がつかねぇんだが。それに今、ディスカバリーが大変なことになってるって話なのに、なんでブリガンティンが、お嬢ちゃんたちとドラゴンを見に行くんだ」
うーん、もっとはっきり言わないと伝わらないか。しょうがない。
「もっと詳しく話すと、ディスカバリーがエフシーと天空の同盟を阻止しようとして、エフシーのメンバーである私を人質に取ろうとしたんです。なので、返り討ちにしました。そして、そのお詫びとしてドラゴンのところに案内してもらった、というわけです」
「……お嬢ちゃんが、ディスカバリーを返り討ち?」
「あのですねー、ディスカバリーが倒せなかったドラゴンを、私たちが討伐したんですよ? だったら、私たちの方が強いって、すぐわかると思うんですけど?」
「おおおおおおおおー……納得した。やつがドラゴンの居場所を教えるはずがないと思ったが、嬢ちゃんたちにやられたから、罠にはめてドラゴンを使ってやり返そうとしたってことか。そしてそのドラゴンを倒してしまった、と。……で、そのブリガンティンはどうした?」
「私の仲間が拘束したので、今頃は改心してるのではないかと……」
「えっ、じゃあ……俺たちが苦労したのに、天空との同盟いらなかったってこと?」
クランリーダーのつぶやきが、妙に空しく響いた。
「うーん……。にわかには信じがたいが、ドラゴン討伐の証拠がここにあるのも事実だ。ディスカバリーの状況もすぐに確認できるだろう」
再び、ラウラが口を開く。
「経緯はどうあれ、ドラゴンのパーツはほぼすべて揃っているわ。あそこにあるのも含めてね。まだサブダンジョンのキャンプに残っているけど、今まさに地上へ運搬中だから、受け入れの準備をお願いするわ」
「了解だ。ドラゴンのパーツはオークション案件だな。取り分を決めなきゃならん」
リーダーのアイザックが確認する。
「えーと、通常はオークション主催者に10%、冒険者ギルドにも10%だったか?」
「ああ、ギルドの取り分は10%だ。主催者もおそらく同じくらいだろう」
「悪いが、クランにも分け前を回してほしい」
リーダーらしく交渉するアイザックに、キュレネが応じる。
「20%でどうでしょう? ドラゴンを討伐したとなれば、いろんな連中が集まってくるでしょうし、その対応もお願いすることになります。さらに、パーツを運んでくれた人への謝礼もそこから出してもらえればと思います」
「こちらとしては問題ないが……そんなにいいのか? ドラゴンのパーツだぞ。すごい額になるが」
「ええ」
一応、私たちにも視線を向けて確認するが、異論はないのでうなずいた。
「ありがとう。せっかくだし、ドラゴン討伐の記念パーティでも開くか」
トントントン。
「よろしいでしょうか? 大至急面会したいということで、ベルナルド神官長がお見えです」
「神官長だと? 随分と大物が来たな……。会わないわけにはいかないか」
扉を開けると、黒服の神官を先頭に、紫の法衣をまとった神官が二人、後に続いて入ってきた。
「突然の訪問、申し訳ない。こちらに噂の"聖女三人組"がいると聞いて来たのだが、おられるかな?」
「「「聖女???」」」
「ああ、そこにおられます。彼女たちが、ドライステーロで話題になっている聖女三人組です」
そう言ってこちらを指さしたのは、ロンデーゴの町の精霊教会でディスカバリーの情報を聞いていた光神官統括代理、ガスパルだった。
――そういえば、あの後、噂になっていると聞いたっけ……。
「なるほど、彼女たちか。私はオキサーリス王国北部を管轄する神官長、ベルナルドだ。申し訳ないが、大至急ウィステリア神国の大神殿まで来ていただけないか?」
「理由をお聞かせ願えますか?」
冷静にキュレネが尋ねる。
ベルナルド神官長は少し困ったような表情を浮かべ、
「極秘事項だ。三人だけに話したい。少し近くへ来てくれるか?」
と言った。
私たちクラーレットの三人が近づくと、ベルナルド神官長は防音壁の魔法を展開し、周囲の音を遮断する。
「グレゴリオ大神官とその側近が、正体不明の病で倒れられた。大神殿にいる光神官たちでは治せず、病状は悪化する一方だ……。ぜひ、"聖女"と呼ばれるあなた方に助けてほしい」
「グレゴリオ大神官……ですか?」
「ああ。以前は神官長だったな。お前たちを光神官に任命したと言っていたぞ」
――あの神官か。
「わかりました。私たちは光神官となったことで多くの恩恵を受けました。グレゴリオ大神官には大きな恩があります。私たちにできることがあれば、ぜひ協力させてください」
話がまとまると、防音壁が解除された。
キュレネがクランの三人の方を向き、神妙な面持ちで口を開いた。
「突然ですが、ウィステリア神国へ行くことにしました。それに伴い、クランを脱退させていただきます。本当に申し訳ありません」
「……どうやら相当重要な案件らしいな。まあ、神官長が直接乗り込んでくるくらいだから当然か」
アイザックが腕を組みながら静かに頷く。
「最初に、特別待遇として一定の成果を出せば他国へ行くことを認めていたからな。ドラゴン討伐を成し遂げたなら、文句なしだ。頑張ってこい」
そして、少し驚いたように続けた。
「しかし……ドライステーロ王国に現れた噂の"聖女三人組"が、お前らだったとはな」
おー、アイザックリーダー、ちゃんと約束通り送り出してくれるのか。
「では、すぐにウィステリア神国へ向かいましょう」
ベルナルド神官長がせっかちに言う。
「おいおい、待て待て。急ぎすぎだ」
制したのはギルドマスターだった。
「ドラゴン討伐の報酬は、オークション後の支払いになるから、ウィステリア神国の冒険者ギルドに申し送りをする。そちらで受け取ってくれ。あと、"ドラゴンスレイヤーの勲章"も同時に授与する。ただ、必要な書類を作成し、お前らのサインがいる。……一時間ほど待ってくれ」
「わかりました。我々は出発の準備を進めておきます」
ベルナルド神官長たちはそう言い残し、退出していった。
その後、ドラゴン売却の分配書類や、ウィステリア神国で報酬を受け取るための手続きを確認し、サインを済ませる。私たち用の書類も受け取り、準備は完了した。
「随分急なことになったわねぇ。残念だわ」
「では、ここでお別れだ。頑張ってこい」
「はい。一刻を争う可能性があるので、クランメンバーに直接別れを告げることができません。どうか、よろしくお伝えください」
そう言って冒険者ギルドを出ると、一度宿へ戻り、荷物をまとめて港へ向かう。
到着すると、すでに出港準備が整っていた。
最重要案件ということで、ベルナルド神官長自らが案内役として同行するようだ。
全員が乗船すると、すぐに船は港を離れた。
岸では、急いで駆けつけてくれたクラン"エフシー"のメンバー数人と、ロンデーゴの町の光神官ガスパルが見送りをしてくれていた。